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30.詰めも砂糖も甘すぎる

 とりあえず、少女たちが全員眠ってからジェイミーが男たちを取り押さえるということで話は落ち着いた。


 部屋に現れた男たちは何故か、色とりどりのクッキーを皿に乗せて持っていた。


「わぁ、それ何?」


 さっそく少女たちが目を輝かせる。


「買い出しに行ったついでに買ってきた。小屋を出る前に、食べていいよ」


 そう言って、クッキーを少女たちの前に並べていく。別の男が暖炉にかけてある湯を使って紅茶を入れた。テーブルの上がどんどん豪華になっていくなか、オスカーがシェリルとジェイミーに声をかけた。


「二人も、どうぞ」


 少女たちは長方形のテーブルの片側に座り、男たちはその向かいに座る。シェリルとジェイミーはテーブルの短辺の部分に並んで腰を下ろした。


 男たち以外には紅茶が行き渡り、少女たちはなんの疑いもなくカップを口に運んだ。シェリルとジェイミーにもカップが渡されたが、口をつけるフリだけして様子を見る。少女の一人が不思議そうに男たちを見て首をかしげた。


「オスカーたちは飲まないの?」

「ああ、カップが足りないから」


 そう言ってごまかすように笑ったあと、オスカーはクッキーを食べるよう全員に促した。


 シェリルは一人、違和感を感じて首を捻っていた。紅茶の香りからして睡眠薬の類いは入っていないような気がする。ということは食べ物に仕込んだのかとクッキーの一つを手に取るが、それにも睡眠薬の気配は感じられない。


 はてと眉根を寄せているシェリルをよそに、男たちはとりとめもない話をして時間を稼いでいるようだった。アケルナー国は海が綺麗だとか、機械工学が発展しているなんて話で盛り上がること三十分。待てど暮らせど少女たちが眠る気配はない。どうもおかしいと気付きはじめた男たちは、しきりにお互い目配せをはじめた。


 ジェイミーはこっそりシェリルに声をかける。


「どうなってるんだ?」

「さぁ……」


 男たちは少女たちに背を向け、何やら小声で話し合っているようである。


「マックス、お前ちゃんと俺が教えた店で買ってきたのか」

「あ、ああ。ほら、これ……」


 マックスと呼ばれた男は懐から紙袋をとりだし、仲間に見せた。袋の表面には大きく"砂糖"という文字が記されている。オスカーがその袋を取り上げ中身を確認し、少しだけ口に含んだ。


「これは……」


 険しい顔でオスカーは仲間を見渡した。


「ただの砂糖だ」

「え」


 マックスは青ざめる。ついでに聞き耳を立てていたシェリルとジェイミーも青ざめた。


 男たちは青い顔のマックスを口々に責めたてる。


「お前騙されてんじゃねぇか!」

「砂糖一袋に200カロンも出すバカがどこにいる!」

「しっかりしてくれよ!」


 突然揉めはじめた男たちに少女たちは驚いてお喋りをやめた。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 男たちは苦しい笑顔を浮かべながら、何かをごまかすようにしきりに咳払いする。


 どうやら紅茶に入れたつもりの睡眠薬がただの砂糖だったらしい。この事態に動揺したのは男たちだけではない。シェリルとジェイミーの予定も狂ってしまった。ひとまず冷静になろうと、二人は三十分間ムダに飲むフリを続けた紅茶を喉に流し込んだ。香りのいいお茶に、ほのかな甘味がプラスされておいしかった。


 男五人は見るからに焦っていて、未だ少女たちに背を向けヒソヒソと話し合っている。


「もうこうなったら力ずくで連れていこう」

「駄目だ。暴れてアザができたら価値が下がるって言われてるだろ」


 男たちは焦りすぎて声を潜めることを忘れている。さすがに不審に思った少女たちは不安げに男たちに声をかけた。


「ねぇ、さっきから何の話してるの?」


 明るくお喋りしていた少女たちは今、疑り深い視線を男たちに向けている。これ以上ごまかし続けることは難しいと考えたのか、オスカーは舌打ちして仲間に目をやった。


「仕方がない。多少傷がついても売れることに変わりはない。予定通り決行だ」


 オスカーの言葉を聞いて、男たちは一斉に頷いた。


 シェリルとジェイミーは一気に緊張感を高める。騎士を装っているためか、男たちは皆帯剣している。対するジェイミーは丸腰。シェリルも大した武器は持っていない。


「みんな、顔が怖いわ。一体どうしたの?」


 動物的勘か、立ち上がって徐々に後退りする少女たちの前で、男たちは椅子から腰を上げ剣の柄に手をかけた。


「大人しくしろ。そうすれば殺しはしない。お前らもだ。死にたくなければ俺たちの指示に従え」


 オスカーが少女たち、そしてシェリルとジェイミーに向け、威圧感のある声色で言い放った。ゆっくりと剣を引き抜いた男たちを前に、少女たちは恐怖で体がすくんで悲鳴も上げられない様子である。

