29.それぞれの思惑
部屋に入ってきたのは五人の男たちである。全員真っ黒な服に身を包み、威圧的な視線をジェイミーとシェリルに向けている。ジェイミーと年齢はさほど変わらないように見えるが、かもし出す雰囲気は反抗期の少年のように刺々しい。
リーダーらしき男がずんずんと進み出た。
「どけ」
そう言って、男はジェイミーたちの向かいに座っていた少女の腕をつかみ椅子から引きずり下ろした。
「オスカー! 乱暴しないで!」
男たちの影に隠れていた少女たちがすかさず部屋の中に飛び込んで、引きずり下ろされた少女を取り囲み抱き上げた。
とっさに立ち上がろうとしたシェリルとジェイミーだったが、オスカーと呼ばれた男が向かいにどかりと腰を下ろしたので、二人も再び椅子に座り直した。オスカー以外の男たちは二人の背後にまわる。
「お前らどこから来たんだ」
オスカーがぶっきらぼうに尋ねる。ジェイミーが口を開いた。
「王都から」
「へぇ。一体どこのどいつだ」
「……商家の出だ。彼女はうちの客」
「それで? なんでお前らは俺たちの小屋にいる」
「結婚を反対されたんで、二人で逃げてきた。遭難しているところをそこにいる彼女たちに助けられた」
怯むことなく答えたジェイミーを、オスカーはじろじろと睨めつける。そしてふいにシェリルに目を向け、品定めするように上から下まで観察した。
「あんた、病気かなんか持ってるか?」
ぶしつけに問われて、シェリルは内心ほくそ笑んだ。予想通りである。この男たちは人身売買に手を染めようとしている。あまつさえ、シェリルのことも売ってしまおうという魂胆らしい。
「至って健康よ」
「ふぅん」
満足げに頷いたオスカーはさっきまでの不機嫌を手放し、愛想笑いを顔に張り付けた。
「いや、悪かったね。俺たちも追われてる身なんでつい警戒してしまって」
そう言って二人に向けて片手を差し出す。
「俺はオスカー。君たちは?」
「ジェイミーだ」
「シェリルよ」
それぞれと握手を交わしたあと、オスカーは機嫌よく立ち上がりシェリルたちの背後に立っている男たちに目配せした。
「失礼。少し外すけど、気にせずくつろいでくれてかまわないから」
そう言って五人の男たちは隣の部屋に姿を消した。
バタンと扉が閉じたとたん、六人の少女たちが二人を取り囲む。
「やっぱり駆け落ちだったのね!」
「思った通りだわ!」
「あの、申し訳なかったよ。俺たちのせいで揉めてたんだろ」
「いいのよ別に。それより二人とも、思いとどまってくれて本当に良かったわ」
「思いとどまる?」
含みのある言葉にシェリルが首を傾げると、別の少女が話を引き継いだ。
「あの森って、駆け落ちしたカップルが心中する森として有名なんですって。でもあなたたちはそうしなかったみたいね」
「ジェイミー、やっぱりあの骨って」
「よせ。考えるんじゃない」
あの森の中で自分たちを見つめていた骸骨を思い出し、二人は背筋がヒヤリとするのを感じた。少女たちは二人が青ざめていることに気付かず勝手に話を進める。
「私たちこれから国を出るの。アケルナー国にいるオスカーの親戚にかくまってもらうのよ。二人も一緒に行きましょうよ!」
無邪気な提案に、ジェイミーとシェリルは顔を見合わせる。彼女たちは自分たちに迫っている危険に全くもって気付いていないようだ。
「あの、私少し外の空気を吸ってきてもいいかしら」
返事をはぐらかしながらシェリルが立ち上がると、少女たちはもちろんと頷いた。
「あまり遠くには行かないでね。迷ったら大変」
「ええ。わかった。それじゃあジェイミー、あとよろしくね」
「え?」
シェリルは小声でジェイミーに囁いたあと、女の子たちの輪を抜け足早に小屋を出ていった。
一体何を頼まれたのか分かっていないジェイミーだったが、答えはすぐに判明した。
「それで!? 二人はどこで出会ったの?」
「あのこのどこに惹かれたの?」
「どうして森の中に逃げようと思ったの?」
次々と質問を投げて寄越す少女たちに、ジェイミーは頬をひきつらせた。結局少女たちの好奇心が尽きるまで、ジェイミーは苦しい作り話を延々と続けることになってしまった。
◇◇◇
「あの二人、どうする?」
男の一人が深刻な顔で呟く。他の男たちはうーんと腕を組み深く考え込んだ。
「女の方、高く売れそうだぞ」
「でもちょっと地味じゃないか?」
「馬鹿か。色にこだわるのはアンタレス人ぐらいだって奴ら言ってただろ」
「俺の見立てじゃあの女、あと二年もすれば化けるぜ。交渉次第でいくらでも値は上げられる」
男たちの意見は一致した。話の矛先はジェイミーに移る。
「男はどうする」
「売れないだろ。買うのは女か子供だけって言われてる」
「じゃあどうする。殺すわけにもいかねぇし」
五人は険しい表情を浮かべ考える。一人がポツリと呟いた。
「適当に脅しつけて王都に連れてくか。商人ってことは、自警団には逆らえないはずだ」
「本当にそれで大丈夫か。国軍に気付かれたら俺たちおしまいだぞ」
