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41.ニックとアニーとシェリル

――ときはおよそ三週間前にさかのぼる。


 シェリルがまだ牢にいて、連日ジェイミーから尋問を受けていた頃。この日もシェリルとジェイミーは尋問という名の世間話をしていた。するといつものごとく無遠慮に扉が開き、隊長が姿を現した。普段ならもっと厳しくやれと言って機嫌を悪くする隊長だが、この日は様子が少し違っていた。


「新事実だ」


 そう言って隊長はジェイミーの隣に座る。ジェイミーは怪訝な顔で隊長を見た。


「何ですか?」

「人質にされたアニーというメイドの資料を見ていたんだ。彼女の実家は王都にあるんだが、なんとニックの実家と隣り合わせだということが判明した」

「……確かですか?」


 どこかの国の極秘情報を手に入れたみたいに、ジェイミーは声のトーンを落とした。隊長もなぜか控えめに頷く。


「ジェイミー、お前知ってたか?」

「いえ。でもそう言われてみれば、あのアニーというメイドには見覚えがあります。たまにニックと話してました。いつもみたいに口説いてるだけだと思ってましたが、なるほど。二人は知り合いなんですね」

「ニックは彼女の護衛を申し出てるんだ。いつもみたいに口説きたいだけだと思っていたが、なるほど。二人は知り合いか……」


 二人は森に隠してあった木を発見したかのごとく、ワクワクとした雰囲気をかもし出している。


「奴とは知り合って十年たちますが、そんな話は聞いたことがありません。これは意図的に隠してますね」

「この情報はここぞというときのためにとっておこう。スプリング、お前もくれぐれも口を滑らせないように」

「……了解」


◇◇◇


「と、いうわけ」


 シェリルが話を締めくくると、ニックはものすごく機嫌の悪い顔で舌打ちした。


「ジェイミーめ。余計なことを……」

「ジェイミー様は私に見覚えがあるっておっしゃったの!?」


 ニックとは対極に、アニーはキラキラと瞳を輝かせた。シェリルはしっかりと頷いて見せる。


「はい。確かに言いました」

「なんてこと。もっと普段から見られていることを意識しないと……」

「いや、見覚えがあるのと普段から見てるってのは天と地ほどの差があるからな」


 ニックの突っ込みはアニーに届かない。アニーはベッドに横たわるシェリルの額を機嫌よくタオルで拭った。シェリルは大人しくされるがままになりながら、ふと思い出したように口を開く。


「ところでアニーさん。首の怪我は大丈夫なんですか?」


 冬用のお仕着せは詰め襟なので、アニーの首は隠れてしまっている。シェリルの問いに、アニーは決まり悪そうに首を押さえながら笑った。


「大したことないわ。といっても、先週まで仕事はさせてもらえなかったんだけど」

「お前しばらく実家に帰れよ。なんでそんなに仕事したがるんだ」


 ニックが不機嫌に呟く。アニーはニックをギロリと睨み付けた。


「何度言ったらわかるのよ。王宮の使用人職は食うか食われるかの激戦なのよ。これ以上休んだら私の代わりが補填(ほてん)されてはいさよなら。二度とこの仕事には戻れないわ」

「わかんねぇな。そこまでして続ける価値のある仕事じゃないだろ」

「国軍のエリート様には理解出来ないでしょうね。私はいつか王家に仕える侍女になるのが夢なの。だから一度人質にされたからって実家に帰ってメソメソしてる暇は無いのよ」


 シェリルはアニーの言葉に思わず感嘆の声をあげる。


「さすがアニーさん。使用人の鏡ですね!」

「あらありがとう」


 機嫌よく笑ったアニーと対照に、ニックは不満げな様子だ。その顔には心配だと分かりやすく書いてあるが、アニーは気付いていないようである。


「それにしても、まさかあんたがスプリング家の人間だったなんてね」


 アニーはしみじみと呟きながら、シェリルを見下ろした。


「そういえばアニーさん。私のことに関して軍から何か言われませんでしたか?」


 シェリルがスプリング家だという情報は現在、王族と国軍だけの機密となっている。アニーは不可抗力でその機密を知ってしまっているわけだが、そのせいで軍に脅されていやしないかとシェリルはずっと心配だったのだ。


 当のアニーはというと、シェリルの質問になぜか嬉しそうな顔をした。


「軍じゃなくて、陛下から直々に口外しないよう命を受けたわ。信じられる? 陛下が直々に私に話をしてくださったのよ」


 そのときのことを思い出してか、アニーは頬に手を当て幸せそうにほうっと息をはいた。どうやら特別困ってはいないようなので、シェリルはホッと胸を撫で下ろす。


「よかった。私のせいでアニーさんが苦労していないか心配だったんです」

「そうね。しいていうなら、シェリルがいなくなってからネズミ取りに苦戦してるわ。今思えばあの超人的なネズミ取りの腕前はスプリング家の人間だったからなのね」

「いえ、あれは私の個人的な特技です。だからこそスプリング家の中で私だけが使用人試験に受かったんです」


 シェリルはそう言って、得意げに胸を張った。


 これはシェリルの人生において三本の指に入るほどの自慢話である。お前が受かるはずがないと言ったスプリング家の仲間の、あの悔しそうな顔をこの国で知り合った人全員に見せてやりたいくらいだ。


