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26.真夜中のハイキング

 一旦は大人しく引き下がるふりをしたものの、そう簡単に諦めたりしないのがシェリルの長所であり短所である。"慎重"なんて言葉は彼女の辞書に存在しない。

 それぞれが寝静まった頃を見計らい、シェリルはそろそろと部屋を抜け出した。


「あら、こんな時間に出かけるの?」

「眠れないので……すぐ戻ります」


 受付の女性が驚いた顔をしたので、シェリルはなるべく不審に思われないよう愛想のいい笑顔を返した。


 無事に宿を抜け出し、町を歩く酔っぱらいに絡まれつつなんとか森までたどり着く。さて入るかと足を踏み出したとき、後ろから腕を掴まれた。


 驚いて振り返ると、眠たげな顔をしているジェイミーが立っていた。


「ジェイミー。どうしてここに?」

「全く……」


 勘弁してくれと顔に書いてある。シェリルは急ぎ頭の中で言い訳を考えた。


「あの、私、夢遊病で……」

「嘘つけ」


 動揺しすぎてかなり中途半端な弁解をしてしまったシェリルは、白状しろと目で訴えているジェイミーを前に一歩後ずさる。


「なんで抜け出したって分かったの?」

「受付の人がわざわざ部屋に来て教えてくれた」


 そう言って、ジェイミーは眠そうにあくびをした。なるほどとシェリルは内心で爪を噛む。メリンダのために女性従業員の多い宿を探したはいいが、受付を含む何人かはジェイミーを見る目がハートになっていた。シェリルがこっそり宿を抜け出すことで彼女らがジェイミーの部屋を訪ねる口実をつくってしまったらしい。窓から外に出ればよかったと的外れな反省をしたあと、シェリルは真面目な顔でジェイミーと向き合った。


「ねぇ、ジェイミー。私の予想が正しかったら、六人は国外に連れていかれそうになってるの。そうなる前に早く見つけ出さないと。もしかしたら、もう手遅れかもしれないし」


 シェリルの言葉に、ジェイミーは疑り深い表情を浮かべた。


 ジェイミーが森のなかに入ることを渋る気持ちが、シェリルにはよく分かる。メリンダの話だけでこの森に六人がいると断言して、おまけに国外に連れ出されるかもしれないというのは、あまりに突飛な考えだ。しかしシェリルは自分の読みが確かだという自信があった。経験上、この手の予感が外れたことはあまりない。どう言えばわかって貰えるだろうとシェリルが考え込んでいると、難しい表情をしていたジェイミーが開き直ったように顔を上げ森の中に視線を向けた。


「それじゃあ、早いとこ片付けよう」


 そう言って、足を踏みだす。シェリルは慌ててジェイミーを引き止めた。


「え? ちょ、ちょっと待って。ジェイミーも入るの?」

「俺は入っちゃだめなのか?」

「そうじゃないけど。だって、危ないじゃない」


 真剣な顔で告げたシェリルに、ジェイミーは憮然とした顔を向けた。


「なんだそれ。シェリル一人なら安全なのか?」

「そうじゃなくて……」


 シェリルはなんと言ったものかと眉根を寄せる。ジェイミーもまた、困惑しつつシェリルの言葉を待った。


「そうじゃなくて、なに?」

「だって、その、ジェイミーは私と違って、貴族だから……」


 遠慮がちなシェリルの言葉に、ジェイミーはますます困惑したような顔をした。


「だから?」

「何かあったら困る人が、たくさんいるでしょう?」


 シェリルの言葉にジェイミーはしばし黙り込んだあと、小さく笑った。


「確かに」


 そう短く返したあと、ジェイミーは勝手に会話を切り上げて森の中へと足を運んだ。シェリルは慌ててその背中を追う。なんとなく、これ以上何か言ったら怒らせてしまうような気がして、シェリルは大人しくジェイミーと共に森の中を進んだ。

 





 見渡す限り、木、草、(つた)。シェリルは木の幹にナイフで印をつけ、どんどんと進んでいく。あまりにも迷いなく進むシェリルに、ジェイミーは何げなく尋ねた。


「森の散策に慣れてるのか?」

「ううん。全然。初心者よ」


 恐ろしい返答をあっさりと口にしたシェリル。ジェイミーは乾いた笑いを返したあと、黙って足元を照らすことに徹した。


 ずいぶんと深くまで進んだところで、ジェイミーはあることに気がついた。


「シェリル」


 呼び止められて、シェリルは迷いなく進めていた足を止める。


「どうしたの?」

「これ、シェリルがつけたんじゃないよな」


 ジェイミーは手元のランプを掲げ、近くにある木の幹を照らした。そこには、先程からシェリルがつけている目印と同じような傷があった。


「違うわ。私じゃない」

「じゃあ、この森には本当に人がいるのか……」


 全く人気がないように見えていたが、それは暗闇で他の木がよく見えなかったからだ。比較的新しい傷は、最近この森に足を踏み入れた者がいるということを示している。


「ここにも……。あ、あそこにも!」


 シェリルは次々と同じような傷を見つける。よく見るとあちらこちらに印がつけてある。近くに人がいるかもしれないという期待に二人は一瞬胸を高鳴らせたが、シェリルがはたと足を止めた。


「あ」


 一声発して、突然固まったシェリルにジェイミーは怪訝な目を向ける。


「なんだ? どうし……」


 ここでジェイミーも気付いた。シェリルがつけた印と同じものが、あちらこちらの木にあるということは。


 シェリルは現在の状況を、端的に告げた。


「帰り道、わからなくなっちゃった……」

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