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116.宴の終わり

 アーノルドと互角にやりあっているカルロを見て、騎士たちは目を丸くした。武器を持っている状態ではウィルでさえ敵わないアーノルドである。団長すら打ちのめしてしまうような人と、渡り合える人間がいることが信じられなかった。


「ほら、ぼけっとするな。俺たちも行くぞ」


 ダミアンに促されて騎士たちは我に返った。それからすぐさま表情を引き締め剣を抜く。今こそ無駄に鍛えた腕を駆使して、国の平和を自分たちの手で取り戻すときだ。


 勇ましく敵に立ち向かわんと駆け出す騎士隊。その背中を見送りながら、カルロに剣を奪われてしまったスティーブは一人、立ち尽くしていた。


「え、嘘だろ? そんなのありかよ」


 彼の言葉は仲間たちの耳には届かない。

 スティーブが抱き留めたおかげで床に激突することを免れた少女は、相も変わらずぼんやりした面持ちのまま、エプロンのポケットを探っていた。


「ナイフ、貸してあげようか?」


 少女はちまっとしたナイフを取り出してスティーブに手渡す。スティーブは一瞬、これで頑張ってみようかと気持ちを奮い立たせてみたが、いや、無理だろ、とすぐに冷静になりガクッとうなだれた。




 にわかに活気づいたダンスホールの中心で、アーノルドは焦っていた。


 ローリーに近付き、その首を切り落とす自信は十分にあった。いかにスプリング家が敵になったといっても、相手はそのほとんどが子供なのだから、わずらうまでもないと高をくくっていた。それは慢心ではないとアーノルドは思う。ただ単に、このカルロという男が異常なだけなのだ。

 こちらは必死に攻撃を防いでいるというのに、カルロはどこか手を抜いているように涼しい顔をしている。手を抜くどころか、片手間に周囲を見渡すことまでして見せた。


「あれまぁ、驚いた。君の部下たちは思った以上に優秀だね。あれじゃあ宝の持ち腐れだよ。いや、待てよ。もう部下じゃないんだっけ?」


 殺し屋を次々と取り押さえていく騎士たちの奮闘は、アーノルドの視界にも入っている。あと数分でこの騒動は終焉を迎えるだろう。それまでに何とかローリーの命を奪わなければならない。


 だがアーノルドはそろそろ、理解しはじめていた。


 作戦は失敗した。恐らく自分はこの男には敵わない。他の誰かが代わりにローリーを殺してくれるなんてこともない。祖国には戻れず、家族にも一生会えない。ローリーが生きたまま捕らえろと命じているのだから、自害することすら許されないだろう。


 こんなことならば、人質を取るなんて面倒なことをせず、直接手を下しに行けばよかった。きっと出来た。復讐だとか何とか言えば、ローリーは抵抗出来なかったはずだ。


 なぜ自分はそれをしなかったのだろう。シャウラ国が動き始めるもっと前に。アケルナー国との同盟の話し合いが始まる、もっと前に。出来ると分かっていながら、なぜ何もしなかったのだろう。


 そのときアーノルドの視界に、ぽつんと一人で(たたず)んでいるローリーの姿が映りこんだ。側にいたはずのウィルの姿が見当たらない。きっといてもたってもいられなくなって、仲間たちと共に殺し屋たちを捕らえているのだろう。王家に仕える側近や護衛たちも、ローリーに指示されたのか、使用人たちを保護するために主の元を離れている。


 護衛はいない。

 厄介なウィルも側にいない。


 今だ。


 直感がそう告げた。


 考えるより先に、体が動く。カルロが振り下ろした剣が体に当たりそうになるのも構わず、足を踏み出す。


「うわ!」


 生きたまま捕らえろと命じられているせいだろう。カルロは慌てて身を引いてアーノルドと距離をとろうとした。その瞬間を逃さず、素早く駆け出す。




「あ、やべ」


 のんきな呟きと共にアーノルドを追おうとしたカルロは、とっさに動きを止めた。ローリーを守っている人間が一人もいないことに、今ようやく気づいたのだ。


 その事実に顔色を失ったのはカルロだけではない。


「ちょっとカルロさん! 何やってるんですか!」


 アーノルドの進路を塞ごうと真っ先に駆け出したのはシェリルだった。しかし目の前に立ちはだかったシェリルを、アーノルドは一瞬にして地面に倒してしまった。


 床に倒れたシェリルを飛び越え、ダミアンがアーノルドに襲いかかる。しかしこれも、うまい具合にかわされてしまう。


 騎士が数人、アーノルドを止めようと彼の目の前に飛び出した。だが今回も彼らは、幼い頃からの師に敵わなかった。


 カルロはポカンと口を開ける。


「何だありゃ。火事場の馬鹿力ってやつか」

「感心してる場合ですか! 早く奴を止めてください!」


 床にのされたままのダミアンが叫ぶ。カルロは面倒くさそうに口元を曲げた。


「ローリー君の保護は別に、頼まれてないしなぁ」

「あんた本当、最低だな! ローリーが死んだらアケルナー国の一人勝ちでしょうが! この国の資源という資源を全部持ってかれますよ!」

「ああ、そうだった。忘れてた」


 カルロはやれやれとため息をつきながら剣を大きく振り上げて、アーノルドの足元に狙いを定めた。そのまま剣を投げ飛ばそうと、足を踏ん張った瞬間。ある人物の姿が目に留まり、ピタリと動きを止めた。




 アーノルドは自分でも驚くほどに容易く、ローリーの側までたどり着いた。逃げようと思えば簡単に逃げられたはずのローリーは、顔を強ばらせたままその場を一歩も動こうとしなかった。


 馬鹿め。この期に及んで、まだ罪悪感に囚われているのか。


 呆れを通り越して同情の念を抱きつつ、ローリーの首めがけて剣を振り下ろそうとした、そのとき。振り下ろそうとしていた腕を背後から何者かに掴まれた。あと少しだというのに、このまま腕を折られでもしたらたまらない。アーノルドは滅多に使うことのない短剣を左手で抜き、振り向きざまにその人物の腕を切り落とそうとした。


 その腕の持ち主は、ウィルだった。


 武器すら持っていないウィルは、親に叱られる前の子供のような、情けない表情でそこに立っていた。その顔を見たとたんアーノルドは、なぜだか少しも動けなくなった。誰に遮られているわけでもない。自分の意思でためらっているのだ。そう気づいたとき、腹の底から言い知れぬ可笑しさが込み上げてきた。


 好き勝手に騒ぎまくる、耳障りな子供たちの声が聞こえる。暇潰しに手をかけてやれば鬱陶しいほどに懐いてきた、恐ろしく素直な子供たちの声だ。

 彼らが敵国の人間である自分を先生と呼ぶようになったとき、気づくべきだった。この日々がいつか、重要な場面でわずかなためらいを生んでしまう原因になるということに。しかしそんなこと、無感情に命を奪えていた頃の自分に、想像できたはずがないだろう。


 今さらもう、どうしようもない。


 十五年はあまりにも長すぎた。


 苦笑を浮かべながら、アーノルドは全身の力をゆっくりと抜いた。


「すみません、隊長」


 ウィルが弱々しい声で呟く。


 次の瞬間、鳩尾(みぞおち)の辺りに強い衝撃を感じた。咳き込む間もなく視界が真っ暗になり、アーノルドは意識を手放した。

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