19.類は友を呼ぶ
そこは礼拝堂だった。祭壇の向こうには綺麗なステンドグラスがあり、両サイドの壁一面には金色の小さな鐘がズラリと並んでいる。
「アケルナー国からの留学生ですか。これはアンディが喜びますね」
そう言って神官見習いは部屋のすみにある扉の向こうに姿を消した。
「外国からの訪問は珍しい。どうぞゆっくり見ていって下さい」
二人を迎えてくれた神官は柔和な笑顔をシェリルに向け、礼拝堂を自由に見て回ることを勧めた。
「あれは何?」
シェリルは壁一面にところ狭しと並んでいる鐘を指す。ジェイミーがシェリルの疑問に答える。
「あれは献金の証明だよ。この神殿に貢献したい場合は、あの鐘を購入する事になってるんだ。持ち帰ってもいいし、こうして壁にかけてもいい。まぁ、大抵は自分の名前を彫って壁にかけるから、持ち帰る人はほとんどいないかな」
年の終わりに鐘はすべて回収され、孤児院などに寄付される。収集家が各地にいるようで、売れば結構な額になるらしい。
ジェイミーの説明を聞いて、シェリルは壁に近付き鐘をまじまじと見た。個人の名が彫ってある鐘はもちろんのこと、領地の名が彫ってある鐘も複数見られる。ゆっくり壁沿いに進み、反対側の壁にも目を通したシェリルは、ふと足を止めた。鐘に彫ってある名が、ある地点を過ぎたところから交互に繰り返されているのだ。アレース、ハデス、アレース、ハデス……。どこまで進んでもまるで競っているように交互に続いている。ハデスと言えば、ジェイミーの家の領地の名である。
困惑しているシェリルの横で、ジェイミーは苦笑した。
「寄進の多さを競ってるんだよ。お互い昔から仲が悪くて」
「そういえば、明後日はアレース公爵家の舞踏会って言ってなかった?」
「ああ。仲が悪い癖に毎年お互いの舞踏会に顔を出すのが暗黙の了解なんだ。散々ケチをつけて帰るのがしきたりみたいになってる」
「どうしてそんなに仲が悪いの?」
「それを知るにはまず、アンタレス国の歴史を学ぶ必要がありますね」
背後から声が聞こえてきて、シェリルとジェイミーは振り返った。そこには明るい笑顔を浮かべた神官見習いが立っていた。先程案内してくれた青年より、いくつか若く見える。
「驚かせてすみません。僕はアンディと申します」
人懐っこい笑みを浮かべたアンディは、そう言って片手を差し出した。ジェイミーとシェリル、二人と順番に握手したあと、アンディはキラキラと輝く瞳をシェリルに向けた。
「アケルナー国からいらっしゃったと聞きました。文化の流れ着く国ですね。僕、ラナ海岸に流れ着いたといわれる書物に凄く興味があるんです」
興奮した様子で話すアンディに、シェリルは驚いて目を丸くする。
「ずいぶん詳しいのね」
奴隷大国として名をはせているアケルナー国だが、一部の人々からは『文化の流れ着く国』と呼ばれることもある。国の端にあるラナ海岸という場所に、しばしば不思議な物が流れ着くことからそう呼ばれているのだ。流れ着くといっても、ある日突然浜辺に物が落ちていると言った方が正しいかもしれない。よくわからない機械が落ちていることもあれば、どの国の言語でもない、通称超古代文字と呼ばれる言葉で書かれた本が落ちていることもある。先進的な研究者は、それらが遥か昔生息していた古代人の持ち物であると主張している。
「いつかラナ海岸に行くことが僕の夢です。あなたは行ったことがありますか? どんな所なんですか? 船を出したら戻って来なくなるというのは本当ですか?」
息もつかせぬ勢いで尋ねるアンディを、神官がたしなめる。
「アンディ、落ち着きを持ちなさいといつも言っているだろう」
「申し訳ありません」
しゅんとしてしまったアンディが何となく気の毒になって、シェリルは苦笑しつつ、すべての質問に答えた。
「海の向こうを見ようとした人たちが戻っては来なかったって話は、確かにある。私は一度ラナ海岸に行ったことがあるけど、何も落ちて無かったわ」
「そうなんですかぁ」
アンディはパッと瞳を輝かせ頷いた。
「実はアンディは、超古代文字が読めるんだよ」
神官の言葉に、シェリルだけでなくジェイミーも驚いた様子で、アンディをまじまじと見た。
「神学校に、超古代文字を研究している先生がいらっしゃって、教えて頂いたんです」
「驚いたな。教わったとしても読めるようになることは稀だろう」
「法則を覚えれば、そう難しいものでもないですよ」
事も無げに言ってのけたアンディに、ジェイミーは面食らっている。
アンディは意気揚々と懐から二冊の本を取り出した。
「これはアケルナー国に宣教に行った先輩が送って下さったものなんです。ラナ海岸に落ちていたらしいんですが、とても面白いんですよ。どちらもジョン・ワトソンという医師が書いたもので……」
「医学書なの?」
「いえ、まだ全て翻訳できていませんが、こっちはただの日記です。シャーロック・ホームズという探偵について書かれていて、こっちの本は、人間の行動を科学的に分析している研究書みたいです」
「へぇ」
シェリルは楽しそうに話すアンディに辟易しながら、半笑いで相槌を打った。きっと話に付き合ってくれる相手がいないのだろう。しかしシェリルもそこまで興味があるわけではないので、なんと返してやったらいいのかわからず困ってしまう。
「風の噂で聞いたのですが、最近ラナ海岸に、絶世の美女の肖像画が落ちていたらしいですよ。名前は、何だったかな。確かオードリー……ビッグバーン?」
「オードリー・ビッグバーン? 変な名前ねぇ」
「ですよねぇ」
一通り語り尽くしたアンディは、微妙な顔をしているシェリルとジェイミーに気付いてハッとした。
「あ、申し訳ありません。つい喋り過ぎてしまいました」
「いや、面白かったよ」
ジェイミーが笑いながら言うと、アンディはホッとした顔をした。
「そういえば、僕は何を話すつもりだったのか……」
「全く。アンタレス国の歴史について話すつもりだったのではないかな?」
神官が困ったものを見るように言ったので、アンディは拳で手のひらを打った。
「ああ、そうそう、そうでした」
いやー、うっかりうっかりと笑うアンディを見て、シェリルは思った。彼は自分と同類であると。




