欠格者の烙印(前編)
『午馬の誓』という言葉がある。
今でこそ『御五家』の一角として日本を霊的に守護する尊い家柄と言われるが、元は呪殺を生業とする呪術集団が午馬一族だった。
もともとは陰陽寮の様に、やんごとなき筋のため呪術を振るう者たちだったが、いつの頃からか専ら呪殺を行う様になっていたのある。
転じて、金さえ払えば誰でも殺す暗殺に手を染め、これを危険と判断した当麻家に討伐された。
以来、午馬家は当麻家の監視下に置かれ、当麻家の退魔行を補佐するという名目で、存続を許されたという経緯があった。
ゆえに、午馬家には、様々な規制がかかる。
『午馬の誓』はその一つで、呪術を学び始めるにあたり、それを……
「鬼討ちにのみ使役します」
……という誓約なのだった。
俺は、その誓約を破り、欠格者の烙印を押された男なのである。
大戦末期、徴兵で日本の成年男子が次々と出征する中、午馬はその家柄の特殊性から勤労労働も徴兵からも免除され、予科練がある茨城県霞ヶ浦周辺に疎開する準備が進められていた。
主筋にあたる当麻家では、日本の敗戦は確定事項になっており、その戦後の処理をどうするかが、時の権力者との間で話し合われていたらしい。
そんな中、俺は御家の反対を押し切って志願兵となっていた。
午馬家の者を平兵士とするわけにもいかず、陸軍省は俺を士官候補生とした。
一九四四年(昭和十九年)一月。学徒出陣の若者に交じって士官教育を受け、俺は独立性の高い『狙撃兵小隊』の指揮官に任命された。歴戦の第四十一歩兵連隊が俺の任官先だった。
出征先はフィリピンに近い南方戦線だったが連隊本部は俺の扱いに困ったようで、ミンダナオ島にある支所でずっと待機を強いられていた。
おそらく、陸軍省の上層部に午馬家から圧力がかかったのだと思う。
俺は午馬家の長男で、次期当主とされていたからだ。
訓練もそこそこに最前線に送られる部隊が多い中、俺と俺の小隊は陸軍のどの部隊より長く訓練を重ねた部隊だっただろう。
特別扱いの嫉妬もあり『宮様小隊』と揶揄された俺の小隊は、実戦経験こそなかったが、間違いなく精兵に育っていた。
過酷な訓練を強いたから。
後方勤務で楽させてもらっている分、いつ前線に出てもいいように、通常の数倍の訓練を繰り返していたのだ。
戦争は激化の一途をたどり、我々『狙撃兵小隊』を遊ばせておく余裕はなくなっていた。
六十人の狙撃兵は二人一組で各戦場に潜伏し、かなりのスコアを上げる。
友軍からは、その精密射撃の腕前から『針の眼』と呼ばれた。前線指揮官を討ち取り、度々苦戦する友軍を救ったことから『戦場の守護神』とも。
米軍からは、いつの間にか現れ、死体を残していつの間にか消えていることから『ファントム』と呼ばれていたらしい。
そして、敗戦。
俺たちは、武装解除して米軍に投降し、捕虜として第十二キャンプに送られた。
米軍の捕虜の扱いに関しては、酷いものだった。
日系人というだけで、アメリカ在住のアメリカに帰化した日本人ですら、土地や財産を奪って強制収容所に送る様な非道な国だ。
ましてや、敵国兵士。
虐待や意図的な待遇改悪など日常茶飯事。
特に、怯えさせられた『ファントム』への憎悪は激しく、ジョン・クリントン中佐が指揮する第十二キャンプは『食肉工場』と仇名されるほど酷かった。
狙撃兵に戦友を殺された兵士が、我々を引きずり出して殴る蹴るの凄惨なリンチを加える。
食事にタン唾を吐かれる。
それを、ジョン・クリントン中佐が黙認するどころか、自ら参加したりしたものだから、虐待はエスカレートしてしまう。
米兵らが始めたのは、捕虜をわざと脱走させて、ハンティングをする遊びだった。
隊内でコンペをして、優勝者には賞金が出たりしていた。
部下が、まるで家畜の様に殺されてゆく。
俺は、我慢がならなかった。
殺された兵士が煮られて骨だけにされ、その頭蓋骨がタン壺にされ、大腿骨がナイフの柄にされているのを知り、俺はついに一線を越えてしまったのだ。
