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外法使い  前編

 働くなら、一流の職場がいい。

 それだけの技術が俺にはあるし、どこにその技術を提供したかということも、箔付けには必要なのだ。 だから、技術は安く売らない。

 俺の提供する技術は、この業界では『外法』と呼ばれ蔑まれる。

 身を削る様な修行をしたり、何百年もかけて特殊な血統を作ったり、そういった正統派の技術と比べると、お手軽に見えるからだろう。

 なにせ、この方法論は俺が独自に開発したものだから。ぽっと出のイカサマ野郎に見えるのだろうよ。

 俺は、『外法』と吐き捨てられても気にしない。

 職場を選び、相手を厳選し、高く売りこむ。

 俺に欠けているのは、この業界で重んじられる『伝統』と『格式』。

 価値は自分で付与するしかないのだ。

 え? 何の職業なのかわからない?

 職業安定所や求人広告には決して出ない仕事だよ。

 『鬼』さ。

 俺は『鬼』を狩るプロの退魔師だ。



 ついに、ここまで来たか……という実感があった。

 右を見ても、左を見ても、曲がり角が見えない壁。

 黒々と聳えたつ門。

 なんとまぁ、時代劇の大名屋敷みたいな冠木門ときたもんだ。

 警備会社風の制服の衛士が二人。

 アホみたいな顔して、門を見上げている俺には目もくれない。

 門は、当然ながら、霊的な防備がなされていると思っていいだろう。

 ここは日本最古の退魔師と言われる当麻家の総本山なのだから。

 衛士だって、果たして見た目通りの人間なのか、疑ってかかった方がいい。

 問題は、これがテストなのか、通常業務なのかということ。

「ここを通過できない程度の者は、去れ」

 ……とか、弱い者いじめをしそうだからな。お高くとまった家は。

 でもまぁ、やっと超がつく一流どころから声がかかったのだ。ひと暴れするのも、一興。

 俺は、スーツの内ポケットから、一枚の横十センチ縦二十センチの札を一枚抜き出す。お札と同じ、和紙で出来た札だ。

 これには細かい紋様がびっしりと書かかれていて、この業界では呪符と呼ばれる代物だ。

 呪符は、土地を清めたり結界を張ったりする際の補助具として使われるのだが、俺は自分自身に使う。自らが結界であり、受呪する対象となるわけだ。

 これが『外法』と呼ばれる所以ゆえんである。

 呪符の力は強力だが、指向性がない。敵だろうが味方だろうが、等しく効果を及ぼす。

 だから、業界の古参たちは、限定した使い方しかしない。暴走のリスクを避けるためだ。

 俺は違う。新規参入のベンチャー企業みたいなもの。怖い物も、失う物もない。

 ついでに言うと、修行している時間もない。

 床の小石を空中に浮かせるために、死ぬような荒行を何十年もするほど気は長くないのだ。

 呪符をペロリと舐めて唾液で濡らし、額に張り付ける。

 ほんの一瞬だけ、世界全体が揺れたような感覚があり、見えなかったモノが見えてくる。

 呪符のエネルギーが俺に流れ込んだ証拠だ。な? お手軽だろ?

