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115.全員集合

 シャンデリアが揺れて、カラカラと音を立てている。テラスに続く大きな窓は木っ端みじん。壁の一部も吹き飛んだ。


 爆薬の量はきちんと考えられていたのか、ダンスホールの中央に集まっている人々は誰も怪我をしなかったし、建物も崩れなかった。


 だからといって、人々の心の平穏がそう簡単に戻ってくるわけではない。


 逃げ道を塞ぐと言いながら壁に大きな穴が空いてしまったが、あれはあれでいいのだろうかと、そんなことを考えながら固まっているジェイミーの側にシェリルはいそいそと近付いた。


「驚かせてごめんなさいジェイミー。耳は大丈夫? ガラスの破片とか、当たらなかった?」

「ねぇねぇ、シェリルちゃん。どうしてジェイミーだけに謝るの? びっくりした俺たちの気持ちは誰がケアしてくれるの?」


 ジェイミーの無事を確かめたシェリルはニックの言葉をさらりと聞き流して、気合いを入れるように腕まくりした。


「じゃあ、私はこっち側を片付けるから、ダミアンはそっち側ね」

「おい待て。何でお前が俺に指示するんだよ。俺の方がお前より優秀なんだぞ」

「それはどうかしら。アメリアがいなきゃ優秀さは二分の一でしょ。つまりダミアン単体は私に劣るってことよ」

「馬にすら乗れないくせに偉そうなことをぬけぬけと」

「何よやる気?」

「上等だかかってこい」


「やめないか」


 つかみ合いになりかけたシェリルとダミアンのそばに、いつの間にかカルロが立っていた。カルロは二人の額を押さえて力ずくで引き離し、それから怪訝な顔で騎士たちを見渡した。


「ジェイミー君、聞いてもいいか。どうして君たちがここにいるんだ?」


 シェリルが分かりやすく、やばい、という表情を浮かべている。

 ジェイミーはシェリルとカルロの視線を同時に浴びて、冷や汗を流した。正直に答えればシェリルが大目玉を食うことは容易に想像できたので、なんとかして答えをはぐらかすことを試みる。


「あの、何となく、たまたま、ここで何かが起こるような予感がするような気がしたっていうか……」

「信じられないくらい嘘が下手だね、ジェイミー君。シェリルお前、いつの間にそんなに口が軽くなったんだ。カルロさんは悲しい。お前がカルロさんの言い付けを守らなくなって、悲しいぞ」

「悲しんでるところ悪いんですけどね、カルロさん。どうしてここにローリーを連れてきたんですか? 殺されたらどうするんですか? 誰が俺たちの借金を返してくれるんですか?」


 会場の出入り口の所に立ちすくんでいるローリーを指差して、ダミアンが呆れ顔で言った。


 ローリーと、そのかたわらに立っているウィルは吹き飛んだテラスを遠い目で見つめていた。


「なぁウィル。あそこには確か、窓か壁が無かったか?」

「窓も壁もありましたよ。消えてしまいましたけどね」


 どこかもの悲しさを感じさせる二人の会話を聞き、カルロは驚愕の顔つきでローリーの方を振り返った。


「あれ、もしかして爆薬は使っちゃだめな感じだったの?」

「そう出来るなら、その方がよかったかもな……」


 ひきつった笑みを浮かべつつ答えるローリーを前にして、カルロは顔色を青くする。


「何てことだ。俺としたことが、雇い主との意思疎通を怠り、とんだ失態を……。心からお詫びするよローリー君。これから原因究明、問題解決、そして再発防止に務めもう二度とこのようなことがないように」

「あーいいからいいから。前を見ろ前を。殺し屋が逃げようとしてるように見えるんだが」


 ローリーが示した先には、作戦の失敗を早々に悟ったらしい殺し屋二人の姿があった。

 二人はテラスを目指し全速力で走っている。窓と壁が吹き飛んだ所から外に出て、夜の闇に溶け込もうとしているようだ。使用人に扮したスプリング家の子供たちが後を追っているが、とても間に合いそうにはない。


 そのまま逃げ切るかと思われた殺し屋二人は、爆破されたテラスに差し掛かったところで突然速度を落とした。二人が踏み出した足はまるで沼にでもはまるみたいに、粉々になった木の板に囚われてしまったのだ。

 崩れた床から抜け出せず苦心している二人に、スプリング家の子供たちが追い付いた。子供たちは細長い糸のようなものを取り出して、殺し屋二人をこれでもかというくらいにぐるぐる巻きにしはじめる。


「割れたガラスに気を付けなさいね」


 カルロが声を上げると、はーい、と元気な声が帰ってくる。


 その光景を見たジェイミーは、思わずカルロに問いかけた。


「あんな糸みたいなので縛っただけじゃ、すぐに逃げられるんじゃないですか……?」


 よくぞ聞いてくれたというように、カルロは得意げに胸を張る。


「あの糸はスプリング家が独自に編み出した特別製なんだ。刃物を当てても噛んでも燃やしても絶対に切れない。おまけに縄みたいに緩まないからね。無理やり抜けようとすると皮膚に食い込んで痛いのなんの……」