「死してなお辱めるか、外道!」
身を焼くほどの憤怒にかられ、収容所の獄卒どもを呪殺してしまったのである。
一人虐待死されると、まず特に酷い三人を殺した。全部事故死か病死だ。
フォークを咥えたまま、食堂で飲み物を取りにいった兵士が「たまたま」転んで「たまたま」喉の奥をフォークが貫通したり、寝床に「なぜか」毒蛇がいたり、百メートルも離れていない場所に散歩した兵士が「不思議なことに」帰り道が分からなくなって遭難死したりした。
次に誰かが殺された時は、四人殺した。
次は五人。
このあたりから、米兵たちが気味悪がるようになり、虐待の手は緩み始めた。
収容されている日本兵が、俺が呪殺を行っていることを薄々気が付いていて、呪術道具の調達や隠蔽に協力してくれていた。
呪殺は法で裁けない。
MPによる詮議が行われたが、拷問まがいの尋問を行ったMPが奇妙な事故死をするに至り、我々の本国送還が決まるまで、虐待はぱったりと止まった。
「次は自分が死ぬのではないか?」
と、怯えていたクリントンの糞野郎は送還前夜に殺してやった。
全裸で銃を乱射し、MPに射殺されるという最後だったようだ。何か、恐ろしいモノでも見たのだろうね。
友軍兵士を救うためとはいえ、俺は誓約を破った。
俺は、許されざる『穢れ』になってしまった。
だから自分で自分自身に『欠格者の烙印』を押し、市井に紛れる道を選んだのだ。
俺はそのまま家には戻らず 午馬 大輔という名前も捨て、 弟の 忠に家督を譲る旨だけを伝え家を出たのである。
現在は、江戸川の畔で密造酒を造って闇市に流す非合法な仕事をしているが、戦後の東京はそんな混乱のるつぼになっていた。
第十二キャンプの捕虜だった兵士に、多摩で酒造会社の次男坊がいて、飼料として卸す酒粕をタダ同然で俺に流してくれていた。
それを俺は蒸留し『カストリ』と呼ばれる密造焼酎を造っていたのだ。
道具は、その酒造会社の中古品を譲ってもらった。
事情はおそらく生還した息子から聞いていたのだろう。
カストリ密造者は、まっとうな酒造にとって敵であるはずなのに、杜氏を派遣して基礎的な蒸留酒の造り方などを指導までしてくれたのである。
酒は売れた。
絶望に染まった東京では、酒に逃げる者も多かったのだ。
俺の噂を聞きつけて、元・部下が集まってきた。
彼らに少ないけれど給料を払える程度には、この非合法な仕事は軌道に乗せることができていた。
「給料の多い少ないではない」
元・部下たちはそんなことを言う。
くわしい午馬の話をしていないが、彼らのために俺が何か大きなものを捨てたと、本能的に理解していたのだろう。その恩に報いるつもりなのかもしれない。
今は、誰もが絶望に打ちひしがれている。
まず自分の事を優先しろと言っても、いう事を聞く連中ではなかった。
日本には、この時期色々な犯罪者が跋扈した。いわゆる火事場泥棒だ。
大陸から渡ってくる黒社会の連中。
半島から渡ってくるチンピラヤクザ。
もとから日本にいる暴力団。
GHQの米兵もやりたい放題の乱暴狼藉ぶりだった。
俺たちがバラックで工場を造ったのは、江戸川の畔。
この周辺には、戦前から畜産農家がいたのだが、ここらを縄張りにした半島のチンピラヤクザが、畜産農家を襲い家畜を強奪する事件が多発していた。
家畜の肉や臓物は、捌かれて闇市に流され、彼らの資金源になる。
おかげで、江戸川区の畜産農家は壊滅してしまった。
警察に訴え出ても、なにも出来ない。
警察官は武装解除され、刃を潰したサーベルしか持っていない。
対して半島ヤクザは、旧日本軍の備蓄倉庫を襲って拳銃やライフルで武装している。
取り締まりに来た警察官が、銃を突き付けられ、ボコボコに殴られ、サーベルをへし折られ、江戸川に叩きこまれるのを、俺は目撃したことがあった。
