28.金持ちと使用人
ジェイミーとシェリルは息も絶え絶えに森を抜けた。
「本当にあった……」
呆然と呟くジェイミー。真っ暗闇の中にぼんやりと浮き上がる一軒の小屋。
事情を知らない人間が見たら間違いなく二人は遭難者である。事実そうなのだが、ボロボロで今にも倒れそうな風貌だったおかげで、小屋の中にいた住人は何も聞かずに二人を家にあげてくれた。お湯やタオル、着替えを素晴らしいタイミングで二人に差し出し、最後には寒さで震えていた二人に暖かいスープを振る舞ってくれた。もちろん、カボチャスープである。
「いち、に、さん……。ジェイミー、六人いるわ。六人の女の子がいる!」
毛布をかぶり暖炉の前で暖をとっているシェリルは、カボチャスープを飲むフリをしながら、同じく隣に座っているジェイミーに小声で囁いた。二人を迎えてくれたのは、シェリルと同い年か、より幼いと推測できる少女たちだった。ジェイミーは愕然とシェリルを見下ろす。
カボチャスープの匂いをたどったまではまぁいいとして、その先で見つけたのが六人の女の子というのが驚きである。駆け落ちした六人がこの森の奥にいると言って譲らなかったシェリルは、本当に一晩で彼女たちを見つけ出してしまった。
さて、これからどうしようかとジェイミーはスープをすすりながら考える。見たところ小屋の中には彼女たちしかいないようで、男の影は全くみられない。突然連れ出しても大人しく付いてきてくれるか分からないし、本当にメリンダの言っていた六人だという、確信もない。
ジェイミーが暖炉の火を見つめながら思案に暮れていると、左肩にこてんと頭が落ちてきた。隣をみると、シェリルがすやすやと寝息をたてている。この状況で眠りこけられるなんて神経が図太すぎやしないかと思わなくもなかったが、さすがにジェイミーもくたくただった。行動を起こすのは明日にしようと決めて、シェリルの手から落ちそうになっているスープの器をそっと取り上げた。
「本当に小屋に入れてよかったのかしら」
ジェイミーとシェリルから離れた場所で、一人の少女が不安げに呟く。
「仕方ないじゃない。どう見ても遭難してたんだから。死にそうな顔してたわよ」
「でも大丈夫かな。明日の朝には私たちここを出るのよ?」
「さぁ、それはどうかしらね。彼ら本当にこの小屋に戻ってくるの?」
強気な表情で言った少女に、別の少女が鋭い眼差しを向ける。
「それ、どういう意味? まさかオスカーたちのことを疑ってるんじゃないでしょうね」
「疑いたくもなるわよ。おかしいと思わない? あいつらの言ってること、ころころ変わるんだもの。それに駆け落ちって実際やってみると全然楽しくない」
「なによそれ。自分から付いて来たいって言ったんでしょ」
「一緒に来てって言ったのはあんたじゃない」
「おちつきなよ二人とも……」
気弱な声で制したのは、六人の中で最も幼い風貌をした少女だ。
「とにかく、あの二人が誰なのか探らないと」
「それもそうね」
六人は一斉に、肩を並べているジェイミーとシェリルの後ろ姿に目を向ける。
「見た? あの男の人」
「かなりイケてる」
「隣にいるのって、やっぱり恋人なのかなぁ」
「真夜中に恋人と森の中で遭難……」
「それってつまり……」
六人はゆっくりと顔を見合わせ……。
「……駆け落ち?」
誰かが呟いた途端、六人の瞳は瞬時に輝いた。先程、実際やってみるとつまらないと言った少女が興奮した様子で声をあげる。
「そうよね!? 絶対そうよ!」
「男の人の方がどこかのお金持ちで、女の子はその家の使用人とみたわ!」
「二人は家族に結婚を反対されて」
「森をさまよい」
「この小屋にたどり着いた」
「愛のなせるわざね……」
