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13.ジュディー(馬)

 宝石箱に間違って放り込まれた木の枝のようだと、シェリルは思った。


 アンタレス人の特徴は、生まれつきに華やかな容姿と明るい色合いを好む美的感覚だろう。目の前の男性陣だけ見ても、もれなくその特徴を備えていると見える。対するシェリルは、髪の毛も瞳も焦げ茶色。まさしく自分は宝石箱に間違って放り込まれた木の枝のようだと思った。


「さぁ、話して貰おうか」


 先程と同じ位置に戻って、隊長が仕切り直すように言った。


「この国の国王、ローリー・ハートの弱点を探りに来たの」


 至極簡潔に告げた。簡潔すぎてジェイミーたちは戸惑ったように顔を見合わせた。


「陛下の弱点? それは何のために?」


 代表してジェイミーが尋ねる。


「それはもちろん、同盟の話を有利に進めるためよ。アケルナー国は奴隷に関する項目に不満がある。だからローリーの弱点を交渉材料に使おうと考えてるの」


 神妙な顔で話すシェリルに対し、ウィルが首を傾げた。


「奴隷制を受け入れないことは、アケルナー国も納得したと聞いたけど」


 ウィルの言葉に、シェリルは首を縦に振る。


「一応は。でもこの国で奴隷を働かせてはいけないという条件には、納得してない」


 奴隷の労働は、同盟の話し合いで今一番難航している部分だ。

 アケルナー国はアンタレス国の資源を欲しがっている。取り分け、他より質がよく空気を汚さないと評判の石炭を手に入れたい。炭鉱を差し出すにあたってアンタレス国が示した条件は三つ。


・採掘はアケルナー国の者が行うこと

・アンタレス国の決めた採掘量を守ること

・いかなる労働も、奴隷を使ってはならないこと


 アケルナー国では、炭鉱掘りなどの危険な仕事は、値段もつかないような奴隷の仕事というのが常識だ。成果を持って生きて帰った者だけがわずかな報酬を手にできる。奴隷の仕事という偏見があるので、炭鉱の仕事を引き受ける者は少ない。おまけに、これまで必要なかった人件費が発生することになる。


「それで陛下の弱点を探るって、ずいぶん極端じゃないか?」


 話を聞いていたニックは、解せないという表情で言った。シェリルは本腰を入れて説明しようと姿勢を正した。


「だって、まともに話し合いをしたら間違いなくアンタレス国が有利だもの。ローリーが相当な切れ者だってことは、これまでの話し合いで誰もが十分に理解してたし。だからアケルナー国は最初、アンタレス国の官吏を裏で買収しようとしたの。高級奴隷を与えて秘密裏に接待した。このことはその……ウィリアム王子は多分、聞いてると思うけど」


 シェリルが遠慮がちにウィルを見た。ジェイミーたちもウィルに視線を移す。


「本当なのか?」


 隊長が尋ねると、ウィルは困った顔をして曖昧に頷いた。


「ええ、そういう話は聞いてます」


 シェリルは続ける。


「一度はアンタレス国の弱味を握ったと思ったけど、ローリーの方が一枚上手(うわて)だった。彼はうちの国王が個人的に抱えてる問題をずいぶん前から見抜いてたの」

「問題って?」


 ニックの問いに、シェリルは首を横に振る。


「それは知らない。私は教えてもらえなかった」


 隊長は疑うように眉をひそめたが、口は挟まなかった。シェリルは密かにホッとしながら、話を続けた。


「裏工作はもう使えないし、何よりアケルナー国は国王の弱味を握られてる。だからこちらもローリーの弱味を手に入れないと、対等な話し合いが続けられないってわけ」

「買収しようとしておきながら、対等も何もないだろ」


 隊長が吐き捨てるように言うと、シェリルはムスッとして頬を膨らませた。


「私に言われても困る。上層部の人間が勝手にやったことなんだから」


 そっぽを向いてふてくされたシェリルに、ニックは興味津々で問いかける。


「それで、陛下の弱点は掴めそうなのか?」

「……そんなこと、教えられるわけないでしょう」


 シェリルはあらぬ方向に視線を逸らしながらボソリと答えた。隊長はフンと鼻を鳴らす。


「聞くまでもない。目処が立たないからこの国に留まりたがっているんだろう」


 バカにしたような言い草にムッとした顔を向けるシェリル。隊長は気にすることなく、一つ息をつくと立ち上がった。


「話は分かった。お前の提案を受けよう。監視にはジェイミーをつけるからそのつもりで。今から陛下に報告に行くが、何か言い残したことはあるか?」

「彼の弱点を教えて」

「それは無理だ。無いものは教えられん」


 キッパリ言い捨てた隊長は、そのまま部屋を出ようとした。シェリルは何かを思い出したように突然立ち上がり、隊長を呼び止める。


「あ! ちょっと待って!」

「何だ」

「バート・コールソン! あいつは捕まえたの?」


 瞬間、隊長は周囲を凍てつかせる程の空気をかもし出し、低い声を出した。


「いいや……まだ見つかってない」

「私の予想だと、もう国内にはいないと思うんだけど。手を貸そうか?」

「我が国には優秀な諜報員が居る。シャウラ国に潜入してバート・コールソンを見つけるなんてお手のものだ。お前の手助けは必要ない」


 隊長の言葉を聞いて、シェリルは複雑な表情を浮かべた。


「諜報員の徽章(きしょう)って、何色だっけ?」


 シェリルはジェイミーたちに顔を向け尋ねる。三人は顔を見合わせ、しばらくしてジェイミーが質問に答えた。


「黒だけど」


 アンタレス国軍に属するものは皆、軍服の左胸に徽章を着けている。王家の紋章である蠍を模したデザインのバッジは、隊によって色が違い、軍人の身分証として使われている。ちなみに騎士隊の徽章は赤色である。


 シェリルは難しい顔で隊長に向き直った。


「それじゃあ、アンタレス国の優秀な諜報員は今、馬小屋の掃除をしてるわよ。あれは巡り巡ってバートを捕らえることに繋がるの?」


 シェリルは地下牢から抜け出したあと、馬小屋で作業をしている軍人たちを見かけていた。シェリルの言葉に、隊長は怪訝な顔をする。


「馬小屋の掃除? この時間に?」


 隊長に疑問の目を向けられ、ジェイミーたちは気まずい顔でお互いに視線を交わした。隊長は何かに勘づいて、険しい表情になる。


「お前たち、何か隠してるだろう」


 底冷えのする声で隊長に問われ、三人は黙り込む。微妙な沈黙が流れたあと、ニックが白状した。


「スティーブの馬の調子が悪くて、三日前から各隊が持ち回りで世話してるんです」

「何!? ジュディーが!?」


 隊長は思わず叫んだ。軍馬として本部にやって来た日から、お転婆過ぎて周囲の者を困らせてきたジュディー。最近ようやく言うことを聞くようになってきた彼女の調子が悪いとは、一大事である。


「何でそんな大事なことを隠してた」


 呆れたように言った隊長に、今度はウィルが答える。


「スティーブが隊長には隠しておきたいと言ったんです。このところ多忙だったんで、問題を増やすのは気が引けるって」

「全く……」


 隊長は頭を押さえて首を振った。それから急いで部屋を出ていこうとしたので、シェリルは慌てて声を上げた。


「あ、ちょっと! 私の話は!?」

「悪いな。今はそれどころじゃない」


 それだけ言って隊長は部屋を出ていった。シェリルは呆気にとられたようにポカンと口を開けた。


「それどころでしょう」


 敵国の動向より部下の馬。シェリルはこの国の行く先が本格的に心配になった。

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