 そんなに優れたものを開発出来るのに、借金があるんですか、とまで聞く勇気はジェイミーにはなかった。


 一国の君主に仕えることで生計を立てるくらいだ。細々と稼ぐのが苦手なのだろう。というより、商売の才能が無いのだろう。スプリング家の拠点であるあの寂れた仕立て屋を見た者なら、推して知るべしである。


 ジェイミーが神妙な顔で失礼なことを考えているうちに、幾人かの殺し屋たちが蜘蛛の子のように素早く散りはじめていた。

 テラスからの逃走は難しいとみて、舞踏会場のあちこちにある扉に目星をつけているようだ。


 だがこの試みも、上手くはいかなかった。良くできただまし絵かというくらいに、殺し屋が必死に押したり引いたりしても扉がさっぱり開かなかったのだ。


 誰かが疑問を口にする前に、カルロが種を明かした。彼はつい先ほど、全ての扉の取っ手を外から鎖で封じてきたのだと言う。


 頑丈な鎖で封じられた扉を必死で開こうとしている殺し屋たちに、スプリング家の子供たちはあっという間に近付いて、糸でぐるぐる巻きの刑を執行していた。


 子供たちの腕はなかなかのもので、殺し屋たちはあれよあれよという間に恐怖の糸に囚われていく。しかしさすがに、子供たちだけで殺し屋全員を捕らえることは難しいようだった。


 たった一人で衛兵二十五人を倒したバートや、騎士隊総出で襲いかかっても敵うかどうか疑わしいアーノルドは、平然とした顔で周囲の騒動を眺めている。

 他にも数人、逃げることなくその場に留まっている殺し屋もいる。


 しばらく子供たちの奮闘を見守っていたカルロは、首の骨をポキポキと鳴らしながらダミアンに声をかけた。


「さてと、俺の出る幕はあるかな?」

「アーノルドを捕まえてください。あいつはなんか、手こずりそうなんで」


 カルロはふーん、と感情のこもっていない相づちをうつ。


「じゃあ、俺がアーノルドを担当しよう。ダミアンとシェリルはチビたちが取りこぼした奴らを捕らえなさい。ああ、そうそう、それと、騎士隊諸君」


 思い出した風にポンと手のひらを打ったカルロは、目の前で繰り広げられている騒動を呆然と見つめている騎士たちに顔を向け、こう続けた。


「良い機会だ。力試しも兼ねて我々に手を貸しなさい。どうせ暇なんだろう?」


 思いもよらない申し出に、ジェイミーたちは戸惑った風に視線を交わした。それから一斉にローリーの方を見る。


 もの言いたげな視線が自分に集まっていることに気づいたローリーは、どこか投げやりな態度で口を開いた。


「好きにしなさい」


 交戦の許可を得た瞬間、騎士たちは表情を引き締めた。恩師が火種となり始まった騒動は、何としてでも自分たちの手で収めなければならない。言葉にせずとも全員がそう感じていたのだ。


 使命に燃える騎士たちを尻目に適当な準備運動をしていたカルロは、標的であるアーノルドに何気なく視線を投げて、おや、とわずかに目を見開いた。


「ディアナ、お前、そんなところで何してるんだ」


 メイド服を身に(まと)った少女が、アーノルドのすぐ側にぼんやり突っ立っている。首には剣刃がそえられ、身動きが取れないようだった。


「人質になってるんです。助けてください、カルロさん」

「お前ねぇ。いつもいつもぼーっとしてるからそんなことになるんだよ」

「だってぇ……」

「いつも言ってるだろう。もう必要なことは全部教えたんだから、自分の身は自分で守りなさいね」


 少女の瞳にみるみると涙がたまっていく。しかしカルロはそ知らぬ顔で準備運動を続けている。


 その薄情な態度に、少女を捕らえているアーノルドは苦々しく舌打ちした。いないよりはましだと思いぼーっと突っ立ったままの少女を再び捕らえてはみたものの、予想した通り大して役には立ちそうもない。


 せっかくローリーがこの場に現れてくれたのだから、人質を取るよりも直接あいつの首を狙った方が早い。そう判断したアーノルドは渋々、少女を解放した。


「行け」


 少女は解放された瞬間、先ほどまでののんびり具合は何だったのかというくらいに素早く走り始めた。


「うわーん! カルロさーん!」


 泣きべそをかきながらカルロのもとに駆け寄る少女。カルロは大きく腕を広げ、猫なで声を出す。


「おー、よしよし。怖かったねぇ」


 カルロは駆け寄ってきた少女を軽々と抱え上げ、そのままぽいっと背後に放り投げてしまった。


「うわ、ちょっと!」


 ちょうどカルロの後ろに立っていたスティーブは、上から降ってきた少女の体を慌てて抱き留める。


 綺麗に両腕に収まった少女を見下ろしてホッと息をついたあと、文句を言うべくスティーブはすぐさま視線を上げた。


 しかし、目の前にいるはずのカルロはもうそこにはいなかった。ついでに言うと、スティーブの腰に下がっていた剣も消えてしまった。


 キィンと金属がぶつかる音がして、騎士たちの視線が一ヵ所に集まる。


 ついさっきまでのんきな準備運動をしていたはずのカルロは今、スティーブの剣を片手にアーノルドに斬りかかっていた。

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