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36.頭のすみの嫌な予感

 次の日。国軍の馬車が宿に現れた。ジェイミーたちは迎えの馬車に乗り、無事に軍の本部に到着した。メリンダは男だらけの本部に足を踏み入れることができないので、王宮の客室へ。五人の少女たちは衛生隊の待つ医務室で怪我の有無を確認することになった。そしてジェイミーとシェリルは――。






「休めと言ったのに新たな問題を持って帰って来る奴があるか馬鹿者が」

「申し訳ありません……」


 騎士隊執務室にて、隊長に説教をくらっていた。渋面を浮かべた隊長はジェイミーとシェリルの目の前にどっしりと立ちはだかり腕を組んでいる。隊長の背後では副隊長が黙々と書類仕事をしていた。普段なら副隊長が口添えして助けてくれる場面だが、彼は今、遠征中に隊長が築き上げた書類の巣を解体することに忙しいので、あまりあてには出来ない。


「しかも国軍騎士を装っていた奴らを取り逃がしたんだってな。何故神殿に確認をとるまで待たなかったんだ」

「はい、申し訳ありません……」


 ひたすら謝るジェイミーの隣で、シェリルは膨れっ面を浮かべていた。


「確認を待ってたんじゃ女の子たちは見つけられなかった。それに、取り逃がしたって言っても自警団の人間だってわかってるんだから、探しに行けばいいでしょう探しに行けば」

「あーシェリル、ちょっと……」


 ジェイミーはひきつった表情でシェリルの口を塞いだ。口答えをすると説教の時間が二倍になるのだ。予想した通り、隊長は眉間のシワを深くして先程よりも低い声を出した。


「スプリング、あまり調子に乗るな。国軍が自警団に干渉するといろいろと厄介なことになるんだ。アンタレス国の内情も知らず引っ掻き回すのはやめてもらおうか」

「あらまぁ。天下の騎士隊長さまは意外に臆病でいらっしゃるのね」

「あー! 隊長! 今のは空耳ですから!」


 ジェイミーは大慌てでシェリルを背中に隠し隊長の視界に入らないようにした。隊長はどす黒い空気を辺り一面に広げていく。


「ジェイミー、お前が甘やかすからその女は図に乗るんだぞ」

「はい……」

「もっと威厳ある態度で接することだ。悪いことをしたら時間を置かずにきちんと叱る。基本中の基本だぞ」

「おっしゃる通りです……」


「隊長、それは犬のしつけ方です」


 ついに副隊長が助け船(?)を出した。隊長はフンと鼻を鳴らす。


「アンタレス国に忍び込んで陛下の弱点を嗅ぎ回っていたんだ。同じようなものだろう」

「あなただってギャンギャン吠えてばかりじゃない。これなら犬に説教された方がいくらかマシかもしれないわね」


 空気がピシリと割れる音がした。どうやらシェリルと隊長はとことん気が合わないようだ。二人の間にはビシビシと火花が散っている。


「ジェイミー、その女をこちらに引き渡せ」

「冷静になりましょう隊長」


 剣の柄に手をかけた隊長を、ジェイミーは必死の思いでなだめすかす。今にも乱闘がはじまりそうな空気のなか、黙々と書類仕事をしていた副隊長が静かに立ち上がった。


「隊長、このメリンダという女性の担当はどうしますか。うちには適役がいません」


 突然目の前に差し出された書類に気を取られ、隊長は先程まで漂わせていた剣呑な空気をやや薄くした。


「なんだ、人手が足りないのか? それなら夕方の会議までに俺が話を聞こう」

「それは無理です。彼女は男性恐怖症だそうですよ」

「はあ?」


 隊長は面食らったように副隊長を振り返った。


「なんだそれは」

「男性に恐怖する症状のことです」

「だからなんだそれは」

「ジェイミーが近付いたら気絶したそうです。隊長が近付いたらたぶん死にます。どうしますか、誰か女装させましょうか」


 副隊長の提案に隊長は絶句する。隊長の怒りが完全に消えたところで、副隊長はジェイミーに目配せしてシッシッと手を振った。書類仕事の渦中にあっても救いの手を差しのべてくれる副隊長に全身全霊で感謝しながら、ジェイミーはシェリルを連れてそそくさと執務室をあとにした。


◇◇◇


「出会ったその日に美女と宿にしけ込むとは恐れ入ったぞジェイミー」


 執務室を出て食堂に避難したジェイミーは自分の選択を深く後悔した。挨拶代わりに嫌みを投げてきたのは昼食をとっていたニックである。ニックの向かいにはウィルが座っている。


「出直そう」


 ジェイミーはくるりと踵を返した。しかしニックがすかさずシェリルの手をひいて自分の隣に座らせたので、ジェイミーも食堂から逃れることが出来なくなった。


「ジェイミーは酷い男だね。君に食事もさせてやらないなんて」

「あの……」


 ニックはシェリルの手を握ったままわざとらしく気の毒そうな声を出す。ジェイミーはため息をつき、気まずげな顔をしているウィルの隣に腰を下ろした。


「わかったよ。何とでも言え。期待通り落ち込んでやるから」

「人聞き悪いな。俺は人身売買を未然に防いだお前の勇敢さを讃えるつもりだったんだぞ。なぁウィル」


 ニックはにやにや笑いながら、ウィルに同意を求めた。ウィルは苦笑混じりに頷いて、ジェイミーの方に目を向けた。


「昨日本部に使いが来たときは驚いたよ。まさかジェイミーがこっそり冒険の旅に出かけてたなんてね」


 ジェイミーが送った使いが本部に到着したとき、騎士隊の面々は耳を疑った。幼い頃から苦楽を共にしてきた隊員たちは、ジェイミーが平和平穏平淡を何より好む冒険心のかけらもない男だとよく知っているからだ。当然、隊長の指示に逆らい勝手に少女たちの捜索をはじめていたなんて、予想だにしていなかった。しかもシェリルの監視役を担いつつのことである。