 潮時だと、ジェイミーとシェリルは視線を交わして頷いた。シェリルは持っていたカップを投げ出して少女たちの前面に立ち、両手を広げる。


「下がって!」


 シェリルが叫んだ瞬間、ジェイミーは一番近くにいる男の腕を掴み、思いきり手前に引っ張った。突然のことによろけた男の手から剣を奪う。


「何すっ……!」


 男が文句を言う前に、ジェイミーは男の鳩尾を思いきり膝で蹴り上げた。男は咳き込みながら地面に崩れ落ちる。


 考える前に体が動いた男たちは、一斉にジェイミーに斬りかかった。振りきられた剣をジェイミーは屈んで避け、向かってきた男の足元を払う。バランスを崩した男は隣の男も巻き込んで机に勢いよくぶつかった。並べてあった皿やカップが派手な音を立てて床に落ちる。この時点でようやく少女たちは短い悲鳴を上げた。


 睡眠薬と称して砂糖を掴まされた男、マックスは、すでに怖じ気づいて剣を構えたまま動けなくなっていた。ジェイミーはその手元を蹴り上げ、宙に舞った剣は小屋の壁に深く突き刺さる。オスカーは真正面からジェイミーに剣を突き立てようとしたが、一瞬早くそれを避けたジェイミーはオスカーの背後に回り、剣を持っている方の腕を掴んで背中に回し関節を締め上げた。そのままオスカーをうつ伏せの状態で床に押さえ付け、喉元に奪い取った剣を添え動きを封じる。


「わぁ……」


 あっというまに五人を制圧したジェイミーに、シェリルは感嘆の声を上げた。怯えていた少女たちや地面に伏した男たちも驚愕しているが、オスカーを取り押さえたままのジェイミーも何故か驚いている。


「ジェイミー、どうしてあなたが驚いてるの」

「いや、まさかここまでうまくいくとは思わなかったから……」


 呆然とシェリルが尋ねれば、呆然とジェイミーが答える。


「お前、商人じゃなかったのか」


 低い声で唸るオスカーに、ジェイミーは淡々とした口調で告げた。


「国軍の騎士だ。お前らが自警団だということは知ってる。人身売買を企んでいることも」


 その瞬間、男たちの空気が変わった。ジェイミーが国軍の騎士だったからか、自警団とバレていたからか、人身売買のことを知られていたからか、あるいはその全てかもしれない。先程まで断固として強気な表情を浮かべていた男たちは、まるで死刑宣告をうけたように唖然とし固まった。


「国軍だって?」


 真っ青な顔で呟くオスカー。

 驚いたのは少女たちも同じだ。


「人身売買?」

「何の話をしてるの?」


 ようやく口を聞けるようになった少女たちは、怪訝な顔で自分たちの前に立っているシェリルに問いかける。シェリルは振り返り、状況を簡単に説明した。


「あいつらはあなたたちをどこかの誰かに売り飛ばそうとしていたの。国軍の騎士というのも嘘。本当は自警団の人間よ」


 混乱が収まらない少女たちは、やはりシェリルに疑問をぶつける。


「あなたも嘘をついてたってこと?」

「ええそう。本当はあなたたちを探してここまで来たの」

「どうしてあなたが私たちを探すの?」

「アルニヤト神殿から来たメリンダさんに頼まれたのよ。あなたたちが騙されてるかもしれないから探して欲しいって」

「メリンダが?」


 よく知っている人物の名前に、少女たちは一気に肩の力を抜いたようだった。


「それじゃあ、私たち本当に騙されてたの?」


 少女の一人が呟く。男たちは文句一つこぼすことなく、がっくりとうなだれている。


「何か縛るものある? このまま本部に連れてくから拘束したいんだけど」


 ジェイミーが言うと、一番幼い容姿の少女が頷いた。


「わたし、もってきます!」


 そう言って隣の部屋までパタパタと走っていく。男たちは完全に戦意喪失しており、この世の終わりを迎える人間は恐らくこんな顔をするだろうと想像できるような顔をしていた。そんな様子を黙って眺めていたシェリルは、ふいに妙な視線を感じて後ろを振り返ろうとした。しかし後頭部に何かを突きつけられ、振り返ることが出来ず動きを止める。


「あーあ。せっかくここまで来たのに、台無しね」


 妙に澄ました声がして、ジェイミーが異変に気付く。そして少女の一人がシェリルに銃を突きつけている様子を見て、驚き固まった。

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