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11.一週間後

「旅に出たい。休みが欲しい。全てを投げ出したい」


「隊長、心の声が漏れてますよ」


 ニックがあくびをしながらやる気なさげに指摘した。隊長は窓辺から外を見下ろし、可愛らしくさえずる小鳥をぼんやりと目で追っている。のどかな昼下がりであるというのに、隊長の心はすさんでいた。


「今日の会議で、あのど偏屈野郎になんて言われたと思う?」

「なんて言われたんですか」

「『侵入者を二度も取り逃がすなんて、騎士隊も落ちぶれたものだ』とさ。あの野郎ウィリアムを守れなかったことは棚にあげて毎日毎日騎士隊の批判ばかり言いふらしてやがる。もう限界だ。旅だ。もう旅に出るしかない」


 崩れたパズルをニックの代わりに組み立てているウィルは、窓辺にたたずむ隊長を見ながら苦笑した。


「ど偏屈野郎って、衛兵隊長のことですか」

「奴しか居ないだろう。あいつの頭は偏屈と悪意とごう慢で出来ている」


 ニックはソファーに寝そべったまま隊長の方へ体を向ける。


「旅なら、シャウラ国に行けばいいじゃないですか。運がよかったらトマス……じゃなくてバート・コールソンとばったり鉢合わせ出来るかもしれませんよ」

「今何て言った?」


 隊長が筆舌に尽くしがたい表情でニックを睨み付けた。ニックは慌ててソファーから起き上がり、ウィルの背後に隠れる。


「や、やだなぁ。ちょっと場を和ませようとしただけじゃないですか」

「それはご苦労なことだ。礼を言いたいから俺の拳が届く距離まで進み出ろ」

「気持ちだけありがたく受け取っておきます」


 室内に険悪な空気が漂いはじめたとき、扉を叩く音が響いた。


「入れ」


 隊長の許可と共に、ジェイミーが扉の向こうから現れた。ギスギスした空気に戸惑いながら、ジェイミーは部屋に足を踏み入れる。


「お呼びですか」

「ああ、よく来た。そこに座れ」


 隊長はニックが寝ていたソファーを指す。ジェイミーが言われた通り腰かけると、両側にニックとウィルが座った。


「お前らは別に必要ないんだが」


 背の低いテーブルを挟み、向かいのソファーに座った隊長は迷惑そうな顔で言った。ニックは肘掛けに腕を乗せてヘラリと笑う。


「まぁまぁ。昼休みにどこにいようと俺たちの勝手でしょう」


 隊長はくたびれたように眉間を押さえると、ニックを追い払うことを諦めジェイミーに顔を向けた。


「あの女の提案を、陛下が受け入れると仰った」


 ジェイミーは隊長の切り出した話に驚いて、ゆっくり瞬きをした。ニックも驚き目を見開いているが、ウィルはすでに話を知っていたのか驚く様子はない。


「ついてはジェイミー、お前に監視役を任せようと思う。今後の軍の仕事については――」


「ちょっと待って下さい!」

「えー!? どうしてジェイミーなんですか!」


 文句を言われる隙を作らず話を進めようという隊長の試みは、早くも失敗に終わった。


「他にもっと適役がいるはずですよ! 隊長、お願いします。考え直してください!」

「そうですよ隊長! どうしていつもジェイミーばっかり面白い役回りなんですか! 俺も監視役やりたいです!」


 必死に訴えるジェイミーの横でニックも声を上げる。


 何を言われるか大体予想がついていた隊長は、うんざりと天井を仰いだ。


「隊長、ジェイミーに監視役は無理です。こいつは浮気されてることにも気付かないくらい鈍感で……痛ってぇ! 何で殴るんだよジェイミー!」

「自分の胸に聞いてみろ!」


「やかましい!」


 隊長は勢いよく立ち上がり、三人の頭を順番に叩いた。完全に巻き込まれただけのウィルは解せないという表情になる。隊長はウィルの視線を無視して、まだ不満を言い足りない様子のジェイミーとニックを冷ややかに見下ろした。


「ニック、お前の女癖じゃ付け入られて騙されて利用されるのがオチだ。ジェイミー、これは陛下の決定だ。文句があるなら陛下に直接言いに行け」


 二人が何も言い返さないので、隊長は満足げに腰を下ろした。


「今後の軍の仕事については配慮するから安心しろ。それと、スプリング家が潜入していたという事実は軍の機密事項だ。表向きはアケルナー国からの留学生をジェイミーが世話しているということになるから、そのつもりで」


