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12.机に罪なし

 閉じ込められると脱出したくなるのは人間の(さが)だろう。


 地下牢に入れられて一週間。提案を飲んでもらえるかどうかを朝からソワソワしながら待っていたシェリルは、気晴らしに脱出方法を考えながら暇を潰していた。


 冷たい床に背中をつけ、天井を見上げる。天井には牢の中にいる人間が窒息しないための換気口がある。シェリルは立ち上がり換気口に手を伸ばしたが、跳んでも跳ねても届かない。

 そこで部屋にある椅子やマットレスを奇跡のバランスで積み上げた。見事換気口の格子に手が届いたので、着替えさせられる前に口のなかに隠しておいた器具で格子を外してみた。片側だけネジを外し、ぶら下がった格子に足をかけ換気口に体を入れる。ちょっとヤバイかもしれないと思うくらいには狭かったが、何とか中に入った。ネズミやらゾッとするような虫やらに遭遇しながら、息も絶え絶えで換気口の出口に辿り着く。

 行き着いた先は馬小屋が見渡せる庭だった。シェリルは熟考する。もう一度狭い換気口に戻る気にはなれない。かといって堂々と軍隊の本部を闊歩(かっぽ)する勇気もない。結果、シェリルの尋問担当であるジェイミーが所属する、騎士隊の執務室をこっそり目指すことになったというわけだ。


 シェリルの説明を静かに聞いていた隊長は、大きなため息をついたあとゆっくり口を開いた。


「熟考するタイミングが遅すぎないか」

「ええ、わかってる。よく言われるの。考えてから行動しろって」


 シェリルは肩を落として小さくなり、目の前にいる軍人四人の視線から逃れるよう目を伏せた。隊長が座っているソファーの背後には、ニック、ジェイミー、ウィルが並んで立っている。


「よく言われるのに、何で改めないの?」


 ニックが面白いものを見るような目で言った。シェリルはそろりと視線を上げ、首を傾げる。


「さぁ。いつも自問してるわ。どうしてもっとよく考えなかったのかって」

「そりゃいいね。自問する女の子は好きだよ」


 咳払いでニックを黙らせた隊長は、厳めしい雰囲気を漂わせながらシェリルを睨み付けた。


「この国に潜入していた理由は?」


 隊長の不意打ちの質問に、シェリルは目を白黒させる。


「直球ね」

「ムードを作るほどの元気がないもんでな」


 シェリルは苦笑いしたあと、背筋を伸ばして隊長に目線を合わせた。


「それなら、本題だけ話しましょう。一週間たったけど、私の提案を受け入れる?」


 シェリルの問いに、隊長は嫌そうな顔で頷いた。


「ああ。陛下は受け入れるとおっしゃった。あとはお前がこの国に潜入していた理由を話すだけだ」

「え、本当に?」


 シェリルは嬉しそうに頬を緩める。隊長は腕を膝の上に乗せて両手を組み、前屈みになってシェリルを真正面から見据えた。


「喜ぶのは後でもいいだろう。質問に答えて貰おうか」


 シェリルは上機嫌で何度も頷いた。


「ええ分かった。私がこの国に潜入していたのは、同盟の話し合いの最中、アンタレス国に裏切り行為がないか監視するためよ」


 引っ張っていた割にはなんのひねりもない理由だったので、ジェイミーたちは拍子抜けした。隊長は特に驚く様子もなく頷いて、ゆっくり立ち上がるとジェイミーの方を振り向いた。ジェイミーが「どうしましたか」と聞く前に、隊長はジェイミーが下げていた剣を鞘から引き抜き、シェリルと隊長の間にある机に勢いよく突き刺した。机は無惨にも真っ二つである。


「……た、隊長?」


 隊長の突然の暴挙に、ジェイミーたちは呆気にとられる。シェリルも驚いてソファーの上に飛び乗った。


 隊長は苛立たしげに舌打ちする。


「言っただろう。俺は今、元気がない」

「そうは見えないけど……」


 元気がない人間は机を真っ二つにしたりはしないとシェリルが言おうとした直後、隊長は剣先をシェリルの眼前に突きつけた。


「俺たちはそんなに間抜けに見えるか? 確かに矢を素手で掴むことも脱獄も大したものだが、あまり調子に乗らない方がいい。いい加減なことを言っていることに気付けるくらいの頭は持ち合わせている」

「私が嘘をついてるって言うの?」


 シェリルの目が不愉快そうに細められる。隊長は険しい表情を崩さず、顔だけ後ろを振り返った。


「ウィリアム、特別な仕事をやろう」


 隊長の言葉に、ウィルは驚いた表情を浮かべる。


「特別な仕事?」

「この女が逃げようとしたら何がなんでも捕まえろ。足の骨を折ってもかまわん」


 表情を強ばらせたのはウィルだけではなく、シェリルも隊長の言葉に緊張した面持ちを浮かべ、ソファーの上でじりじりと後ずさりした。


 ウィルの剣の腕が相当優れているらしいという話を、シェリルはアニーから聞いたことがある。そうでなくても屈強な男が四人もいる空間で、丸腰でいる自分は不利であると自覚するのに大した時間はかからなかった。


 明らかに怯えているシェリルを前に、隊長を除いた三人は微妙な顔で立ち尽くす。


「隊長、俺たち今すごく卑怯なことしてません?」


 ジェイミーが呟くと、隊長はこめかみを押さえてやれやれと首をふった。


「ジェイミー、優しい心は素晴らしいことだが、軍人としては間違ってる。脱獄して窓から部屋に入ってくる秘密組織の人間に正々堂々と対峙してどうなるんだ。紳士的な振るまいだったと陛下が誉めて下さると思うのか」


 隊長の言葉に渋々納得する三人。ウィルはゆっくりと剣を引き抜いた。


 隊長の気が逸れた隙をついて、シェリルは一旦窓から外に逃げようと考えていた。体を動かそうとした瞬間、シェリルの行く先にウィルが立ち塞がった。申し訳なさそうな顔で剣を向けてくる。


「どんな理由で潜入していたとしても、兄上は笑い飛ばすだけだと思うな。例えば、国王の暗殺を企んでいたんだとしてもね」


 だから本当の事を話しても大丈夫だと、ウィルは怯える子供に語りかけるように穏やかな口調で言った。シェリルが後ろに下がろうとすると、ジェイミーとニックが背後に立っていた。この三人の輪から脱するのは相当な努力を要すると十人中十人が断言する状況である。


「暗殺を企んでたんなら、とっくに実行してるわ」


 シェリルは不機嫌な顔で吐き捨てるように呟いた。そして諦めたように肩の力を抜き、先程座っていた場所に座りなおす。ウィルは隊長が頷くのを確認して、剣を鞘に戻した。

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