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114.人質の逆襲

 物騒な武器を背中に従えながら嬉しそうに手を振るシェリルを見て、ジェイミーは石膏で固められたかのように動きを止めた。


 彼女は本当に殺し屋に捕まってしまって、身動きがとれないのか。それともこれは何かの作戦なのか。


 そこのところはジェイミーにとって、とても重要だった。別に本当に捕まっていたからといって特に出来ることはないのだが、心構えというものが違ってくる。


 当の本人は気楽なもので、スキップでもし始めるのではないかというくらいに軽い足取りで歩みを進めている。


「疲れてるのかな……。なんか、見慣れた顔が見えるんだけど」


 スティーブがそう言いながら目をこすっている。彼の言葉により騎士たちは、自分の視力が信じるに足る状態であることを確信した。

 見えているものは皆同じである。厄介な人質が一人、増えてしまったという現実を全員で静かに噛み締める。


「何事だ」


 騎士隊が壁になっていて出入り口の向こうを見ることが出来ないアーノルドが、不機嫌に尋ねる。


 シェリルの背中に銃を突きつけている男が声を張った。


「使用人が食料庫に隠れてたんだ。こいつらをどうにかしてくれ。何で騎士隊がここにいる」


 殺し屋らしき男はシェリルを盾にしながら、顔を強ばらせている。彼が他の殺し屋たちと合流するためには、騎士の群れの中を通り抜けるしかない。さすがに、たった一人で立ち向かう勇気は無いらしい。


