表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/131

42.舞踏会、それは戦い

「僕の愛しい姫。貴女の美しさを前にしたら高価な宝石をいくら集めてもたちどころに霞んでしまうだろう。満天に輝く星たちでさえひざまずいて貴女の美しさを称え」

「ちょっと兄さん! 棒読みもいいところだわ、もっと心を込めて!」


 リリーにダメ出しされ、ジェイミーはソファーの背もたれにぐったりともたれ掛かった。


「もう勘弁してくれ。こんなセリフ真面目な顔して言えないよ」

「情けないわね。そんなことじゃ婚約なんて夢のまた夢よ」


 リリーに扇子で肩をビシビシ叩かれても、ジェイミーの気力は復活しない。そんな兄妹の様子を、ウィル、ニック、そしてシェリルは形容しがたい表情でみつめていた。






 現在五人は騎士隊の執務室にいる。


 シェリルが医務室に運ばれた日から三日。熱は完全に下がり、念のためあと二日は医務室で大人しくしろというマーソンの指示にシェリルは力の限り抗った。結果、安静にするようにという条件つきで医務室から解放され、今に至る。


 ジェイミーはというと、一ヶ月以内に婚約者を見つけろという父親の指令に今ようやく取りかかっているところだった。突然本部に顔を出したリリーに指摘されるまで、期限まであと一週間しかないことにすら気付かなかったのだ。


 ということで、現在ジェイミーはリリーが指導する女性の口説き方講座を絶賛受講中である。役に立つかどうかは個人の判断にゆだねられるが、ジェイミーは早々に講座の方向性に疑問を抱いた。教科書として『永遠の誓い』の戯曲を手渡された時点で、嫌な予感はしていたのだ。


「リリー、お前これ言われて本当に嬉しいのか。正直に答えてみろ。本当に嬉しいか?」


 ジェイミーは先程自分が朗読させられたセリフを指し、真剣にリリーに詰め寄った。リリーは真顔で言葉を返す。


「当たり前でしょう。ウィルが言ってくれたら泣いて喜ぶわ」

「え……」


 ウィルの表情が硬直した。ついでにジェイミーも固まる。どうやらジェイミーが社交界を離れている間に、令嬢たちへの口説き文句が著しく進化してしまったらしい。


「シェリルちゃんは? ああいうくさいセリフは嬉しいの?」


 いつかのパズルを組み立てているニックに片手間のように尋ねられたシェリルは、うーんと考え込む。


「私は一番最後の誓いの言葉の方が好きだなぁ」


 シェリルの言葉にリリーは瞳を輝かせた。


「はいそこ! いいところに目をつけたわね! もちろん、誓いの言葉は素敵よ。でもあれはちょっと、口説き文句としては重すぎ」

「……まぁ、そうかも。やっぱりさっきのセリフが一番かも」


 意見が一致する女性陣。この二人が特異なだけだと信じたいのが男性陣である。


「この、星がひざまずくって表現はおかしくないか。どんなに頑張って解釈してもこれは無理だろう」

「分かってないわね兄さん。その場面は湖のほとりに立っているという設定なの。だから湖に星が映ってるのを二人で眺めながらそのセリフを言うのよ」


「リリーちゃん。もうほとんどの湖は凍ってるから星なんか映らないよ」


 ニックの指摘にリリーは何てことないという表情を向ける。


「溶かせばいいじゃない」

「なんてことだ。ジェイミー、このごう慢さはお前の子守りの賜物(たまもの)だぞ」


 ニックはリリーの超お嬢様発言に愕然としている。ジェイミーは片手で顔を覆う。


「分かってる。自覚はある」


 ジェイミーは昔、「もしお前が犬を飼ったら近所の畑を荒らし回る迷惑な犬に育つはずだ」とニックに言われた事がある。幼いリリーの言いなりになっているジェイミーを揶揄した言葉だが、どうやら大げさな表現というわけでもないらしい。ちなみにこのとき、貴族であるジェイミーは「近所の畑って何?」と尋ねてニックに唾を吐かれた。