「大丈夫だよ。軟弱そうだし、何発か殴れば言うこと聞くさ」
黙って話の行く末を見守っていたオスカーは、ゆっくりと口を開いた。
「それじゃあ、女は奴らに引き渡す。男は脅して黙らせる。これでいいか」
「ああ、決まりだな」
全員が頷いた。
「それじゃあ、これからの手順を確認するぞ。まず昨日の夜仕入れた睡眠薬であいつらを眠らせる。それから、女たちは全員馬車に乗せる。馬車の準備はできてるのか?」
「ああ、森の中に隠してある。馬も五頭用意した」
「よし。全員が眠ったら俺たち二人は馬車に乗って国境手前まで行く。そこで奴らと値段交渉したあと、女たちを引き渡す。男の方はお前ら三人に任せるぞ」
「分かった」
「油断するなよ。口を利けなくなるまでぶちのめしたあと、自警団の牢に連れていけ。馬を三頭置いていく。あとのことは全てが終わってから考えよう」
「お前らこそしくじるんじゃねぇぞ。ここまで来て誰かに見られでもしたら全部水の泡だからな」
「わかってる」
◇◇◇
「と、いうことで、ジェイミー。あなた口を利けなくなるまでぶちのめされるらしいわよ」
「へぇ……」
少女たちの相手をジェイミーに押し付けて外に出たシェリルは、窓の外から男たちの集会を盗み聞きしていたらしい。一方のジェイミーは少女たちから散々質問攻めにされてもうすでに口を利く気力を失っていた。
ジェイミーから様々な気力と活力を奪い去った少女たちは、これからはじまる新しい暮らしに心踊らせているようで、テーブルを囲んで楽しげにお喋りしている。ジェイミーは難を逃れるために部屋のすみに身を移していたので、二人の会話が彼女たちの耳に入る心配は無さそうだ。
「こっちは大したことは聞き出せなかった。ただなんとなくだけど、彼女たちは家出してるぐらいの感覚でここにいるみたいだ。もしかしたら何人かはおかしいことに気付いてるかもしれない」
「いまさら後戻り出来ないと思ってるのかもね」
ジェイミーの報告に、シェリルはふむと頷く。
「にしても、自警団か。厄介だな」
ジェイミーが呟くと、シェリルは記憶を手繰り寄せるように眉間に指を当てた。
「この国の自警団っていうのは、王家とは関係のない、独立した組織なんでしょう? 民衆が自主的に立ち上げたのよね」
「ああ」
自警団は十五年ほど前に始まった、アンタレス国内において国軍に次ぐ規模を誇る軍事組織である。入団するのにそれなりの身分が要求される国軍に対し、自警団は身分によって団員を選別しないため、庶民の味方として国民から多大な人気を集めている。王家に従う国軍と、庶民を守る自警団は、国民からの支持が完全に二分している。普段はお互いに干渉しないことが暗黙の了解になっている。
「やっぱり国軍の騎士ってのは嘘だったのね」
「みたいだな」
「これから私たち睡眠薬を盛られるそうだから、今から何も口にしないようにしてね」
シェリルが人差し指を立てて忠告する。ジェイミーは微妙な顔をしてシェリルを見下ろした。
「もう十分だろ。さっさとあの五人組を捕まえよう」
「だめよ。国境手前で待ち合わせてる奴らのことも探らなきゃ、真相には迫れないわ」
「探るったって、一体どうするんだよ」
「あの五人組にはめられたふりをするのよ。ジェイミーはここに残って男三人を捕まえて。私は売られる瞬間その場にいる全員を捕まえる」
「はぁ?」
思わず大声を出したジェイミーの口を、シェリルは焦って塞いだ。
楽しげにお喋りしていた少女たちは、驚いてシェリルたちの方に目を向ける。
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
シェリルは適当に笑ってごまかしたあと、再びジェイミーに向き直った。ジェイミーはシェリルの手を引き剥がしたあと、思い切り顔をしかめる。
「本気じゃないよな」
「もちろん、本気よ」
何を分かりきったことを、という顔でシェリルが答えたので、ジェイミーはますます顔をしかめた。
「そもそも、六人を連れ戻すことが目的だったんだぞ。そこまで深く関わる必要ないだろう」
「でもジェイミー、この国じゃ人身売買は違法なんでしょ? 本元を捕まえなきゃまた同じことが起こるわよ」
「だとしても、それを探るのは今じゃない。たった二人で何ができる? 焦って動いてあの六人を危険に晒すのか」
ジェイミーの言葉にシェリルは黙りこむ。数秒間二人は見つめ合い、シェリルが先に沈黙を破った。
「確かに、六人の安全が最優先ね」
ジェイミーはほっと息を吐き、それからキョロキョロと辺りを見回した。
「ロープかなんかあるかな。シェリルは六人のことを頼む」
「あ、五人を捕まえるなら全員が睡眠薬で眠ってからの方がいいと思う」
「……なんで?」
「だって、私たち昨日知り合ったばかりなのよ。五日間ここで一緒に暮らしてた仲間が急に襲われたらどう考えたって私たちの方が悪者だわ。六人が怖がって一斉に逃げ出したら面倒なことになる」
「確かに」
ジェイミーが納得したとき、扉が開いて五人の男たちが部屋に入ってきた。