 シェリルが一人で優越感に浸っていると、それまで大人しく話を聞いていたニックが訝しげに口を開いた。


「ちょっとまて。他にも試験を受けにきたスプリング家の人間がいるのか?」


 シェリルはしまったと我に返る。ニックはニヤリと口角を上げた。


「おっと失礼。気付いちゃいけないことだった?」

「……別にいいわよ。知られて困ることじゃないもの」

「ふーん」


 嘘ではないが、ニックは何やら企むような表情を浮かべている。念のため、彼が企んでいるであろうことは無駄であると忠告しておくことにした。


「言っとくけど、受験者の資料を調べても無駄よ。全部書き換えたもの。私だけ受かったってのも嘘じゃない。使用人の中にまだスプリング家が潜んでるかもしれないって考えは見当違いだから」

「なんだ。全部お見通しか」


 ニックは手のひらを上にあげ残念だという仕草をしてみせる。

 シェリルは内心、爪を噛んだ。これだからニックに監視されるのは嫌だったのだ。


「シェリルちゃん。ここにいるのがジェイミーならよかったのにって顔に書いてあるよ」

「わざと書いてるのよ」


 ため息まじりに答えたとき、アニーがニックの肩をパシッと叩いた。


「ちょっと。病人に変なプレッシャーかけないでよ」

「仕方ないだろ。これが仕事なんだから」


 確かに。


 シェリルはニックの言葉に妙に納得する。ジェイミーが特別優しいだけで、本来はニックのように疑ってかかるのが普通である。ということは、こちらもそれなりの心構えを持ってニックと接するべきなのだ。うまくやれば、彼の鋭さは利用できるかもしれない。シェリルはベッドから上半身だけ起き上がった。


「ちょっとシェリル。起きたらダメよ」

「平気です」


 シェリルはそう言って、ニックと真正面から向き合った。ニックはわずかに目を見開く。


「……何?」

「ニック、あなたにこの国を救うためのヒントをあげる」

「は?」


 唐突な切り出しに顔をしかめるニック。シェリルは気にせず言葉を続ける。


「今アンタレス国が抱えている問題は三つ。アケルナー国との同盟。シャウラ国の殺し屋。自警団の人身売買」


 指折りに数えていくシェリル。ニックは疑り深くシェリルの顔を覗き込む。


「何か企んでるな?」

「ニック、その賢い頭でよく考えて。後半二つは、国軍は今のところ手を出せない。でも今対処しなければ、また必ず同じことが起こる」

「……だから?」

「手を打つのよ。そうするには都合のいい状況だと思わない?」


 シェリルは自分のことを指しながら言った。ニックは一瞬眉をひそめたあと、何かに気づいたように苦笑した。


「君を使って解決しろって言ってんの?」


 シェリルは満足げに頷いて見せる。


「アケルナー国との同盟だって、うまくやればアンタレス国にとって有利な方向に進められる。アケルナー国が頼りにしているのは私が持ち帰る情報だもの。つまり、アンタレス国の抱える問題は、私を使えば全て解決できるってわけ」


 手品師が手品の最後にやるように、両手を広げシェリルは話を締めくくった。ニックは考え込むように腕を組み目を細める。


「どうして俺にそんな提案を?」

「私のことを警戒してるみたいだったから」

「信用して欲しいのか?」

「好きにすればいい。でも警戒するのは時間の無駄ね。利用するほうがよっぽど建設的よ」

「ふーん」


 都合のいいことばかり言うシェリルに、ニックは胡散臭そうな目を向けてくる。そのとき、アニーがシェリルの頭にシーツを被せた。


「ぶっ!」

「国を救う前に病気を直しなさい。ニック、あんたも、頼まれてた薬の調合に専念しなさいよ」


 ニックはうっと言葉を詰まらせる。マーソンに命じられた咳止め薬の調合に、彼はまだ手をつけていないのだ。もっとも、手をつけられないと言うほうが正しいのだが……。


「咳止めの調合なんかもう忘れたよ。何年前に習ったと思ってんだ」

「知らないわよ。どうせまともに授業を受けてなかったから分からないんでしょ」


 完全にお手上げ状態のニックにアニーは冷やかな視線を向ける。シェリルはなんとかシーツから顔を出し、元気に手を挙げた。


「私にやらせて! やってみたい!」

「寝てなさい!」


 アニーにものすごい剣幕で怒鳴られて、シェリルは大人しくベッドに横たわった。

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