「邪魔だ、とっととそこをどけ」


 アーノルドが低い声で命じた。騎士隊の視線が、シェリルに集まる。シェリルは困ったような笑みを返した。


「彼の言う通りにして。私、この中に用があるの」


 ごねたところで事が好転するわけでもない。騎士たちは大人しく道を開ける他なかった。


 シェリルに銃を突きつけている男は、二手に割れた騎士隊の間を警戒しながら進む。


 アーノルド、それからバートは、シェリルの顔を見た瞬間ポカンと口を開けた。


「また戻ってきたのか、何なんだお前は……」


 半ばうんざりしたようにアーノルドが呟く。

 シェリルは使用人が主人に対してするような、(うやうや)しいお辞儀をして見せた。


「ごきげんよう、隊長様。十五年越しの計画はどんな調子? 順調に進んでる?」


 アーノルドは鼻にしわを寄せる。


「スプリング家に応援を頼んだ覚えはないぞ。何しに来た」


 その言葉を聞いて、殺し屋たちがざわめきはじめる。シェリルに銃を突きつけている男が冗談だろうと言いたげに鼻で笑った。


「スプリング家? この女が?」


 とてもではないが信じられないという感情が、声からにじみ出ている。他の殺し屋たちも、シェリルのことを脅威とみなすつもりはない様子だ。


 アーノルドとバートだけが、注意深くシェリルの反応を(うかが)っていた。


 シェリルは小さく肩をすくめる。


「頼まれたってシャウラ国の応援なんてしない。敵になるつもりも無かったけど。でも、事情が変わったの。私たち、一時的にローリーの下につくことになったわ」


 アーノルドの顔色が変わった。バートの表情も、わずかにひきつっている。


「スプリング家がアンタレス国の味方につくのか?」


 副隊長が尋ねる。シェリルはその通りと頷いた。


「国王に感謝することね。彼は土壇場で最高の選択をしたもの」

「は……。何が最高だ。自分の身が可愛くて、また国民を切り捨てただけじゃないか」


 肩の力を抜くように、アーノルドが言った。声もなく乾いた笑いをこぼしたあと、やがて何かを決意した風に、足元に座っているメイドの頭に銃口を押し当てた。


「待ってください! 隊長!」


 副隊長が叫んだところで、アーノルドが意思を曲げることはないと全員が承知していた。アーノルドは引き金に指をかけ、数時間前まで部下だった者たちに向かって告げた。


「ローリーを連れてこい。さもなきゃ十分経過するたびに一つずつ、血だまりが増えていくことになるぞ」


 騎士たちの顔色がさっと青くなる。使用人が数人、顔を覆って泣き出した。


 シェリルは眉尻を下げ、諭すような口調で言った。


「そんなことしても無駄だって、分かってるでしょ?」

「ああ、分かってる。庶民をちまちま殺したくらいじゃ、アンタレス国の傲慢な王族どもは泣きもわめきもしないってことくらいな」

「そうじゃなくて……」


 何やら悩むような素振りを見せたシェリルは、背後で銃を構えている殺し屋の方を振り返る。そして彼が構えている銃の、銃身をわし掴みした。殺し屋はぎょっと目を剥く。


「な、何を」

「ちょっと貸して」


 返事を待つことなくシェリルはひょいと銃を取り上げた。慣れた手つきで銃を構え、狙いをアーノルドに定める。それから誰かが何かを言うより前に、少しのためらいもなく引き金を引いた。


 瞬間、時間が止まったのかと思うほどの静寂が訪れた。


 いくら息を殺して待っていても、銃声は聞こえないし、アーノルドもしっかりと地に足をつけている。


 そのまま一秒、二秒、三秒と経過して、人々が瞬きの仕方を思い出した頃。


 カチカチと、シェリルは再び引き金を引いて見せたあと、銃を杖のように床につきながら、「細工してあることくらい、とっくに気づいてると思ってたんだけど」とさしたる感慨もなく言ってのけた。


 もちろん使用人と騎士隊の面々は、一連の出来事でいくらか寿命が縮む思いをしたわけだが、アーノルドや殺し屋たちはどこかばつが悪そうな表情を浮かべていた。シェリルが言う通り、引き金が壊れていることにすでに気づいていたのだろう。


「お前の仕業か」

「そう言いたいところだけど、スプリング家の仲間がやったのよ。国軍の警備が甘いって、皆心配してた」


 アーノルドは悔しそうに歯噛みして、銃を床に投げ捨てた。そして腰に下げていた剣を素早く引き抜き、足元に座っているメイドを無理やり引っ張り上げ、そのか細い首に刃を添えた。


「可哀想に。部外者が下手な細工をしたせいで、お前は楽に死ねなくなった」


 嫌みっぽくメイドに語りかけるアーノルドからは、ちっとも可哀想だなんて感情は感じられなかった。


 シェリルは人質になっている少女に苦笑いを向ける。


「ディアナ、あなた楽に死ねないんだって。大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも。早く助けてよ」


 首に剣を添えられている少女は、ぽけっとした、どこか間の抜けた調子で言葉を返した。


 この時点で、アーノルドも気づいただろう。引き倒しても銃を突きつけても、刃を向けても、悲鳴ひとつ上げずぼーっとしているそのメイドが何者なのか。


「カルロさんならこう言うはず。『スプリング家モットー! スプリング家の一員たるもの、自分の命は?』」

「自分で守る。でも私、カルロさんの言うことは聞かなくてもいいってことにしてるから、助けてくれても問題ないわよ」

「それ、カルロさんが聞いたら泣くかもね」


 シェリルと少女の会話を聞き流しつつ、アーノルドは急ぎ考えを巡らせていた。


 どうやら人質の中に、スプリング家が紛れ込んでいるらしい。困ったことにアーノルドは、本物の使用人と、使用人のふりをしている者を見分けるということが出来なかった。王宮の使用人一人一人の顔など、いちいち覚えていなかったからだ。


 ローリーを脅すのにスプリング家の人間を人質にしたのでは意味がない。しかし本物の使用人がどれか分からない。それどころか、万が一スプリング家の人間を殺めてしまえば、国ひとつ滅ぼしたことがあると言われるような組織の恨みを買ってしまう可能性もある。