逮捕された仲間を救い出すべく、半島ヤクザが警察署を焼き打ちした事例も、狛江あたりであったらしい。それで、拘留されていた仲間を助け出したのだ。
MPは見て見ぬふり。
米兵による、暴行傷害事件も多発しており、若い女性はレイプ被害に遭っている。
女学校にまで不逞米兵が押し入って、女生徒を拉致して狼藉に及ぶ笑えない事案もあった。
取り締まるはずのMPは、『兵とメスジャップの自由恋愛』ということで、取り合ってもくれないそうだ。
俺たちの事業が軌道に乗ったのを見計らって、ちょっかいをかけてきたのは、半島ヤクザだった。
ここで事業を続けたければ、手数料を払えと脅してきたのだ。
こうやって、勢力を拡大してきたのだろう。
逆らえば、徒党を組んで乱暴狼藉に及ぶ。
江戸川の農家は、軒並みこれでやられた。
ただ、彼らの計算違いだったのは俺たちが全員、高度に訓練された特殊部隊出身者だったこと。
俺は二度と敵には屈服しないと誓っていた。
敗者がどのような目に遭うのか、見てきたのだ。
狭い事務所で、怒鳴りちらして脅かす半島ヤクザが、少しも怯えを見せない俺たちに、違和感を覚えたその瞬間、この馬鹿の首は真後ろを向いていた。
俺が、コイツの顔を掴んで、思い切りひねったのだ。
同行の半島ヤクザがナイフや拳銃を抜こうとしたとき、全員が地べたにはいつくばっていた。
同席していた工場の従業員に投げられ、脚を蹴り折られ、急所に拳を叩きこまれていたのだ。
コイツラは、弱い奴にはめっぽう強く、強い奴にはめっぽう弱い。
交渉に来た幹部の脛骨は粉砕され即死した。奴の部下は両手両足の骨を全部折られていた。
半島ヤクサどもは、情けないことに、失禁しながら命乞いをする始末。
それを、配達の三輪トラックの後ろにつないで、奴らのアジトまで引きずってゆき、彼らの事務所の前に捨てた。
地面に磨り削られて何人か死んだようだが、コイツらに酷い目に遭わされてきた近隣住民は見て見ぬふりを決め込んだ。
巡邏の警官ともすれ違ったが、その巡査はニヤリと笑っただけで、目をそむけただけ。
これは警告だ。
俺たちに手を出したら、タダでは済まないという警告。
誇りを傷つけられ、家畜の様に殺されるくらいなら、死に物狂いで戦う。
当然、報復の危険性はあった。
斥候を放ち、敵を偵察し、先手を打つ。俺たちにとっては普通のこと。
ジャングルが市街戦に変わっただけだ。
「午馬中尉殿、来客です」
半島ヤクザとのにらみ合いが続く中、第四十一歩兵連隊の生き残りの一人、元・軍曹の佐竹が帳簿をつけている俺の横に来て囁く。
爆弾の破片で顔の右半分が焼けただれてしまっっていて、そのせいで復員後も就職できなかった男だった。見た目が恐ろしい男だが、彼の怖さは忍び寄る能力とナイフ。彼は凄腕の斥候兵でもあった。
「おい、『中尉』はやめろ。それに俺はもう『午馬』でもない」
困惑の表情が佐竹の顔に浮かぶ。こんな様子は珍しい。
普段は、負傷した右半分を視界から隠すように、顔をそむけて話すのだが、それすらも忘れている。
「女学生さんです。午馬中尉殿に合わせろ……の一点張りで、帰らんのです」
よほど肝の据わった者でも、一睨みで言う事を聞かせる佐竹が、困り果てるとは、どんなお嬢さんか、少し好奇心が湧いた。
残りの帳簿点けを片付け、応接室代わりにしている部屋に向かう。
ここは先日、半島ヤクザを叩きのめした場所だ。
ガタガタなるガラスの引き戸を開けると、安っぽい革のソファーに腰かけた小柄な女学生の姿が見えた。
真新しいセーラー服。
折り目のくっきりとしたプリーツスカート。
黒いストッキングを着用しているところを見ると、裕福な家の子だろう。
黒革靴がピカピカに磨かれていた。
なぜか、スカーフは喪章の様な黒。
セーラー服の襟の白線ばかりが白い。
眉の上で切りそろえたおかっぱ頭。
意志が強そうな太い眉の下に、切れ長の眼。
鼻梁は高く、猛禽の嘴を思わせた。
床に立てて、両手で支えている布包は、刀か?
