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トンネル

「22時15分。帰り着くのは12時か」


 仕事を終えた“エージェント”国東ジョーは帰るべく愛車を走らせていた。黒のフェラーリ。その機能は、スパイ映画のトンデモ車にも劣らない特別仕様だ。1100馬力というエンジンのパワーもさることながら、スマートな車体からは想像できない収納の多さ、さらには対戦車ライフルでも貫通できないほどの強度を持っている。


「次の仕事は入ってるか?」


『ノー。更新はありません。次の仕事は、予定どおり来月のシリアでの諜報活動となっております』


「サンキュー、イリーナ。タバコを頼む」


 ハンドル横からタバコが一本差し出される。ジョーはそれを受け取り、その隣から差し出されたジッポで火をつけた。

 この車の最たる機能はこの人工知能“イリーナ”である。ジョーの自宅とも繋がっており、仕事のほとんどをイリーナから行えるほどの機能を持っている。何より人間らしいイリーナは、常に一人で行動するジョーの大切なパートナーだった。


『ジョー、食事をとりましょう。ホットドックが車内にあります。よろしければ調理を開始いたしますが』


「頼もうかな」


 イリーナには数日分の食料を入れてある。もちろん食材はジョーが補充しているのだが、調理をして出してくれるのはイリーナだ。


『この先、10分ほどトンネルです。運転にはお気をつけください』


「はいはい」


 ジョーは仕事柄勘違いされがちだが、決して孤独を好むタイプの人間ではない。人は好きだし、誰かといることの安らぎも知っている。ただその職業故に、人間関係を希薄にしないといけないだけなのだ。

 そんなジョーにとってイリーナは、唯一心許せる相手であり、たとえ人工知能といえども家族であった。だから休日にはよくドライブをした。


「美味いな。さすがだイリーナ」


『当たり前です』


 こんな態度で話せる点が、イリーナの人間臭さを出していて、ジョーにとってはとても好ましかった。


「トンネル長いな」


 暗く、長いトンネル。延々と続く壁を見ていると、なんとなく億劫だった。その性格からか、ジョーは昔から狭い空間はあまり好きではない。闘いに生きる人間として、閉じ込められると暴れたくなるのかもしれない。


ごうん


 トンネル内に鈍い音が響いた。そして、それに続いて大きな振動。


『地面の揺れを感知。スピードを落としてください。周辺の地震情報を調べます』


「……いや、違うな。恐らくトンネルのどこかが崩落した。そして、始めの音は爆発音だ。それも前後から一発ずつ」


 ジョーの判断は正しかった。先ほどの音はトンネルの出入り口が爆発物で崩落した音だ。


『国防大臣とアメリカ大使の空港からの移動ルートと合致しました。恐らくこのトンネルを通過するのは現時間の前後10分と予想されます。これを狙ったテロ行為の可能性が高いです』


イリーナがすでにジョーの推測から、国のネットワークからの情報を引き出していた。


「仕事が早いね。しかし、失敗だったな。失念していた。巻き込まれちまったわけか」


 国防大臣とアメリカ大使の会談は、一般でも多く報じられていたことだ。今日だと忘れていたが、それに移動ルートがそれと重なるとは運がない。

 前に停車した車が見えた。ジョーもゆっくりとスピードをおとした。

目の前の車の運転手は、車を降りてケータイをいじっている。


「降りるぞ。ロックして警戒モードだ」


『了解いたしました。お気をつけて』


 イリーナから降りたジョーは何も知らないフリをして、目の前の男に声をかけた。


「すいません、この状況はいったい……」


「あ、どうも。いや、私もわからないのですよ。あの先、見えます?崩落があったようで、立ち往生ですよ」


 男の指を指す方に目を向けると、幾つかの車が列をなしていた。時間帯もあり、それほど車の通りは多くなかったが、それでも20台は止まっているように見える。恐らくジョーたちの後ろにも何台があるはずだから、少なくとも50人は閉じ込められているかもしれない。


「困りましたね。閉じ込められてなるとなれば、救助を待たないといけないし……」


「え?お兄さん、どうして閉じ込められたと思っているんですか?後ろは崩落してないのでは……」


 失言だ。


「あ、いえいえ。自分は後ろが崩落したのを見たんですよ。前も崩落しているのなら、閉じ込められたことになるなと」


「なんだって!本当ですか?うわー困ったな」


 は後ろが大丈夫だと思っていたから、今まで落ち着いていたのだろう。その望みが消えると、途端にうろたえ出した。


「じゃあ、前の人たちにバックしても無駄だって教えないといけませんね。救助早く来ると良いんだけどなー」


 別にそんなことする義理はないのだが、まあ、この状況では情報収集が大切なのは間違いない。他の人間に接触する必要はある。


「あ、自分は斉藤です。よろしくお願いします」


 突然、その斉藤と名乗る男は自己紹介してきた。正直、あまり人と深く関わりたくはないのだが、心証を悪くするのもよくないだろう。


「高砂です。よろしく」


 もちろん偽名だ。


「高砂さんですね……。あ、前に人が集まってますよ」


 崩落した岩盤の近く、数十人の人が集まっていた。うちの何人かは石をどけようと動き回ってるように見える。


(無駄だな。体力を消費するだけだ)


 先ほどの爆発音。あれは並の火薬量ではないはずだ。恐らくTNTが幾つか使われている。何の装備もなしに退けられるような崩落ではない。むしろ、崩れた岩でけが人が出るだけだ。