 これでは誰にも手を出せない。人質はいないも同然だ。本格的に焦りはじめたアーノルドは、ふと気づく。

 一人だけ、絶対に本物の使用人だと言い切れる人物がいる。幸い彼女は、アーノルドのすぐ近くに座っている。


 ジェイミーたちはアーノルドとほぼ同じタイミングで、彼が考えていることと同じ結論にたどり着いた。アーノルドの視線が使用人のアニーの方を向いたとき、ニックは弾かれたように叫んだ。


「逃げろ! アニー!」


 慌てて忠告したところで、間に合うはずもない。手を伸ばせばつかめる距離にいるアーノルドから逃れることなど、教え子である騎士たちでさえ出来るかどうか疑わしいくらいなのだから。


 だがアーノルドが伸ばした手は、恐怖で硬直しているアニーを掴むことはなかった。


 アニーの隣に座っている青年、ダミアンが、彼女の体をひょいと横抱きにして立ち上がったからである。


 さすがに驚いたらしいアーノルドは、空振りした手をそのままに、寸の間動きを止めた。


 その隙にダミアンは、小柄な体のどこにそんな力があるというのか、アニーを抱えたまま身軽な足運びで避難をはじめる。使用人たちの中をひょいひょいと抜け出し、殺し屋たちの手が届かないところまであっという間に移動した。


 そっと地面に下ろされたアニーは、目を皿のようにしてダミアンを凝視した。


「ダニー、あんた一体……」


 ダミアンは真顔のままアニーの両手を強く握る。


「アニー、君の情報収集の才能には本当に惚れ惚れさせられたよ。芋の皮むきの腕だって見事だ。俺たち結婚したらきっと上手くいくと思うんだけど、どうかな。夫婦になった暁には君の望みを何でも叶えてあげるよ」

「……は?」


 あんぐりと口を開けて呆然と固まるアニー。手を握られているせいか、距離が近いせいか、頬がわずかに薔薇色に染まっていた。


「何だあれ、おい、何だあれ!」

「落ち着けよ」


 騒ぐニックをジェイミーがなだめていると、シェリルがニックに負けないくらいの大声を張り上げた。


「騙されないでくださいアニーさん! そいつはいろんな国で結婚しまくって、妻が十人くらいいるんですよ!」

「十人? 冗談でしょ?」


 ぽーっとダミアンを見つめていたアニーの目が、とたんに刺々しいものになる。

 ダミアンは忌々しげにシェリルのことを睨み付けた。


「余計なことを……。半分は仕事で結婚したんだよ」

「半分は本気で結婚したんでしょ」


 彼にとっては都合の悪い話なのか、ダミアンはシェリルの指摘をさらっと無視して、無理やりに話題を変えた。


「それにしても、ローリーとの交渉は本当に上手くいったんだろうな。お前が勝手に突っ走ってるだけなんじゃないのか?」

「ぐだぐだ言ってないで、とっとと仕事するわよ。ローリーの希望は二つある。人質を無傷で救うことと、シャウラ国の連中を生きたまま捕らえること」


 シェリルの言葉をきっかけに、人質として一ヵ所に集まっている者たちのうちの、三分の一ほどがざっと立ち上がった。そして呆気にとられている本物の使用人たちを取り囲むように、円になる。


 先程まで無力な人質だったはずの少年少女たちと向き合う格好になった殺し屋たちは、ようやく何が起こっているのか理解したようだった。


「冗談じゃない。スプリング家とやりあうなんて、聞いてないぞ」


 殺し屋の一人がそう言って、ほんの少し後ずさる。それを見てダミアンがやれやれとため息をついた。


「おーい、アメリア。逃げ道塞いどけ」


 どこに向かって叫んでいるのか。ジェイミーたちは怪訝な顔で辺りを見回す。


 シェリルとダミアン、それから人質を守るように立っているスプリング家の子供たちは、何もかも心得た様子で当然のように両手で耳を塞いだ。


 数秒後、何の前触れもなく、大きな音をたててテラスが爆発した。

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