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23.安請け合い

「集団駆け落ち?」


 シェリルはメリンダの口から出た変わった言葉に眉をひそめた。扉の向こうにいる三人も、全員シェリルと同じようにわけが分からないという表情である。


 メリンダは話をすぐに理解してもらえないことは予想していたようで、構わず話を続けた。


「アルニヤト神殿は、家を追い出されたり、離婚して行き場が無くなったり、とにかく自力で生きていけなくなった女の行き着く場所です。来るものは拒まず、再び外に出て生きていく者を引きとめることもありません」

「へぇー」


 シェリルは心の底から感心して相槌を打った。アケルナー国であれば、行き場を失った者は奴隷商人の格好の餌食である。聖職者が迷い人を売ることだって珍しくない。奴隷になって主人を得れば、食うに困らなくなるからだ。


「二ヶ月ほど前のことだったと思います。神殿で姉妹のように仲良くしていた親友から、相談を受けました。国軍の騎士と名乗る男に、駆け落ちしようと誘われていると言うんです」


 メリンダの言葉を聞いて、シェリル、神官、アンディは一斉にジェイミーを見た。


 メリンダだけは自分の両手を見つめたまま、話を続ける。


「町に買い出しに行っていたとき声をかけられて知り合ったらしく、それから結構な頻度で会っていたそうなんです。彼女は彼の想いに答えたいと言いました。私は反対しましたが、相談といいつつも心は決まっていたみたいで、まるで聞く耳を持ってくれませんでした。それでも私は説得を続けましたが、二週間前、彼女はついに姿を消しました」


 そこまで言ってメリンダは再び涙ぐんだ。シェリルがとっさにメリンダの手を握ると、メリンダは「ありがとう」と微笑んで涙を拭いた。


「消えたのは彼女だけではありません。他にも五人、行方がわからなくなった者がいます」


 メリンダの言葉に一同は驚いて目を見開いた。神官は気を遣いつつも、メリンダに話しかける。


「そういうことはよくあるのかい?」

「まさか。六人が一夜のうちにいなくなるなんて、私の知る限り初めてのことです。ただ、私以外の神殿の住人はさして驚いていませんでした。彼女たちが出ていった理由に心当たりがあると言うんです」

「心当たり? どんな?」


 メリンダは一瞬迷う素振りをしたあと、視線を上げてシェリルを見た。


「ええ。実は、私以外の住人のほとんどは、国軍の騎士と名乗る男たちに声をかけられたことがあったそうなんです」

「そんなの、変よ。怪しすぎる」

「ほとんどの人間は、あなたと同じ考えだった。男たちを怪しんで耳を貸しませんでした。でも、消えた六人はまだ若いから、そういう話を真に受けやすくて」


 まんまと騙され駆け落ちしてしまったというわけだ。メリンダは一つ息をつくと暗い顔でうつむいた。


「私は六人を探さなければと神官長さまに訴えました。でも、自分の意志で出ていった者は連れ戻さないというのが神殿の掟です。放っておくように言われてしまって。だから私、王都に来て国軍に訴えるつもりでした。彼女たちを捜索して欲しいと。でも本部に入る勇気が出なくて、とりあえずこちらに相談しようと……」

「ジェイミーで気絶しちゃうんじゃあ、軍人の巣窟には入れないわよね」


 アンディと神官はジェイミーに目を向ける。


「本当に国軍の騎士だったと思いますか?」

「何か心当たりはないのかい?」


 ジェイミーは難しい顔をして腕を組んだ。


「アルニヤト神殿の近くには支部があるので、あり得ない話ではありません。でも軍の人間が、人口の少ない地方でそういう行動が出来るとはとても思えません」

「国軍は目立つからねぇ」


 神官はジェイミーの考えに同意する。


 シェリルはメリンダに尋ねた。


「ねぇ、メリンダさん。一つ聞きたいんだけど」

「なにかしら」

「どうして駆け落ちした人たちのためにここまでするの? 男性恐怖症なら、王都に来るだけでもひと苦労だったんじゃない?」


 駆け落ちした六人が騙されていたとしても、無理矢理連れていかれたわけではないのなら、メリンダがここまで奔走する必要は無いのではないかとシェリルは思う。メリンダはシェリルの言葉を聞いて、悲しそうに笑った。


「アルニヤト神殿にいる人たちは、皆いろいろ、嫌なことを経験してきているの。駆け落ちした六人も、もちろんそうよ」


 メリンダは何もない空を見つめ、毅然とした声で言葉を続ける。


「私は多分、一生を神殿で終えることになる。でも、駆け落ちした六人はそうじゃない。神殿を飛び出す勇気があるんだもの。駆け落ちなんてだいそれたことをしなくても、いつか大切な人を見つけて、幸せな結婚だって出来るかもしれないでしょ?」


 シェリルは言葉を返すことが出来なかった。メリンダは構わず、話し続ける。


「だから、私は六人の未来を守りたいの。私が外の世界で見つけられない幸せを、他の人たちには簡単に捨てて欲しくはない」

「メリンダさん……」


 シェリルはメリンダの決意にとても感動した。感動のあまり、メリンダの両手を掴んで握りしめた。そして、この人の力になってあげようと固く心に誓う。シェリルが勝手にメリンダの力になることを決心していたとき、ジェイミーたちは冷静に、これからどうするかについて話し合っていた。


「ジェイミー、六人の捜索に軍は動くと思うか?」

「一応話してはみますが、事実確認が先ですね。今すぐに捜索を始めるというのは難しいでしょう」

「そんな。メリンダは嘘をつくような人ではありませんよ」

「それは分かってるけど、勝手に探しに行くわけにも――」


 いかないから、と続くはずだったジェイミーの言葉は、勢い込んだシェリルの声でかき消えた。


「安心してメリンダさん! 私が必ず六人全員を連れ戻してあげるから!」

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