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2.緊急事態発生

 ジェイミーとニックは軍の本部にある騎士隊の執務室に向かった。執務室にはジェイミーたちの他に、数人の騎士たちが集まっていた。


「ウィルが襲われた?」


 ニックが信じられないという風に呟く。隊長は手元にある書類にペンを走らせながら頷く。


「二十五人負傷した。ウィリアムは無傷だ」


 顔を上げずに説明する隊長の周囲には、大量の書類が積まれている。机に向かうことが苦手な隊長は普段から書類を溜め込む人であったが、今日の標高は尋常じゃない。

 しばらくカリカリとペンを走らせる音だけが響く。そのうちに書類をさばきながら話をすることは無理だと悟ったらしく、隊長は顔を上げた。


「ついさっき、王宮に不審な男が侵入した。取り押さえようとした衛兵二十五人は全員負傷」

「全員? 侵入者の数は?」


 ジェイミーが尋ねると、隊長は眉間のシワを深くした。


「一人だ」


 騎士たちは互いに顔を見合わせる。侵入者が強いのか衛兵が弱いのか。いずれにしても一人で二十五人は現実的な比率ではない。


「男はウィリアムの部屋まで侵入したが、結局ウィリアムが一人で取り押さえた。今地下牢に留置している」


 お互い顔を見合わせていた一同は、再び隊長の方に向き直った。隊員の一人が呆然と呟く。


「隊長、その説明じゃまるで、ウィルが侵入者に襲われたように聞こえます」

「さっきからそう言ってるだろう!」


 隊長は呆れきった顔で頭を押さえた。いまいち状況を理解していない部下たちにため息をつきつつ、話を続ける。


「やられた衛兵のほとんどは意識がない。だから状況が全く掴めないんだ。まあ、そういうことだから、騎士隊で状況確認と男の尋問と監視、あと招待客と王族の護衛をやることになった」

「はぁ?」


 全員が()頓狂(とんきょう)な声をあげる。


「そういうことってどういうことですか、人手不足ですよ。演習に行ってる奴らだってまだ戻ってきてないのに」


 ニックが不満を口にすると、隊長は面倒臭そうな表情を浮かべ気だるげに頬杖をついた。


「この国はいつだって人手不足だろう」


 それはそうである。しかしだから納得できるかと聞かれるとそれはまた別の話だった。

 

「俺たち実戦の経験なんか無いのに、大丈夫ですかね。そんなすごいやつの監視や尋問ができるでしょうか」


 隊員の一人が力なく呟く。

 現国王が即位してからというもの、アンタレス国は戦争や内紛とは全くの無縁状態だ。従って、ジェイミーと同世代の騎士たちは皆、実戦経験ゼロである。


「弱気なことを。騎士としての誇りはないのか」


 隊長は威厳ある表情で部下たちを叱咤した。しかし当の隊員たちはいまいち締まりがない。隊長は何かを諦め、各々に指示をはじめた。一通りの指示を終えると、隊長は書類の山を忌々しげに一瞥(いちべつ)してから書類仕事を再開した。

 指示された仕事にとりかかろうとジェイミーが足を踏み出したとき、目の端に、これ見よがしに肩を落としているニックの姿が映った。


「どうした?」


 一応、尋ねておく。ニックはどんよりとした目でジェイミーを見た。


「明日はキャサリンと会う約束をしてるんだ。こんな状況だし、断らなきゃならない」


 そう言って、この世の不幸を一身に引き受けたような重たいため息をつくニック。ジェイミーはその姿に呆れた眼差しを向ける。


「ケイシーとは別れたのか」

「ケイシーとの約束は三日後」

「なんだそれ。後でどうなっても知らな――」


 そこでジェイミーは動きを止めた。数秒あけて、青ざめる。ジェイミーの様子を見てニックは眉をひそめる。


「どうした」

「リリーのこと、忘れてた……」


 ジェイミーの呟きに、隊長が反応した。


「ああ、そうそう。悪い、言い忘れてた。彼女はウィリアムと一緒にいる。無傷だ」

「そうだったんですか。よかった……」


 隊長の言葉を聞いたジェイミーは胸を撫で下ろした。その様子を見ていたニック以外の隊員たちは、お互いに顔を見合わせた。そして何かを示し合わせたように、全員が頷いた。隊員の一人が腫れ物に触るかのように、ジェイミーに声をかける。


「お前さぁ、本当にあの子とデキてんのか?」

「あー、勘弁してくれ」


 ジェイミーは疲れたように髪の毛をかき乱し、ここ数ヵ月何度となく繰り返してきたせりふを口にした。


「そんなわけないだろ。妹だぞ」


 リリーはジェイミーの六つ下の妹であり、王弟ウィリアムの婚約者である。ジェイミーは自分に関する噂の中で、リリーと恋仲であるという噂話が一番身に堪えていた。


 きっぱり否定したジェイミーに対し、ニック以外の隊員たちは疑わしい視線を向けてくる。


「あり得ない。神に誓ってない。命をかけてもいい」


 断言して見せても、隊員たちはまだ納得しない。ジェイミーは降参するように両手を上げた。


「わかったよ! 本当の事を話す!」

「そうこなくっちゃな」


 隊員たちはジェイミーの言葉を聞き逃すまいと、静かに耳を傾ける。ジェイミーは一言一句はっきりと声を張った。


「いいか、誰にも言うなよ。すごく珍しいだろうが、俺とリリーの間には色恋めいた事が何ひとつない。世間には異常だと言われるだろうが、俺は妹に恋愛感情を抱いたことがない。さらに言うと、これは誰にも言いたく無かったんだが、俺はリリーを異性として意識したことが一度もない。まだ続けるか?」

「いや、もういいよ……」


 隊員たちは苦笑いを浮かべ、ようやく引き下がる。


「とっとと仕事にとりかかれ」


 侵入者が現れたというのに全く緊張感のないジェイミーたちに向かって、隊長は左手をシッシッと動かした。隊員たちは急いで部屋を出ていく。残されたジェイミーとニックも部屋を出ようとするが、隊長に呼び止められる。


「ニック」

「はい?」


 隊長は顔を上げず、書類にサインする手はそのまま、左手で部屋の角を指した。

 ニックは指の先を目で追い、表情をこわばらせていく。隊長の指し示した先には、バラバラになったパズルのピースの山があった。隊長が書類仕事の合間に息抜きとして少しずつ形にしてきたパズルである。


「あ、いや、あれは……その……」

「俺はまだ何も言ってないが」


 しどろもどろになったニックに隊長は冷たくいい放つ。これは嵐になる予感だ。ジェイミーは巻き込まれないよう扉に手をかけ、部屋を出ようとした。

 ジェイミーがドアノブを捻ろうとした瞬間、外からノブが回され勢いよく扉が迫ってきた。


「痛っ!」

「隊長! ご報告が、あ……」


 突然開いた扉に額を強打し、ジェイミーはその場にうずくまる。扉の向こうから現れた隊員はジェイミーの姿を見て申し訳なさそうな声を出した。


「悪い」


 ジェイミーは額を押さえたまま、気にするなと片手をあげて返事した。


「何だ?」


 ニックに無言の威圧を与えていた隊長は、呆れた顔で扉の方に目をやる。隊員はハッと思い出したように姿勢を正した。


「男が使っていた武器に毒が仕込んでありました。衛生隊が今、種類を突き止めています。それと、あの男……」


 続く隊員の言葉に、隊長、ニック、そしてジェイミーは目を見開いた。


「自分はスプリング家の人間だと、主張しています」

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