 冠木門は『巨大な化け狐』に、衛士は『直立した犬』に、俺には見えた。

 やっぱりね。コイツは、巧妙に編まれた『犬神使い』の『死のあぎと』と呼ばれる術式だ。

 何も知らず門に近づくと、バクリと首を喰いちぎられるということ。

「さすが、平安の昔から続く御家は、やることがえげつないですなぁ」

 そんな言葉を、思わず呟いてしまった。正直に告白すると、俺は少し怯んだのだ。

 馬鹿正直に門に近づいていたら、死んでいるところだった。

 命がけのテストとか、何様だ? という反感もある。

 力技で推して参るという選択肢もないわけではないが、俺のプレゼンテーションも兼ねて、ここはスマートにくこととする。

 別の呪符を内ポケットから取り出し、縦に二回、横に二回、引き裂く。

 九枚の紙片が出来たわけだ。

 それを左の掌に載せ、ふうっと吹いた。

 ひらひらと舞った紙片は、地面につくと、ハンサムな俺と同じ姿を形成する。


『身代わり九ツ』


 衛士の化けた犬と、門に化けた狐は、軽いパニックになったようだった。

 一斉に九人の男が門に殺到したのだ。

 だが、さすがに当麻の門の一つを守る術式だ。

 俺が作った幻影は、わずか十秒ほどで全滅してしまっていた。

 個々は、プロの格闘家なみの動きをするよう、プログラミングしていたのだけどね。

 当麻の門、おっかねぇよ。

 幻影が稼いだ貴重な十秒の間に、門をすりぬける。

 一体でも幻影が残っていれば、呼吸を止めている限り、狐や犬には俺の姿は見えない。

 ギリギリだったがね。小走りで通過してよかった。

 

 門を通過したのはいいが、まるでここは自然公園の中だ。

 鬱蒼とした森。そこを貫くように、舗装道路が走っている。

 どこかにある屋敷の姿は見えない。

「ここ、東京都新宿区だよな……」

 こんな広大な敷地、グーグルマップでも表示されないし、ストリートビューでも見たことがない。

 何かの術式で、空間が歪んでいるのかもしれないけど、俺には想像もつかない。見当すらつかない。

 真に高等な術式とは、それと悟られないもの。

 風が吹くように。

 花が咲くように。

 水が漣むように。

 蝶が舞うように。

 自然に溶け込むものなのだ。

 いやはや、まさかこの新宿で遭難するとは思わなかった。


 ポンポンポン……


 分厚い肉と肉が打ちあわされる音がする。

 俺は念のため、ムコロジの実を脇ポケットから一つまみ出して、地面に撒く。

 数珠などに使われる素材だ。

 こうした自然素材は、経験では術の通りがいい。

 まぁ落花生でもいいんだが。食べちまって、肝心な時に無いなんてことになりかねない。

 千葉の落花生は最高だ。大袋で買っているよ。


「あの術式の門を鮮やかに通過されましたね。お見事です。セキュリティ上の欠陥も露呈しました。さっそく、生かしておきましょう」


 ポンポンという音は、拍手だったらしい。

 セグウェイに乗って、颯爽と登場したのは、大型冷蔵庫に手足をつけて背広を着用させた様な人物だった。


「私は、当麻家の使用人の一人、斎藤と申します。新堂小太郎様をお迎えにあがりました」



 微速前進するセグウェイと並んで歩く。

 何か目印でもあるのか、斎藤は不意に曲がったり、しばらく立ち止まったりする。

 俺は黙って従う。

 なんとなくわかった。

 これは『道切りの呪法』を順番に解いているのだ。

 決まった手順で動かない限り、目的地へは永久に辿りつかない。

 かなり高度な術式だった。

「何も聞かないんですね」

 斉藤が人のよさそうな声で言う。

「聞いたら答えてくれるのかい?」

 俺の返しに、ふっふっと斎藤が笑った。

「質問によりますね」

 真似してふっふっと笑いながら

「忖度しながら話すのは、面倒臭いんでね」

 と嫌味を言ってやる。

「なるほどね」

 特段気を悪くした風もなく、それだけを言って、斎藤は口を噤んだ。

 俺のクライアントは、『偉いさん』が多い。

 くいっと首を動かすだけで、人々が平伏したり、小便もらしたりする類の連中だ。

 まず、俺がやらなければいけないのは、そいつの鼻柱を折ること。

 奴らの世界では奴らが王様なのだろうが、こっちフィールドに来たら俺こそが『絶対』だと教えなければならない。

 呪いが顕現したり、式神が送り込まれたりしたら、俺たちの業界の技術がなければ、対抗できないのだから。

 その癖で、つい皮肉な口調になってしまったが、まだ契約していない段階で、これは不味かったかと反省した。

「ごめんね」

 一応、声に出して謝罪してみる。

 斉藤は「何が?」という顔を俺に向けただけだった。本当に気にしていないのだった。

 くそ、謝り損だ。


 たっぷり三十分程もくねくねと歩いて、やっと『道切の呪法』を脱したらしい。

 田園風景の中、『龍の子太郎をモデルにしたアニメーションのオープニングが印象的な、日本の昔話を集めたアニメ番組』の中に出てくる庄屋様の家みたいな、大きく古い日本家屋が出現した。