 淡々と説明する隊長に、ジェイミーは絶望しきった表情を浮かべる。


「留学生って、王宮使用人には通用しないでしょう。一緒に働いていたわけですから」

「それもそうだな。では使用人体験コースという留学プランに参加していたということにしよう」

「なんかもう、投げやりになってません?」


 本当に大丈夫かと不安になるジェイミーをよそに、隊長は話を進めた。


「あー、ジェイミー。実は、陛下の指示は監視だけじゃない」

「というと?」

「陛下はスプリング家は実在するとお考えだ。そこでだ、お前にはあの女に付け入る隙を作って貰いたい」


 真剣に話を聞いていた三人は同じ方向に頭を傾げた。


「……というと?」


 再び説明を求めるジェイミー。隊長は疲れた表情を浮かべながら、大きく息をつく。


「つまりだ、誘いに乗るフリをして、スプリング家という組織をそっくりそのままアンタレス国の味方につけたいわけだ」

「それはまた、無謀な……」


 ニックが苦笑しながら呟く。ジェイミーは途方に暮れた顔で隊長を見た。


「付け入るって、具体的にどういう……」

「何でもいい。個人的に同情させるか信用させるか、口説き落とすか。とにかくこちら側に付きたいと思わせろ」


 簡単に言ってくれると、ジェイミーは目の前の上司に恨みがましい視線を送った。


「やりたくないから言うわけでは無いですが、そういうのはニックの方が向いてるんじゃないですか?」

「こいつに女は大敵だろう。最悪な結果になることは目に見えてる。第一、俺はこの男を全く信用していない」


 隊長の本音を聞いて、ニックはガックリと肩を落とした。


「隊長、俺だって傷つくことはあるんですよ」


 隊長はニックを無視し、背もたれに上半身を預けてジェイミーを見据えた。


「どういうわけか、あの女はお前にだけ協力的な節がある。陛下もその事に関心を持っているようだ」


 ジェイミーは居心地悪く視線を泳がせる。


「俺だけ特別ってことは無いでしょう。隊長が特別嫌われてるだけじゃないですか? ほら、隊長って女性に敬遠されやすいところがあるし……」

「ジェイミー、ずばり聞くが、それは遠回しな俺への反撃か何かなのか」


 無遠慮なジェイミーの意見に、隊長は苦々しい表情を作った。不穏な空気を察したジェイミーは焦って両手を横に振る。


「まさか! 反撃なんてしません!」

「隊長、知ってるでしょう。ジェイミーは昔からこうなんです。思ったままを言っているだけなんですよ」


 ウィルが急いでフォローしたが、全くフォローにはならなかった。肝心な部分をジェイミーとウィルが見事に素通りしたので、ニックはやれやれと呆れて身を乗り出した。


「安心して下さい隊長。俺の周りには隊長に憧れてる女の子はたくさんいますから。そうだ、今度誰か紹介しましょうか」


 ニックが言い終わった瞬間、隊長は突然目を見開いて動きを止めた。


「嘘だろ」


 隊長はそう呟いたあと、相当なショックを受けたようにあんぐりと口を開いて固まってしまった。突然動かなくなった隊長を前に、ニックは動揺する。


「今のは嘘じゃないですけど……」


 恐る恐る言ったニックには答えず、隊長はゆっくりとソファーに体を沈み込ませ両手で顔を覆った。


「どいつもこいつも……」


 隊長に何が起こったのか分からず、三人は顔を見合わせる。そのとき三人の背後から、ガラスを叩くような音がした。


「おっと、まじかよ」


 振り返ったニックは思わず立ち上がった。ジェイミーたちの座っているソファーの背後には、両開きの大きな窓がある。普段は背の高い木や、青々とした空や、飛び回る鳥を観察できるその窓に、シェリルの顔が映っていた。困った顔で手を振っている。


「回収してこい」


 うんざりと呟いた隊長に従って、ジェイミーは立ち上がり、片側の窓を開けた。瞬間、シェリルは猫のように部屋の中へ体を滑り込ませた。


「寒い!」


 開口一番に叫んだシェリル。そりゃそうだろうとかこの部屋は三階だぞとか言いたいことは山ほどあったジェイミーであるが、一番重要な質問だけを口にした。


「どうしてここにいるんだ」


 厳重な警備のもと地下牢に捕らえられているはずである。それがどういうわけか全身ホコリまみれで騎士隊執務室に足を踏み入れている。冷たい風が吹き込む窓を急いで閉めたシェリルは、ご機嫌うかがいするようにそろそろとジェイミーを見上げた。


「話せば長くなるから……」


 まるで叱られる前の子供みたいに上目遣いで呟いたシェリルに、隊長が容赦なく言った。


「安心しろ。脱獄犯の取り調べに時間は惜しまない主義だ」


 そう言って隊長は目の前のソファーを顎で示した。シェリルはうな垂れながら、先程ジェイミーが座っていた場所に腰を下ろした。

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