表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/131

『永遠の誓い』

 身分の差という壁を越えようとした二人に世間は厳しかった。愛を貫こうとする程に、周囲の人間は愛の略奪者と化した。


 二人は逃げた。家族を捨て、友人を捨て、町を捨て、国を捨て、何もかも捨て去った今、どこの国とも分からぬ森の奥深くで息絶えようとしている。


 世の中の規則やしがらみから解放されたとき、そこに残るのは愛だけだ。


 男は女の手を握り優しく囁く。


「好きだよ、愛してる。この心臓を差し出しても構わないくらいに」


 女はつい先程まで蒼白であったはずの頬を染め、微笑んだ。


「愛しい人。愛の証明は必要ないわ。あなたの瞳が私を映しているだけで、心が満たされるから」


 二人はひしと抱き合ったまま、神のもとへと旅立っていった。






 すっきりと晴れた空の下、拍手喝采が辺り一帯を包んだ。先程死んだはずの二人は満足げな表情で生き返り、歓声に応える。二人の恋路をこれでもかと妨害していた親、親戚、友人たちも、笑顔で二人の隣に並び人々に手を振る。よく見ると、ヒロインを含む全ての女たちは皆綺麗に化粧をほどこした男である。




「素敵ねぇ」


 アメリアは頬に手を当てて、うっとりと呟いた。ふわふわした栗毛に、愛嬌のあるヘーゼルの瞳。舞台を見つめる横顔は、あどけなくもあり、妖艶さも併せ持つ不思議な魅力に満ちている。


「どこがだよ。くだらない」


 アメリアの隣で悪態をついたのは、ダミアンである。アメリアの容姿と瓜二つの彼は、舞台の上で手を振る役者たちを口元をひん曲げて眺めている。


 二人が見ていたのは、今巷で大流行している芝居、『永遠の誓い』だ。王族の男と庶民の女が、身分の違いに奔走しながらも永遠を誓い合い、駆け落ちするという物語である。


 その人気は庶民と貴族の垣根さえも越えるほどで、舞台を囲むように設けられた客席では、金やら宝石やらを身にまとった貴族たちが役者にねぎらいの歓声を送っていた。


 舞台に一番近い場所、アメリアとダミアンがいる立ち見席には、薄汚れた服を着た労働者階級とわかる者たちが溢れかえっている。ダミアンはつまらなそうに辺りを一瞥(いちべつ)すると、出口に向かってさっさと歩き始めた。


「ちょっと! ダミアン!」


 アメリアは急いでダミアンの後を追った。追い付くやいなやニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる。


「どうだった? 面白かったでしょ」

「ヘドが出る程つまらなかった」

「またまた」


 アメリアは無邪気に笑うと人差し指でダミアンの背中をつついた。


「本当は感動したんでしょ。私が感動したんだから、あんたも感動するはずだわ」

「双子だからって感性が同じとは限らないだろ。こんな芝居、賭けに負けたんじゃなきゃ絶対見に来なかった」


 ダミアンは悔しさを滲ませながら舌打ちした。二人は人混みを抜け、露店の立ち並ぶ大きな道に出た。アメリアは店先に並ぶ果物を物色しながらクスクスと笑う。


「自分の読みの甘さを呪うのね。私の言った通り、シェリルは王宮の使用人試験に合格したわ」

「どうせ王族にこき使われるだけの仕事だ。喜んでるあいつの気が知れない」

「あら、負け惜しみ? きらびやかな王宮での生活は女の子の夢なのよ」

「現実はそんなに甘くないさ」

「全く、素直になったらどうなの? 心配なら心配だって言いなさいよ」


 ダミアンは大きくため息をついて、アメリアに正面から向き合った。


「心配に決まってんだろ。そそっかしいあいつのことだ。いつか王族や貴族に対してヘマをやらかすに決まってる」

「まぁ、それはありそうな話だけど」


 アメリアは苦笑しながら頷いた。しかしすぐに明るい笑みを浮かべて見せる。


「でもほら、それをきっかけに見初められて、身分違いの大恋愛に発展するかもよ」


 ダミアンは顔を歪める。


「アメリア。お前、空想と現実の区別くらいつけろよな」

「絶対無いとは言い切れないでしょ」

「ない。絶対無い」

「ったく、頑固なんだから」


 アメリアはつまらなそうに足元の石を蹴り飛ばした。ダミアンは飛んできた石をひょいと避けると、人差し指を立てて得意気に語り出した。


「愛や恋ってのは、一種の幻覚だよ。あの芝居みたいに死ぬまで正気に返らないやつは、頭を打ったか危ない薬のせいでまともな思考力を失ったのさ」


 持論をとなえるダミアンに、アメリアは呆れ返る。


「雄弁ね。愛についての研究でもはじめるつもり?」


 ダミアンは満足したのか、アメリアの皮肉に応戦することなく足を踏み出した。アメリアも黙ってダミアンの背中を追う。二人の姿は、賑わしい人混みの中に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