屋根は、茅葺かやぶき屋根。

 庭に黒塗りのワンボックスカ―が停まっていなければ、タイムスリップでもしたかと思わせる風景だった。

 もう一度確認するけど、ここ東京都新宿区だよな?

 セグウェイを降りた斎藤が、俺を玄関に導く。

 障子張りの引戸があり、古民家をつかった旅館みたいに広い土間があった。

 ガラスとか、ステンレスとか、そういった人工物が見当たらないのは、やはり霊的な防備のためなのだろう。

 俺が、『インスタント防御結界』にムクロジの実を使う様に。

「もともと、京都にあった家屋を移設したそうです。明治元年に」

 俺を案内しながら、斎藤が問わず語りに説明する。当麻家は時の権力者と結ぶ。京都から東京に移ったのは、当たり前といえば当たり前だ。

 床は磨き上がられて、ピカピカだった。

 梁も柱も太い。

 欄干には、見事な彫刻が施されている。

 濡れ縁は開け放たれていて、枯山水の庭が見えた。

 カエデの木などが見えているから、紅葉の季節など、多分美しいだろうなと思う。

「それでは、こちらでお待ちください。乳母様が参られます」


―― いきなりかよ


 柄にもなく緊張する。

 『当麻の乳母様』といえば、代々武神を身に宿す家系。当麻の最強伝説の一翼を担っている存在じゃないか。

 俺は、手にした錦の袋を右側に横たえ、正座して待つ。

 錦の袋の中には白鞘の長ドスが入っている。俺の得物だ。

 礼法を無視して左側になんぞ置いていたら、そっ首刎ねられてしまう。

 襖の開く音。

 見なくてもわかる。『当麻の乳母様』が来たのだ。

 さぁっと腕に鳥肌が立つ。

 なんという濃厚な殺気。

 巨大な虎がそこに蹲っているかのようだった。

 座布団から滑り落ちて、平伏する。

 眼など向けない。

 恐ろしすぎる。

 なんせこの方は、おれの唯一の師匠、望月一刀流十七代目宗家 望月もちづき 銃兵衛じゅうべえ の更に師匠筋にあたる方なのだ。つまり、俺は孫弟子というわけだ。

 『鬼を喰らう鬼』と呼ばれた、現代の剣豪たる師匠が、唯一恐れるのが、この方。

 くわばら、くわばら……

 

「そう畏まらずともよい」

 声がかかる。しわがれているが、良く通る声だった。

 俺は一層深く頭を垂れ、恐縮の態を見せないといけない。

 ここで「はいそうですか」と、顔を上げると無礼になる。

 面倒臭いが、しょうがない。それが『格式』とかいうモノなのだ。

「よい、面を上げよ」

 再び声がかかる。

 ここで、目を伏せたまま、恐る恐る頭を上げる。

 二度言って、まだ従わないと、逆に無礼になる。

 ああ、面倒臭い。面倒臭い。面倒臭い。


「おお、銃兵衛に鍛えてもらっていた、わっぱか。大きうなった。よい男ぶりじゃ」


 優しげな声。当時は一瞥されただけだが、俺の事を覚えていたというのか。

 それにしても、師匠を呼び捨てとはね。

 まったく、肝が冷える。


 ようやく眼を向ける。

「乳母様、お久しうございます」

 いやいや、殆ど記憶にないけど、俺はそう答えていた。


===(後篇に続く)


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