25.勇気と無謀は紙一重
深い深い森の中。
おどろおどろしい雰囲気を放つ草木が鬱蒼と生いしげっている。不気味な鳥の鳴き声が上空から聞こえてくるなか、シェリルは申し訳なさそうな顔で呟いた。
「ごめんなさい」
「もういいって」
ジェイミーは世の中の理不尽全てを悟ったような表情で木の根に腰を下ろし、遠くを見つめている。
現在二人は森の中で道に迷っているわけだが、なぜこんなことになってしまったのか。ときは二人がメリンダを連れ王宮を出発し、駆け落ちした六人が身を隠していると思われる森の前にたどり着いたところまでさかのぼる。
◇◇◇
入った瞬間なにかしらにとり憑かれそうな雰囲気の森を前にして、ジェイミーはどんよりとシェリルを見下ろした。
「本当に入るのか?」
日はとっくに暮れ、それぞれが持っているランプだけが足元を照らしている状態である。今にも森のなかに足を踏み入れんとするシェリルをどうやって説得するかが、現在ジェイミーを悩ませる一番の問題だった。
「もちろん。そのためにここに来たんだから」
そう言って軽快に歩を進めようとしたシェリルの襟首を、ジェイミーは掴む。
「よく考えろよ。本当にこの森に入るつもりなのか?」
真剣に尋ねるジェイミーに、シェリルは得意げにふっふっふっと笑った。
「ジェイミー、私のことを見くびっているわね。いい? よく聞いて。私はこの程度の不気味さに怖じ気付いたりはしない。私は挑戦する! 私は諦めない!」
完全にやる気になっているシェリルを前に、ジェイミーは途方に暮れる。シェリルを挟んで少し離れたところに立っているメリンダも、気合いを入れて足を踏み出そうとしていた。
「メリンダさん!」
「きゃあ! ごめんなさい!」
とっさに名前を呼んだジェイミーに、メリンダは驚いて縮み上がる。どうにもならないこの現状にジェイミーは嘆息した。
「二人とも、冷静にならないか」
「十分冷静よ」
シェリルは口を尖らせてボヤく。
いい加減ビシッと言ってやらなければと、ジェイミーは厳しい表情を作った。しかしジェイミーが言葉を続けるより先に、シェリルはあっさり引き下がった。
「わかった」
「……え?」
気合いが空振りし、ジェイミーはズルっと肩を落とす。シェリルは名案を思い付いたとばかりに何度も頷いた。
「こんなに暗いんじゃ、危険だものね」
「あ、ああ」
「だから、本格的に中に入るのは明日にしましょう。今夜私が下見をしておくから、二人は明るくなってからこの森に」
「いやいやいや」
決意を新たに森に入ろうとするシェリルの襟首を、うんざりと掴み直すジェイミー。
「明るくなってもダメ? ジェイミー、さすがに私、森に入らずに六人を探す自信は……」
「違うって。一人で入ろうとするところが問題なんだよ」
「逃亡なんてしないってば。安心して」
「そうじゃなくて……」
どうにも会話が噛み合わず、ジェイミーは参ったなぁとため息をついた。
「それじゃあ、ジェイミーはどうするつもりなの?」
後ろ首をとられ身動き出来ないシェリルは、恨みがましくジェイミーを見上げ呟いた。
「明日、この森の近所で話を聞く。本当に六人がいるかも分からないのにいきなり中に入るのは無謀だろ」
「いるかいないかは中に入って確認した方が早いと思うけど」
なかなかまとまらない意見に、メリンダは遠巻きに声をかけた。
「シェリル、私もやっぱり、ジェイミー君に賛成だわ。この時期に森で遭難したら、間違いなく死んでしまうもの」
少数派になってしまったシェリルは、渋々二人の意見に同意する。
結局捜索は夜が明けるまで延期となり、三人は森の近くにある宿に泊まることとなった。