なるほど、強面の佐竹が気圧されるわけだ。
まるで、こっちを射抜くような、怒りが詰まった眼光。
だが俺にはその瞳の奥に「悲しみ」が見える。
「どうも、私は……」
咳払いして、自己紹介をしようとして、遮られた。
「知っています。あなたは、欠格者・午馬 大輔。しかし、その欠格処分は、一時保留となりましたので、臨時ではありますが、私の指揮下に入ることになります」
ずいぶん、高圧的なもの言いだ。
気に入らないね。
「お引き取り願いたい。自己紹介もしないやつとは、交渉もしませんのでね」
せせら笑いながら、そう言ってやる。
俺が「欠格者」と知っているということは、当麻家か午馬家の関係者だろうが、もう俺はあの世界とは関係ない。
「私は当麻の乳母。名乗ろうにも名前がありません」
なに!? 当麻の乳母様だと? そんな大物が、わざわざ欠格者に合いに来たというのか?
だが、乳母様は中年女性だったはず。こんな小娘であるわけがない。
「正確には『乳母見習い』ですね。現乳母様が体調を崩されたので、私が出張る事になったのです」
俺の疑念が顔に出たのだろう。
この小娘は先読みして言った。頭の回転はいいらしい。
当麻の乳母が体調を崩すなど、『鬼の霍乱』という言葉でも生ぬるい。
天変地異級の緊急事態じゃないか。
「処理すべき特殊事案が多すぎるのです。憎しみと絶望が渦巻いた巷では、アレが跋扈するものですから」
なるほど、それでこの娘のような『見習い』も投入しなければならなくなったわけか。
家督を譲った弟の忠の顔が浮かぶ。
あの野郎、厄介事を俺に押しつけやがったな。
「事情はなんとなく分かりましたが、こっちは目下問題を抱えてましてね。世界を救う前に、自分を救わないといかんのです」
トントンと箱に叩きつけて葉を詰まらせた両切りの『ラッキーストライク』を咥えながら、生意気なお嬢さんに言ってやる。
パッケージの印刷で使う緑の顔料に鉄が含まれており、その鉄を軍需工場に寄贈した関係で『ラッキーストライクの緑は戦場に行きました』とかいうクソくだらない謳い文句で有名なクソ不味いアメリカのクソタバコだ。
そのクソ不味いタバコを咥えた瞬間に、パチっと空気が弾けてその先端に火が付く。
午馬一族は『式神』を使役する呪殺師の流れ。
タバコに火をつけたのは、俺の能力の悪用。もちろん『午馬の誓』の明確な違反行為である。
一族は管狐を使役する者が多いが、俺は雷獣を使う。
その雷獣を使ってタバコの先端に小さな雷を落雷させたのだ。
ちなみに俺に代わって午馬の家督を継いだ忠は迦具土という火を神格化したものの力の破片を具現した少女を従えている。
雷獣も迦具土もかなり力が強い『式神』だが、契約するのが難しいうえ制御が難しい。
例えば臨時で家督を継いだ忠だが、彼奴の『式神』は悋気が強いので、恋愛も結婚も出来ない。従って、弟が出来て無事に成長したら彼もまた家督を譲る事になる。
強い力の代償の一部だ。管狐以外の契約者は、寿命が短いとも言われている。
少女は、露骨に嫌な顔をして、漂う紫煙をはたはたと手で仰ぐ。
それでも俺は、タバコを消さなかった。
これは、この小娘への嫌がらせなのだから。
はらはらした面持ちの佐竹を尻目に、俺と小娘の睨み合いが続く。
やがて、乳母見習いである小娘がため息をついた。
「わかりました。大事の前の小事は、私が問題解決に協力しましょう。帝都……いや、今は東京ですね……内部限定で、私は規制解除されていますから」
当麻の乳母は、当麻一族の監査機関。
あの出鱈目に強力な一族を制御・断罪する力があるということは、乳母も出鱈目に強力ということ。
そのため『午馬の誓』と同様、普段は規制をかけられている。
それが、都内限定とはいえ、無制限に解除だと? どんな大災厄が放たれているというのか?