 ニックは身を乗りだし、探るような視線をジェイミーに向けた。


「どうしてお前がそんなことをする気になったのか、昨日皆で話したんだ。ちなみに俺はジェイミーがメリンダって人に一目惚れしたっていうのに50カロン賭けてる」

「悪いな。誰と賭けてるが知らないが銀貨一枚手放すことになるぞ」


 しらけた顔で言葉を返すジェイミー。それに対しニックは余裕の笑みを浮かべて見せた。


「ごまかしても無駄だぞ。さっき宿に迎えに行った奴らから聞いたんだ。メリンダは大層な美人らしいじゃないか」

「だから一目惚れしたってのか。どんだけ安直なんだ俺は」

「恥じることないさ。悩める美人の弱味に付け込んだことは男として誇っていい」

「残念ながら、お前の考えてるようなことは何一つなかったよ」


 断固としてニックの考えを否定するジェイミーに、ニックは疑わしい視線を向ける。


「それじゃあ何か。ある日突然人助けに目覚めたってのか」

「さあな」


 ジェイミーは肩をすくめて答えをはぐらかした。


 このままでは埒があかないと考えたニックは、隣で大人しく座っているシェリルに矛先を向けた。


「シェリルちゃんも大変だったね。ジェイミーの都合に付き合わされてさぞかし迷惑だっただろう」

「…………」


 シェリルはチラリと視線を上げ、ジェイミーの顔色をうかがった。


「なんだ。ご主人様の許可がないと口を利けないのか?」


 ニックが冗談っぽく言って笑う。それでもなお、思い悩んでいるシェリルの様子に、ニックとウィルはさっと顔色を変えた。


「え、そうなのか?」


 ウィルが思わずというふうにジェイミーを見る。ジェイミーは慌てて首を横に振った。


「そんなわけないだろ」

「私のせいなの」


 シェリルが急に声を上げたので、三人の視線は一斉に彼女のもとに集まった。


「私がジェイミーを巻き込んだだけなの。それだけ。ジェイミーは人にからかわれるようなことは、何もしてない」


 シェリルははっきりとした口調で、そう主張した。ニックはシェリルの態度を見て何度か瞬きしたあと、ゆっくり口を開いた。


「ねぇ、シェリルちゃん、お昼取って来なよ」

「え?」

「向こうの列に並べば一人分の食事がもらえるから」

「それは、知ってるけど」

「じゃ、行ってきなよ。腹減ってるだろ? ほらほら」

「ジェイミーの分も取ってくる……?」

「いやいや、こいつは自分で取りに行くから」


 シェリルはジェイミーに視線を向けた。ジェイミーが頷いて見せると、シェリルは戸惑った様子ながらも、ニックに言われた通り大人しくテーブルの側を離れた。


 声が届かない距離までシェリルが歩いていったのを見届けたあと、ニックはジェイミーたちの方に向き直り声を潜める。


「聞いたか? 自分のせいだってさ。ジェイミーを庇ってる」


 ジェイミーは小さくため息をつく。


「お前があれこれ話しかけるから面倒くさくなったんだろ」

「いやいや、あの子は間違いなくお前に懐いてる。陛下の読みは当たったな。これは、スプリング家がアンタレス国の味方になる日もそう遠くないかもしれないぞ」


 ニックは楽しげに言ったあと、中断していた食事を再開した。ジェイミーは頬杖をつき、考え込む。


「時々さぁ……」


 なんとなく考えていたことがこぼれそうになって、慌てて口を閉じる。しかしニックとウィルはジェイミーの呟きを聞き逃さなかった。


「時々、なに?」


 ウィルに先を促されて、ジェイミーは一度押し止めた言葉をするりと口にする。


「時々、可愛いことを言うんだよ」

「……シェリルが?」

「ああ」


 ジェイミーが頷くと、ウィルは何やら複雑そうな表情を浮かべた。


 ニックは豆のスープをスプーンでつつきながら、やれやれと頭を振った。


「お前、あの子に情が移ったな」


 ニックの言葉を聞いた瞬間、ジェイミーの心臓はどきりと跳ねた。


「ニック、お前は本当に嫌な奴だな」

「そりゃどうも」


 かろうじて言葉を返したジェイミーの声は珍しく怒気を含んでいた。ニックはその様子を面白そうに眺めながら言った。


「気を付けろよ、敵か味方かまだ分かんないんだから」

「そんなこと分かってる」


 ジェイミーは友人二人の視線から逃れるようにガヤガヤと騒がしい食堂に視線を移した。それからシェリルが戻ってくるまで、頭のすみに芽生えた嫌な予感を喧騒と一緒にかき消す方法をぼんやりと考え続けた。

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