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31.お別れのキス

 人口が少ないアンタレス国では、一度に大量の命を奪うことが出来る銃は厳重に規制されている。シャウラ国との争いが頻発していた十六年前ならいざ知らず、全くもって平和な現在では軍人すら銃を持ち歩くことは難しい。常に装備しているのはシャウラ国との国境警備隊くらいだ。



 とにかく今、シェリルの頭部には銃が突きつけられている。突き付けているのはジェイミーとシェリルが救おうとした少女たちのうちの一人――。


「フローラ?」


 少女の一人が呆然と呟く。フローラと呼ばれた少女は冷めた視線で、自分の名前を呼んだ少女を一瞥(いちべつ)した。


「全員両手を頭に乗せてひざまずきなさい。騎士様、オスカーを離してくださる? でないとこの女の頭が吹っ飛ぶわよ」


 そう言ってフローラはシェリルの頭にぐいと銃口を押し当てる。ジェイミーはすぐにオスカーから手を離した。開放されたオスカーは掴まれていた方の腕をぐるぐると回しながら、肩を押さえて立ち上がりフローラに憮然とした視線を向けた。


「フローラ、お前どうしてそんなもん持ってんだ」

「あんたたちがヘマをやらかしたときのためにね。持ってて正解だった」


 そのとき、ロープを取りに行っていた少女が部屋に戻ってきて、部屋の状況を見てぎしりと動きを止めた。フローラは面倒くさそうな目を少女に向ける。


「エレナ。このお姉さんを助けたかったらそのロープをオスカーに渡しなさい」

「で、でも……」


 エレナはわけがわからず立ちすくむ。いつまでも動かないエレナに焦れたオスカーは、腹立たしげに舌打ちして乱暴にロープを取り上げた。


「あーあ、腕が痛いなぁ」


 嫌みったらしく言ったオスカーは、ジェイミーの両手を後ろ手に縛り上げた。男の一人が焦った顔でオスカーに話しかける。


「どうするんだ。国軍の騎士ってことはこいつ、どっかの貴族か資産家だろ。下手なことできないぞ」

「落ち着け。人質がいるんだ、なんとかなる」


 男たちの視線は銃を突きつけられたシェリルに向かった。


「国軍に女はいないはずだな。お前、誰なんだ」


 オスカーに問われ、シェリルは両手を上げたまま無愛想に答えた。


「ジェイミーの恋人よ」

「それは嘘だと言っていただろう」

「駆け落ちは嘘。でも恋人じゃないなんて言ってない」


 男たちはしばらく訝しんでいたが、深く追究する時間はあまりないらしくそれ以上は何も言わなかった。オスカーは地面に落ちた剣を拾いこれからの手順を急ぎ伝える。


「とにかく、今は奴らに会いに行かなきゃならない。俺とマックスとフローラは馬車で行く。あとの三人は俺たちが戻ってくるまでこの騎士を見張れ。暴れたら殴って黙らせろ」


 オスカーの言葉にフローラと男たち全員が頷いた。縛られて床に膝をついているジェイミーは、男たちの説得を試みる。


「考え直せ、今ならまだ引き返せる。人身売買は重犯罪だ。一度手を染めれば陛下は決してお許しにはならないぞ」


 陛下という言葉に一同は若干怯んだが、それでも皆、ジェイミーの言葉を聞くつもりなどない様子だ。オスカーはジェイミーに剣を突きつけ下卑た笑みを浮かべた。


「いいさ。金が手に入れば国を出られる。余計なことは言わず黙っていた方が賢明だぞ。ここでおまえが大人しくしていればあの女は死なずに済む」


 そう言ってオスカーは顔を上げ、連れていけとフローラに顎で合図した。フローラは頷いて、呆然としている少女たちに刺のある声で言った。


「あんたたち、私の言う通りにしなさい。もし逃げ出そうとしたらこの人撃つからね。あんたたちのせいでこの女が死んだら、全員地獄行きよ」


 地獄行きという言葉に、少女たちの表情が強ばる。長年神殿で暮らしてきた彼女たちにとって、地獄行きという言葉は何よりの脅し文句だった。


「馬車は森に入って左にある。俺とマックスは裏に行って馬を準備するから、お前は全員を馬車に乗せてくれ」

「わかった」


 オスカーの言葉にフローラは頷き、シェリルの頭に銃を向けたまま腕を掴んで小屋の外へ連れていこうとした。しかしシェリルは足を踏ん張ってその場を動こうとはしなかった。フローラは険しい顔でシェリルに銃口を押しつける。