「魔剣『鬼包丁』が、『物部の蔵』に移送される途中で逃亡したのです。その追討使に私が選ばれました」
最悪だ、本当に最悪だ……。『鬼包丁』といえば、超特級の危険物じゃないか。しかも、御五家でありながら、信州に引きこもっている物部一族まで絡んでいるとは。
噂では聞いたことがある。『鬼包丁』とは、所有者を純粋な願望の結晶体に変える呪具にして、斬れぬ物はないと謳われる魔剣。
これを鍛造したのは鬼と化した刀工で、最後の『焼入れ』は、愛娘を刺し貫くことで成したと言われる穢れた刀。
「それを『神』として祀ることで、封印したと聞いたが?」
「空襲で、これを封じていた神社が焼けたのです。それを、不逞米兵が盗難し、その米兵が憑かれてしまった。物部家が回収のために専門家を派遣したのですけど、その到着を待たずに、また別の者が憑かれてしまったらしく、GHQ内に作られた一時保管場所から消えたのです」
怨嗟の声が満ちる東京。呪具もそれで強化されているのかも知れない。
たしかに、半島ヤクザに構っている暇はないな。
「専守防衛と思っていたが、仕方ない。皆殺しにする。どうせ、生きていても迷惑しかかけん連中だ」
俺の物騒な言葉に、表情一つ変えず少女がコクンと頷いた。
佐竹らが、助力すると言うのを断って、乳母見習いと俺で江戸川沿いを歩く。
空は青く入道雲。
蝉しぐれが降っていた。
「蝉の声は、命を振り絞った恋歌なのです」
まるで、独り言のように乳母見習いの少女がつぶやく。
あたかも天上の音楽を聴いているかのように目を細めながら。
当麻の伝説に組み込まれている『乳母』という存在。
それが、まるで少女のようなセリフを言う事に俺は戸惑っていた。
「見えます。あれが本拠地ですね。悪い『氣』が立ち上っています」
歩きながら、乳母見習いの少女が、左手に下げた布包を解く。
それを丁寧に畳んでポケットに仕舞うところは、年頃の少女っぽい仕草で、見ていて調子が狂う。
布包で大事に保管されていたので、どんな名刀が現れるのかと思ったら、それは予科練を卒業した成績優秀な学生に支給される大量生産品の軍刀だった。
見習いとはいえ、乳母ならばどんな名刀でも手に出来るはずなのに?
「悪しき者ども。我、死して護国の鬼とならん」
当麻にとって、忌言葉である『鬼』という単語を「モノ」や「アレ」と変換もせず、平気でつぶやき、少女が抜刀する。
ピイィィィンと空気が鳴る程の、迸ばしらんばかりの清冽な『氣』が少女を中心に放射状に広がる。
―― これが、乳母の断罪の力……
「ええい『乳母見習い』では呼びにくい、何と呼べばいい?」
「私の事は『巴』と」
そういいながら、官給品の軍刀を構える。
高く鋭い八相。あれは、たしか示現流の『トンボの構』。
裂帛の気合いが、巴と名乗った少女から発せられ、『進駐軍』と書かれた看板ごと、鋼鉄製の門扉を一刀両断する。
半島ヤクザは、勝手に「戦勝国の兵士である」と嘯き『進駐軍』を詐称して、一般市民に乱暴狼藉をするばかりではなく、警察を襲撃したり、旧陸軍の備蓄倉庫を襲ったりするテロ集団であった。
GHQの憲兵隊と市街戦をやることまであったのである。
少女が門扉を蹴り破って、敷地内に入る。
俺は、背後を振り返った。
キラッと鏡の反射。誰かが俺に合図を送ってきたのだ。
案の定、狙撃兵がこの半島ヤクザの事務所を見下ろす位置についているらしかった。
ついて来るなと言ったのに、仕方のない奴らだ。
巴は止める間もなく、ズンズンと事務所に入ってゆく。
「くそ! 段取りも何もあったモンじゃねぇぞ、あのじゃじゃ馬!」
仕方なく俺は、巴に続いて事務所の中に駆け込んでいった。




