34.誰にも秘密がある
こういうときに限って余計なことを思い出す。シェリルが思い出していたのはメリンダとの約束だった。六人全員を連れ戻すと約束した。だから、崖から落ちそうになっているフローラに手を伸ばしてしまったのは仕方のないことだ。
「シェリル!」
ジェイミーの声が聞こえてきたとき、シェリルはフローラの手を思いきり引っぱっていた。重力に従って、シェリルの体は崖の外に放り出される。チラリと視界に入ったフローラは、地面に倒れ込んでいた。
冷たい風を切ったあと、衝撃に備えたシェリルは身を固くした。ガサガサと木の葉が耳に当たる。しばらくして、たいした衝撃もなく体勢が安定した。
「あれ?」
てっきり地面に叩きつけられるかと思っていたシェリルは、固く閉じていた目をゆっくりと開いた。迷路のように伸びた木の枝が視界に飛び込む。そしてその間から、崖の上で唖然としているフローラとオスカーが見えた。
どうやら木の上に落ちて事なきを得たらしいと分かり、シェリルはホッと全身の力を抜いた。それにしてもやけに衝撃が少なかったと不思議に思ったとき、体の下から呻き声が聞こえてきた。驚いて体を起こすと、ジェイミーがシェリルの下敷きになっている。
「ジェイミー!?」
「どうも……」
ジェイミーはげんなりした様子で呟く。一体何がどうなってこうなったのかとシェリルが混乱していると、崖の上からヒソヒソと声が聞こえてきた。
「生きてるの?」
「ああ、動いてる。大丈夫みたいだ」
フローラとオスカーはシェリルとジェイミーが生きていることを確認すると、その場から一目散に走り去った。
「あ、こら! 待ちなさい!」
状況も何も考えず、シェリルは逃げる二人を追いかけようとした。しかし今シェリルがいる場所は木の上でありジェイミーの上である。
「わ! バカ、動くな!」
ジェイミーの忠告もむなしく、二人はバランスを崩して木から地面に落下した。ドサッと地面を打つ音がして、木の葉がハラハラと空中を舞う。
「怪我は……?」
「平気……」
ジェイミーは地面に寝転んだまま投げやりに尋ねてきた。シェリルも倒れたまま疲れた声で答える。そして、二人同時に深いため息をついた。
今二人をガッカリさせているものは、目の前にそびえる崖である。下に落ちてみると分かる。想像していたよりずっと低い。まっすぐ立ったシェリルが三人分あるかないかという程度である。これならフローラでも無傷だったかもしれない。そしてジェイミーがシェリルを庇う必要もなかっただろう。
シェリルとジェイミーはもう一度、深くため息をついた。
小道を見つけて、二人がなんとか崖の上に舞い戻ったとき、馬車も馬も、ジェイミーが乗ってきた馬も消えていた。どう頑張っても徒歩では追いつけない。諦めて小屋に戻ろうと、ジェイミーとシェリルは無言で山を下った。トボトボと山道を歩きながら、シェリルはもはやお約束と言える反省タイムに突入していた。
「元気出せって」
どんよりと肩を落としているシェリルに、ジェイミーが声をかける。シェリルはしゅんとした顔でジェイミーに目をやった。
「いいのよジェイミー、気をつかわないで。私が欲を出さなきゃ男たちもフローラも本部に連行出来たのに……」
「道に迷ったのも崖から落ちたのもシェリルのせいじゃないだろ」
「確かにそうなんだけどね、でも、やっぱり私は反省すべきだわ。あなたが私の下敷きになってるのを見たとき、人生終わったと思ったもの。もしあなたがあのとき怪我を負ってたら、どれだけ反省しても取り返しがつかなかった」
「俺も崖から飛び降りたとき人生終わったと思ったよ。もう二度とやらないから高いところから落ちるのはこれきりにしてくれ」
飛び降りた瞬間を思い出し、身をすくめるジェイミー。助けたと言えば聞こえはいいが、シェリルの手を掴もうとしたがタイミングが合わず自分も一緒に落ちてしまったというのが真相だったりする。
「本当に驚いた。身を挺して庇ってくれるなんてすごく感動したわ。何かお礼をしたいんだけど、何がいいかしら」
「いいよ別に。たぶん俺がいなくても無傷ですんだし」
「今度縄抜けの方法を教えてあげる。これで次縛られたときは自力で脱出できるわよ」
「本当、人の話聞かないよな……」
なんでもいいが自分はまたいつか縛られる予定なのだろうかとジェイミーは不安を覚える。これからはシェリルのようにナイフを持ち歩くことにしようと決心していたとき、少し前を歩いているシェリルが左肩を押さえていることに気が付いた。
「シェリル」
「なに?」
「お前、肩どうした」
ジェイミーが尋ねた瞬間シェリルはギクリと足をとめ、気まずい顔で振り返った。
「べ、別に?」
「別にってことはないだろう。なに、打ったのか?」
「なんでもない!」
「じゃあなんで隠すんだよ」
シェリルの左側に回ろうとするジェイミーと、左肩を見せまいとするシェリル。しばらくグルグルと回って攻防戦を繰り広げたあと、目がまわった二人はぜぇぜぇと息を吐き立ち止まった。シェリルの左肩には微かに血が滲んでいる。やはり怪我をしているのだと、ジェイミーは確信した。
「見せてみろよ。別に痛めつけてやろうってわけじゃないんだから、心配することないって」
シェリルは観念した顔で頷いて、そろそろと傷を隠している手をどけようとした。しかし完全にどける前に、ジェイミーに忠告するような視線を向けた。
「あの、多分、びっくりすると思う」
「……そんなに酷いのか?」
並々ならぬ空気を察して、ジェイミーは身構える。シェリルは半分やけっぱちのような感じで手をどけた。瞬間、ジェイミーはシェリルがどうして傷を隠したがっていたのか、理解した。
傷は想像したほど大したことは無かった。シェリルの言っていた通り、木に引っ掛かったような傷があり、指一本分くらいの傷が縦一直線にのびている。服が破けていてそこからシェリルの腕が覗いているのだが、シェリルの腕には子供の手のひら程度の大きさの、烙印があった。ジェイミーの記憶が正しければ、左肩に押される烙印の意味は一つしかない。その者が奴隷であるという、証である。