「ちょっと、動きなさいよ。自分の状況わかってるの?」

「ええ、わかってる。でもジェイミーにお別れのキスをさせてくれなきゃここから一歩も動かないから」


 瞬間、小屋の中が微妙な空気に包まれた。


「は? お別れのキス?」


 フローラがひきつった顔で聞き返す。シェリルは大きく頷いて、大真面目な顔で告げた。


「私とジェイミーは離ればなれになるとき、絶対にお別れのキスをすると決めてるの。そうよねジェイミー」


 突然話をふられてジェイミーは困惑する。もちろんそんな決まりはないが、とりあえず頷いておく。


「あ、ああ」


 ジェイミーが頷くのを見て、フローラは苛立った様子でシェリルの腕を引っ張った。


「この状況でバカ言ってんじゃないわよ。死にたくないなら私の言うことを聞きなさい」

「嫌よ。お別れのキスが出来なきゃ撃たれたほうがまし!」


 かたくなに動こうとしないシェリルに、オスカーはうんざりとした声を上げた。


「フローラ、時間が無いんだ。キスくらいさせてやれ」


 フローラはげんなりとため息をつき、それからシェリルに銃を突きつけたままジェイミーの方に歩み寄った。


「ほら、さっさと終わらせて」


 背中をドンと押され、シェリルはジェイミーの前に(ひざまず)く。一体何を考えてるんだと視線で訴えるジェイミーの首に腕を回し、頬に小さくキスしたあと、シェリルはあっさり立ち上がった。


 お別れのキスは、ものの数秒で終わった。


「それだけ?」


 フローラは拍子抜けしている。シェリルは彼女の方をにべもなく振り返り、あっさり頷いた。


「ええ、終わり。満足したから、どこへでも連れていって」


 しばらく唖然としていたフローラだったが、すぐに我に返って表情を引き締める。


「それじゃあ、付いてきて」


 依然としてシェリルの頭に銃を突きつけたまま、フローラは小屋の外へと足を向けた。


 少女たちはフローラの後に続き、オスカーとマックスは裏口から馬小屋へ急ぐ。小屋には剣を構えた三人の男と、腕を縛られたジェイミーが残された。






「ほら、全員乗って」


 フローラが刺々しく少女たちに指示を出す。

 森に隠してあった馬車は護送馬車だった。恐らく自警団のものと推測できる馬車は、長方形の箱のような形をしており後部の扉が両開きになっている。かんぬきをかけて内側から出られないようにする仕組みで、扉の上の方には小さな格子窓があった。


「ちょっと待って」


 絶望しきった表情で馬車に乗り込もうとした少女たちをシェリルが制した。フローラはシェリルに銃口を押しつけ声を荒げる。


「勝手にしゃべるんじゃないわよ」


 苛立った声を上げるフローラを無視して、シェリルは少女たちに言った。


「全員このまま森のなかに隠れて。ジェイミーが小屋から出てきたら、あなたたちも出てきて大丈夫よ」


 シェリルの言葉に、少女たちは戸惑ったように顔を見合わせる。フローラは舌打ちしてシェリルの髪の毛を乱暴に掴んだ。


「いい加減にして! 撃たれたいの!?」

「かまわないわ。撃ちなさいよ」


 シェリルが平然と答えたので、フローラは髪の毛を掴む力をとっさに緩めた。


「なんですって?」

「どうしたの、早く撃って。撃ち方が分からないなら私が教えてあげましょうか?」


 動揺しているフローラのほうをシェリルは笑顔で振り返った。そしてまくし立てるように言葉を続けた。


「撃たないの? 人を殺して地獄に行くのが怖いの? それとも、おもちゃの銃だってバレるほうが怖い?」


 フローラは息を詰め何度か瞬きしたあと、信じられないという風に呟いた。


「どうして偽物だってわかったの」

「あれ、本当に偽物なんだ」


 口の端を持ち上げたシェリルは次の瞬間、フローラの腕を掴み彼女の背後に回り、隠し持っていた鋭いナイフを喉元に突きつけた。叫び声を上げようとしたフローラの口をナイフを持っていないほうの手で塞ぐ。


「早く行って。上手に隠れてね」


 状況にはそぐわない明るい声でシェリルが促すと、少女たちは混乱しながらも森の中へ駆け出した。フローラは必死に声を上げようとするが、シェリルがナイフを突き立てようとするのを察して、大人しくなる。


 シェリルは天気の話でもするような口調で、フローラに語りかけた。


「感謝するわフローラ。あなたがおもちゃの銃を持っていたおかげで、黒幕を突き止めるチャンスが出来た」


 フローラは震えながら、何の役にも立たなくなった銃を地面に落とした。

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