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27.カボチャスープ

 シェリルは膝を抱えてうなだれていた。恐る恐る隣に目をやると、ジェイミーが全てを悟ったような顔で木の根に腰を下ろし、遠くを見つめている。


「ごめんなさい」

「もういいって」


 完全なる遭難だ。ぐるりと辺りを見渡せば、木の影から動物のものなのかそうじゃないのか、白い骸骨がチラリと覗いているのが見える。


「ジェイミー、あれって……」

「よせ、見るんじゃない」


 すでに気付いていたらしいジェイミーは、骸骨と目を合わせないようにシェリルの頭を掴んで、ぐいっと前方に向けた。


 シェリルは膝に顎を乗せ、自責の念を甘んじて感じていた。格好悪い。自信満々に調子のいいことを言っておきながら、この有り様。きっとジェイミーは怒っているだろう。


「怒った……?」


 もう単刀直入に聞いてしまおうと決心して、シェリルは尋ねた。ジェイミーはシェリルにチラリと目を向け、それから突然両手でシェリルの頭をグシャグシャとかき回した。


「わ! え!? ちょっと……」


 見事、ボサボサ頭の出来上がりである。シェリルはあんぐりと顎を落として、突然の襲撃にぱちくりと目を(しばたた)く。


「何するの」

「怒った?」


 いたずらっぽく尋ねるジェイミー。からかわれていることにようやく気付いたシェリルは、先程から強ばっていた頬を無意識に緩めた。ジェイミーは満足そうな表情を浮かべたあと、木の幹に背中を預けながら肩をすくめる。


「どうせこんなことになると思ってたよ。勝手も分からない森に突撃して、無事で済むわけないからな」

「それなら、やっぱり森の外で待ってれば良かったのに」

「傷付くなぁ。俺と一緒にいるのがそんなに嫌なの?」

「そうじゃなくて、わざわざ二人で迷うこと無かったのよ。こんな寒い森の中で夜を明かすためだけに付いてくるなんて……」


 シェリルは途中で言葉を止め、くしゃみをした。ジェイミーは苦笑いしながら自分の着ている外套を差し出してきた。


「ほらな。俺もそれなりに役に立つだろ?」


 おどけた風に言いながら肩に外套をかけてくれるジェイミーを、シェリルは複雑な気持ちで見つめる。


「ジェイミーは寒くないの?」

「耐寒訓練は軍学校の必修だから。バケツの水をかぶりでもしなきゃ大丈夫だよ」


 笑いながら言ったジェイミーに、シェリルは気まずい表情を返す。その反応をどう思ったのか、ジェイミーはシェリルと向き合うように体の方向を変え二人の間にランプを置いた。

 ジェイミーの青色の瞳にちらちらと揺れる明かりが重なる。陽が差した海中を思わせるその瞳に、シェリルはしばらく見とれていた。しかし瞳が自分の方を向いたので、慌てて目を逸らす。


「昔、神官様に言われたことがある。誰かに対して感じていることは、大抵相手も同じように感じているものだって」


 唐突な切り出しに、シェリルは逸らしていた視線を元に戻して、ジェイミーと向き合った。


「今日神殿で会った人?」

「そう。今のシェリルも、同じだと思う」

「私?」


 なんのことだかさっぱりで、シェリルは首をかしげた。


「さすがに、シェリル一人を夜中の森に送り込むほど薄情じゃないよ、俺は」

「薄情だなんて、そんなこと思ってない」

「いや、つまりさ、心配だったってことだよ。俺に気をつかってくれるのはありがたいけど、自分ならどんな目に遭ってもいいなんて、そんな風には思って欲しくないっていうか。まぁ、俺が言いたいのはそういうこと」


 ようやくシェリルは理解した。目から鱗が落ちた気分だ。ジェイミーが森の中に入りたがらなかった理由がようやく飲み込めた。


「そんなこと言われたの、初めて」


 しみじみと呟くシェリルを前に、ジェイミーは眉をひそめる。


「そうなの?」

「うん」

「でも、シェリルに何かあったらスプリング家の仲間は悲しむんじゃないのか? そう思ったことない?」

「ない」


 即答すると、ジェイミーは難しい顔でぴたりと黙り込んでしまった。


 シェリルは先ほどジェイミーが語った話をよく考えてみた。

 ジェイミーは誰にでも優しい。身分を偽ってアンタレス国に潜入していたシェリルにも、例外なく。この三日間を思い返してみても、不快なことをされた記憶はひとつもない。


 シェリルが勝手に引き受けてしまったメリンダとの約束など、放っておけばよかったのに。言うことを聞かないシェリルのことを、殴って黙らせてもよかった。そうしても、誰にもとがめられないはずだ。でもそうしない。心配だからという理由で、不気味な森の中に迷い込んでしまう。


 こんな人は初めてだと、シェリルは新鮮な気持ちでジェイミーのことを見つめた。


「ねぇ、ジェイミー」

「何?」

「私、ジェイミーのこと、好きかもしれない」

「……は?」


 ジェイミーはぎょっと目を見開く。シェリルは構わず言葉を続けた。


「だって、やさしいし、怒らないし、心配してくれるし、おまけに格好いいもの」


 指折りに好きな理由を数えていく。動揺しているジェイミーを置き去りに、シェリルは名案を思い付きぱちんと両手を合わせた。


「私、決めたわ」

「……何を?」

「もしこの先ジェイミーに何か困ったことがあったら、私がその問題を全部解決してみせる!」


 まるで悪徳占い師のような提案に、ジェイミーの思考は全くもって追い付いていないようだ。シェリルは戸惑っているジェイミーの両手を握りブンブンと上下に振った。


「私、あなたのことすごく気に入ったの。ジェイミーが望むことならなんだって叶えるわよ。今、そう決めた! 遠慮せずにいつでも何でも相談してね!」

「ああ、その、好きっていうのはつまり、人として?」

「人として以外に何かあるの?」

「いや、ないよね……」


 ジェイミーはホッとしているような残念がっているような複雑な表情を浮かべている。


 ジェイミーとはきっと、素晴らしい友情を築けるに違いない。そう確信してわくわくしていたシェリルの鼻腔を、何かがかすめた。


「あ!」

「今度は何?」


 突然立ち上がったシェリルに、ジェイミーはぐったりとした様子で問いかける。シェリルは呆然と、呟いた。


「カボチャスープ……」

「はい?」

「カボチャスープの匂いがする」

「は? カボチャスープ?」


 シェリルに続いて立ち上がったジェイミーはきょろきょろと周囲を見渡した。見渡す限り、森、森、森。


「ジェイミー、天は私たちに味方したのかもしれない。この匂いをたどっていけば……」

「シェリル、お前大丈夫か? 眠くなったりしてない?」

「眠い? 強いて言うならお腹が空いた」

「わかった。何か食べられるもの探してくるから、シェリルはここで大人しく……」

「なに言ってるのよジェイミー。カボチャスープは近いわ。探しに行くまでもないでしょう!」


 シェリルは確信をもって匂いをたどり始めた。ジェイミーは焦ったようにシェリルを追う。


「まてシェリル! 俺が悪かった、何もかも俺の責任だからもうこれ以上……」


 勝手なことをしないでくれぇー!


 くれぇー!


 れぇー!


 ぇー!


 ジェイミーの叫びが森にこだました。

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