「あ、岩を退けてるみたいです。手伝いに行きましょう」


 ジョーの思いをよそに斎藤は先にいた人々の元に走っていった。だが、こちらも付き合ってやる義理はない。ジョーは携帯を取り出して、イリーナに接続した。


「イリーナ、このトンネル脱出できるルートはあるか?」


「申し訳ございません。通信状況があまり良くないようで、もしかしますとジャミングの可能性があります」


「用意周到だな。そうなるとケータイも使えないだろうし、助けもそうそうこないだろう」


 現在、ジョーのケータイはイリーナに接続することしかできなくなっている。相当に手の込んだテロだ。そんじょそこらの民間テロ組織に出来る芸当とは思えない。それなりの規模のテロ組織、もしくはそれ以上のなにか。何にせよ厄介である。


「おーい、高砂さーん!」


 向こうから斉藤が手を振りながらこちらへ走ってきた。


「高砂さん、ありゃ無理だよ。もうね、ビクともしないの。おとなしく救助待つしかなさそうですよ」


「本当ですか。それは困った…」


「それにね、ケータイの電波も全く届かないの!トンネルだから電波がわるいのかねぇ」


 実に気楽そうな男だ。困ったように話しているが、その表情や仕草からは全く危機感が感じられない。おおかた、すぐに救助がくるとたかをくくっているのだろう。


「とりあえず、トンネル内にいる人を前に集めようということになったんで高砂さんも行きましょう」


 パンッパンッ


 ひどく乾いた音がトンネルで反響した。

 銃声だ。


「へ?いったい今のは……」


 日常では聞きなれない音に戸惑う斉藤。しかし前の何人かが地に伏している光景を見て、やっと状況が理解できたようだ。


「え、あ、あ……」


 ぺたんとその場に尻餅をついて、情けなく体を震わせながら眼前の事実を見ている。

ジョーは斉藤の隣から一歩踏み出し、懐に隠していたホルスターから銃を抜き放った。


「動けるなら、どっかに隠れてたほうがいい」


 それだけ斉藤に言い、あとは知らないとばかりに付近の車の陰に身を潜めた。

 陰から伺ったところ、どうやら倒れているのは一般人だけではない。少し奥で見えにくいが、国防大臣らしき人物が倒れている。そして、ここから見えるだけでも銃を持っているのは5人。全員外国人のようだ。


(政治ってのは面倒でいけねぇ)


 その時、自身のケータイにイリーナから通信が入った。


『ソナーにより脱出ルートを発見』


 そうとなればこんな妙な事件に首をつっこむ必要はない。犯人グループの視界からうまく隠れるようにして、車の陰を引き返す。


「あぐがっ−−−−」


 近くから悲鳴。うまく逃げられなかった斉藤が腹部を撃たれたようで、腹をおさえて崩れ落ちた。倒れたまま、こちらに向かって必死に手を伸ばし助けを求めている。


パンッパンッ


「−−−−チッ」


 斉藤の仕草でジョーがいることに気づいたのだろう、陰にしていた車に銃弾が撃ち込まれた。そして複数の足音がこちらに向かってきている。


「面倒くせぇ、一気に行くか」


 判断を下してからは早い。腰に隠していたホルスターから拳銃を抜き、陰から飛び出た瞬間に三発の発砲。そしてひとつ後ろの車の陰に飛び込んだ。


「SHIT!!??」


 2人いたうち1人の胸部に命中した。まさか撃ち返してくるとは思はなかったのだろう、無事だった1人も予想外のことに驚いている。焦りと怒りからか、やけになってジョーの隠れていた車に発砲してきた。


(冷静さを欠いたら闘いでは圧倒的に不利になる。仮にもテロまがいのことするってことは、いっぱしのエージェントなんだろうが、そいつも忘れてるようじゃ俺の優位だぜ?)


 立て続けに銃弾が発射されるも永遠ではない。弾が切れたその刹那、ジョーは車から腕だけだし予測だけで発砲した。一瞬遅れてどさりという音。そっと覗けば、ジョーの放った銃弾は相手の鼻の横を撃ち抜いていた。


 飛び出して一目散にイリーナの元へ走る。犯人グループはまだあと3人ほどいたはずだ。油断はできないが、できるだけ早く距離を取るべきなのは間違いなかった。


「イリーナ、ロック解除。エンジンかけとけ!」


 ケータイに向かって言い放つ。


「ドントウォーリー、マスター。すでに向かってます」


 先から愛車のフェラーリが、激しいタイヤの音を鳴らしながら走ってきているのが見えた。


「さすがイリーナ」


 目の前に、ドリフト気味に停まったそれに乗り込む。が、扉閉める瞬間何かが間に体を滑り込ませてきた。とっさに反対の手で銃を向ける。


「待って!私も乗せて!助けてほしいだけなの!」


「チッ!くそ、一般人か!」


 困惑したのは一瞬。このままこの女を引き剥がすのに無駄な時間を使うわけにはいかない、そう判断したジョーは女を引き上げて、無理やりドアを閉めた。


「きゃっ!ちょっと!」


 女はジタバタともがくがそれを無視して、思いきりアクセルを踏み込んだ。圧倒的な加速で、女の体と激しく密着する。いま、ジョーに女がまんま覆い被さっているような状況だ。


「おとなしくしてろ!一気に抜ける!」


 イリーナの出した逃走経路はトンネルの作業員通路だった。唯一、奇跡的に崩落を免れている箇所があったのだ。

 ドリフトをかけながら、脇にあった扉を全速力でぶち破り、そのまま外へ飛び出した。

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