 リリーの課するセリフに悪戦苦闘するジェイミーを、シェリルは不思議そうな顔で眺めていた。


「婚約者探しってそんなに難しいことなの? 私、ジェイミーは相手に困ることなんて無いと思ってたけど」


 シェリルの言葉に一同は一瞬静まりかえる。それから全員同時に腕を組んで考え込む。


 ウィルが口を開く。


「ジェイミーはなんていうか、取っ掛かりはいい感じなんだ。けど、そのあとがねぇ」

「そのあと?」

「その、長続きしないんだ。あんまり」

「飽きっぽいの?」

「いや、フラれるんだ。しょっちゅうね。面白いくらいに」

「あー……」


 ウィルの容赦のない意見に、シェリルは苦笑する。


「兄さん、どうしていつもフラれるの?」

「それが分かれば苦労はないんだよ」


 ジェイミーは遠くを見ながら疲れたように呟いた。ニックはそれを見て、呆れ返った声をあげる。


「自分が振られた原因にすら気づけない鈍感さに皆嫌気が差すんだろ」


 ニックの指摘に思い当たるところが多すぎて、ジェイミーは言い返すことが出来なかった。考えてみれば、恋人が新調したドレスに気付けず怒られたり、痩せたことに気付けず怒られたり、さらには怒っていることに気付けず怒られたりしたことがある。考えれば考えるほど原因は山のように出てきて、ジェイミーは絶望的な気分になった。


 どんよりと落ち込んでいると、シェリルが焦ったように声をかけてきた。


「大丈夫よジェイミー。ジェイミーの鈍感なところも含めて好きになってくれる人は絶対いるはずだわ。だから元気出して!」

「ありがとう……」


 ジェイミーが気づかなかったばかりに高熱の状態で三日放置されたシェリルに励まされ、ジェイミーは己の不甲斐なさに改めて落胆した。リリーは大げさにため息をつき、背筋を正して厳しい顔をつくる。


「とにもかくにも、舞踏会よ。これ以上舞踏会からは逃げられないわ。婚約者は向こうから歩いてきてはくれないんだから」

「そうだよなぁ」


 ずっと避け続けていた問題にとうとう向き合うときが来たかと、ジェイミーは憂鬱な気分になった。いまいちな反応を返すジェイミーの耳元で、リリーは大きく息を吸い、わざとらしく声を張る。


「よく聞いて兄さん! 私はスタンシー家の舞踏会に参加するから!」

「うるさっ……て、え!?」


 ジェイミーは耳を押さえつつリリーを二度見する。リリーは満足したのか、声量を元に戻した。


「兄さんも婚約者を探すならスタンシー家の舞踏会がオススメよ。スタンシー男爵はハデス派だと公言しているし、次女のレイチェル様は兄さんが初恋の人だって昔言ってたもの」

「え、それ本当……いやいや、そうじゃなくて。お前は別に舞踏会に出る必要無いだろ。婚約者はそこにいるんだし」


 言いながらジェイミーはウィルを指す。


 リリーもジェイミー同様、今期の舞踏会にはほとんど参加できていない。それでもすでに婚約者がいるリリーはジェイミーほど危機迫っているわけではない。であるからして、自ら災厄に身を投じる必要もないのである。


 リリーはとてつもなく愚かな人間を相手にしているかような顔で、ため息をついた。


「兄さん、あなたは舞踏会が恋人探しをするためだけの場所だと思ってるの? 舞踏会は戦場よ。それなのに私は兄さんの噂のせいで全く参加できていない。これがどういうことか分かる?」

「さぁ?」

「防戦一方なのよ! 今年社交界デビューしたジャクリーン・ベリーマンという女がこの機に乗じて私の地位を奪おうと画策しているの! これ以上好き勝手させてたら配下の者を全て奪われてアンタレス国の社交界は無法地帯と化してしまうわ!」

「リリー、お前舞踏会で何をやってるんだ……」


 後半はもう、リリーの言っていることがよく分からなかったジェイミーである。ニックはパズルから顔を上げ面白そうにリリーの方を見た。


「社交界の花も代替わりの危機ってわけだ」

「冗談じゃないわ。ちょっとばかり綺麗だからってこの私に楯突いたこと、絶対に後悔させてやるんだから」


 拳を握り闘志を燃やすリリー。ジェイミーは本気で妹の将来が心配になった。


「やめなさいリリー。慢心は身を滅ぼすんだぞ」

「兄さんは慢心してなくても身を滅ぼしたけどね」

「…………」


 兄としての忠告はひと吹きで吹き消されてしまった。リリーはすっくと立ち上がり、扇子の先をジェイミーにビシッと向ける。


「とにかく兄さん。その本はちゃんと最後まで読んでよね」


 ジェイミーは見るからに嫌だという素振りをして見せたが、リリーは気にすることなくウィルの方に目を向けた。ウィルはリリーの視線に気づいて、立ち上がる。


「あ、帰る?」

「ええ。じゃあシェリル、またね」


 リリーに笑顔を向けられたシェリルは焦って立ち上がり、同じように笑顔を浮かべた。


「さよなら。気を付けて帰ってね」


 リリーはそのままウィルと一緒に部屋を出ようとした。しかし二人が出口にたどり着く前に扉が開き、その向こうから隊長と副隊長が現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