彼の日常
その男は暴力に生きてきた。
何故なら彼にはそれしかなかったからだ。
勘違いしないでほしい。格闘技などではなく、純粋な暴力である。
何をやってもダメだった。彼が悪いわけではない。“そういうこと”に向かないだけだった。彼には暴力の天稟があった。そのことに幼くして気づいた彼は、それだけが自分の人生だと言わんばかりに暴力というものを突き詰めた。それが吉か凶か、今はそれで食っている。
「中学校教諭が体罰で解雇ね」
手に取った新聞の見出し記事を見て、そうつぶやいた。
彼にとってはどうでもいい記事だ。この手の話題は最近よく見るが、彼にとっては馬鹿にしか見えない。暴力というものの社会的地位の低さは、誰よりも彼が一番よく理解している。使う時と場所は選ばないといけない。こいつらは暴力の間違った使い方をしただけ、という認識だ。
彼は読んでる途中の新聞を乱雑に床に捨てた。
「13時20分。仕事の準備を始めるか」
彼の仕事は世の中になくてはならない。しかも唯一かもしれない、公的に暴力を働くことが主な仕事内容とされているものだ。
時には要人警護、時には傭兵、時には暗殺。つまるところ、彼は国が一人だけ所有する極秘エージェントだ。
今日の仕事は先日発見された、テロリストグループのアジトの破壊である。
彼はいつも一人で仕事を行う。もちろん今日も。
愛用のアタッシュケースに装備を整えながら、彼は今日の作戦内容を頭の中で反芻していた。彼にとっては困難な仕事ではない。いつもどおりの仕事をこなすだけだ。
準備を整えた彼は、潜入用のスーツの上から一般人に紛れるための服を着て、自宅を去った。
「7、8……。3人少ないな」
彼はスコープから目を離し、そうひとりごちた。どこかへ出ているのか、なんにせよ不測の事態だ。
「アジトの破壊。アジトにいるテロリストは排除。一般人は確保」
作戦内容を反芻。テロリストを全滅させるのは指令の内ではない。
「……よし」
彼は広げているアタッシュケースから使用する武器だけを持ち出し、アジトへ近づいていく。潜入はダクトからだ。前もって外しておいた鉄格子を脇に退けて、中へ入っていく。
(この部屋か)
最初の到達点である部屋の上まで来た。扉の近くに見張りが一人立っている。
懐からワイヤーを取り出し、輪を作って敵の真上からたらす。気づかれないよう、ゆっくりと首元までたらすと、一気にそれを引き上げる。相手は声にならない叫びをあげながらもがいていたが、やがて事切れた。音を立てないよう、ゆっくりとそれを下ろし、自分も部屋に降り立つ。
(A点を確保。次点へ向かう)
心の中でそう呟きながら、彼の1日は始まった。今日も“いつもどおり”終わる。
はずだった。