勝手な妄想をひとしきり繰り広げたあと、何はともあれ本当のところどうなのかと少女たちは事実確認に乗り出す。
「あれ?」
暖炉に近付き声をかけようとした少女は、ジェイミーとシェリルを覗き込んだあと動きを止めた。
「寝てる」
二人はお互いに寄り掛かって眠っていた。六人は視線を交わしたあと、今起こすのは忍びないという結論に至り、取り調べは明日の朝まで延期となった。
◇◇◇
「どういうことだよ!」
突然の怒鳴り声に、シェリルはガバッと起き上がった。とたん、首に痛みが走り小さくうめく。寝違えてしまったらしい。
「おはよう」
頭上から声が降ってきて隣を見ると、同じように首を押さえているジェイミーがいた。
「何ごと?」
「さっき小屋に五人組の男が入ってきたんだ。俺たちを勝手に小屋に入れたんで、怒ってるみたいだぞ」
小屋の外で男たちと少女たちが言い争っている声が聞こえる。シェリルとジェイミーは顔を見合わせ、どうしよう、と眉をひそめた。
「私たちも加わるべきかしら」
「話がややこしくなるだけだ。しばらくは様子見かな」
ふわっとジェイミーがあくびをしたとき、他の部屋に続くと思われる扉から、六人のうち一番幼い容貌をしている少女が恐る恐る顔を出した。
「あの、おはようございます」
礼儀正しく挨拶をした少女は、両手にタオルを抱えてそろそろと二人に近付いた。
「これ……」
控えめにタオルを差し出され、シェリルとジェイミーは戸惑いながらそれを受けとる。
「ありがとう」
ジェイミーが礼を言うと、少女の顔がみるみる赤くなった。
「う、うらに井戸があるので、よかったら使ってください。うら口から外にでられます!」
それだけ言うと、少女は逃げるように隣の部屋に戻ってしまった。
暖炉の前で寝たので、二人の顔は煤まみれであった。言われるがまま裏口から外に出て、井戸水で煤を落とす。タオルに小さな棒状のブラシのようなものが挟んであったので、とりあえず二人でボーッと歯を磨いていると、寝起きで鈍っていた頭が段々はっきりしてきた。
「まずは状況確認だな」
「そうね」
冷静になった二人が小屋の中に戻ると、部屋の中心にあるテーブルに大量のパンが積んであった。そして先程タオルを差し出してくれた少女が、いそいそと紅茶を入れている。
「あ、あの、よかったらどうぞ」
うつむいたまま呟いた少女は、外から聞こえてくる口論をしきりに気にして、怯えているようだった。
「ごめんね。私たちのせいでしょう?」
シェリルが声をかけると、少女はふるふると首を横に振った。
「いいの。だって、二人はかけおちしようとしてるんでしょ?」
純粋な質問を投げ掛けられ、シェリルとジェイミーは目を見開く。少女の瞳に期待の色が見てとれたので、二人は視線を交わしたあと急いで頷いた。
「え、ええ。そうなの。駆け落ちしてるの」
「小屋に入れてくれて本当、助かったよ」
ごまかすように笑いながら、ひとまずテーブルに並んで腰を下ろす。少女を向かいに座らせて、二人は用意されたパンを口に入れた。
「フローラが言ってたの。おにいさんがどこかのお金持ちで、おねえさんがその家の使用人だって」
口論に怯えていた少女はどこへやら。両手で口を押さえてフフフと笑いながら、今は楽しげな様子を見せている。
フローラ、微妙に当たっているぞとシェリルが感心している隣で、ジェイミーが少女に尋ねた。
「君たちはここで何してるの?」
「かけおちしてるの。二人と同じね!」
元気に返された言葉に、ジェイミーとシェリルは苦笑いする。この少女が駆け落ちの意味を分かっているようにはとても見えなかった。
「いつからこの小屋にいるの?」
「えっと、五日前!」
そう言って、少女はシェリルに向けて五本の指を立てて見せた。そのとき突然、小屋の扉が勢いよく開いた。