六話 剣士と古代具
少女の代わりにトロルを倒した俺は、少女を近くの木にもたれ掛けさせた。最低の結果にはなっていなかったので安心した。
俺は少女に回復魔法を施し、地面に腰を下ろした。
「……悪い事したなぁ」
正直、トロルを発見次第に魔法を使えばよかったのだが、それが出来なかった。
ゲームとは違う本物のモンスター。それに恐怖を感じた。
もし、少女がいなければ俺はあのまま木に隠れて様子を見ていたに違いない。
最低。そうとしか自分を表現できなかった。
「……んっ」
ネガティブ思考に陥っていると、少女が意識を取り戻した。
そしてそのままゆっくりと目を開いたが、完全には開かずに半分だけ開いた。
まだ、頭がうまく回っていないのだろう。少女は暫くその状態であったが、やがてしっかりと目を見開いた。
「…………」
目が合った。
不覚にも言葉が出なかった。
青色の髪に紫色の瞳、それらを際立たせる白い肌。
美少女である。
ゲームにもキャラメイクで、イケメンや美少女にすることは可能であり、大半がそうであった。(俺は現実に似るように設定した)
しかし、少しは違和感が出てしまう。
だけど、この少女は違う。
不純物など一切混じっていない、天然のもの。
――こういうのでもゲームは現実に勝てないのか。
と、一人心の中で納得していた。
「……誰?」
少女がそう問いかける。
突然の事に、一瞬ドキッとしたが慎重に言葉を紡いだ。
「あ、ああ……悪い。俺の名は――バク。一応、魔法をメインに使ってる」
まあ、《グリモアオンライン》の時の自己紹介のようなものだが、別に不自然ではないはずだ。
このまま事の顛末を説明してしまおう。
俺は少女に、トロルの件について話し出した。
歩いていたら異変に気が付いたこと、駆けつけてみたら少女が戦っていた事、その後にトロルを魔法で倒したこと。それら等を伝えた上で、
「その……済まない」
「……えっ? なんで謝るの?」
目の前にいる少女に対して謝ると、少女は不思議そうな顔で言った。
「いや、俺が駆けつけた時にすぐにでも魔法を使っていれば君が怪我を負う事はなかったから……」
「別にいいよ、そんな事」
少女のあっけからんとした返答に俺は驚いた。
下手したら、彼女はあの一撃で命を落としていたのかもしれないのだ。
なのに何故、そのように言えるのだろうか?
「なにはどうあれ、結局は私をトロルから守ってくれたんでしょ? ならいいじゃん、それで」
「でも――」
「それに、駆けつけてすぐに状況を確認せずに魔法を使われてもこっちが困るよ。下手したら巻き込まれかねないし。むしろ、私がお礼を言うべきでしょ?」
少女は覗き込むように語りかけてくる。すごく純粋な目である。それに目を合わせるのが恥ずかしくなり、横に視線を逸らした。
彼女は「んー」と背筋を伸ばして、立ち上がった。
「本当に助けてくれてありがとう。私の名前はセツナ=フィアート。剣士だけど、剣が折れちゃったから無剣士ってことで、よろしく」
「ああ、よろしく……えーっと」
「セツナでいいよ。その方が呼びやすいでしょ?」
彼女――セツナは笑顔でそう言った。
不覚にも似合いすぎて、目を合わせるのがきつい。
「ねえ、もしよければ何かお礼させてくれない? といってもご飯を奢るぐらいしか出来ないんだけど」
「別に構わないさ。それよりも近くに街があるのか?」
「この森の近くの街は《イファス》だけど……知らないの?」
俺の質問にセツナは呆気にとられた表情になりながら答えてくれた。
表情と言葉から読み取ると《イファス》という街は有名なところなのだろう。
推測でしかものが言えないのが悔しいが、今はそれどころではないだろう。もし、有名どころであるならば、それは知っていなければおかしいという事になる。
それを知らないという事は、不審者として見られても不思議ではない。
「実はずっと山奥で暮らしてて、最近出てきたばかりなんだ。それで全然世間の事が分からなくて」
俺は何とかごまかすため、ありきたりな嘘を言った。
これで不思議がられたら不思議がられたで、別にかまわない。そうしたら自力で頑張るしかない。
「あ、そうなんだ。じゃあ仕方ないね」
特に疑問を持たれずに自然に受け入れられた。
「ま、立ち話もなんだからとりあえず歩こっか?」
◆ ◆ ◆ ◆
町にたどり着くまでの間に、俺はセツナに色々な事を教えてもらった。
まず、魔法についてだがこの世界の人間には魔力があり、普通に名前を唱えれば使えるらしい。だが、それも微々たるものらしく、実際に使うことが出来るものは少なからずいても『魔法使い』という風に本当に名乗れるのは手の指で数えられる程しかいないとの事。
しかし、それは自分の力だけでという場合らしい。古代具という遺物を使えば誰でも魔法使いになれるとのことだ。
古代具とは、昔に作られた代物であり、形も日常品から武器まで幅広く、微々たる力の物やとてつもない力を秘めたものまで存在するらしい。
ただ、名前の通り昔の道具なので簡単には手に入らず、遺跡等の昔の建物を探索する必要が出てくる。当然、そういう所はモンスターの住み処となっているため一筋縄ではいかない。更に、苦労して手に入れたとしても壊れていて使い物にならないケースも多いらしい。それでもアンティークとしての価値も存在するため、実際には使えなくてもそちらで用途を見出して、お金にするケースも少なからずある様だ。
……といっても、お金にする場合は騙されることもあるらしいので、高くてもしっかり鑑定してくれる人に頼んだほうがいいとの事。
「ふーん……色々あるんだなぁ」
「バクは興味なさそうだね?」
「まあ、無いというわけではないけど……」
古代具をグリモアオンライン風に言い換えれば、レアアイテムやユニークアイテムといった類の物だ。それはプレイヤーなら誰もが欲しがるものだ。だが、それらを入手できるのは――強い存在――トッププレイヤー達だ。良くて中堅クラスの俺ではどうあがいても手に入れることは出来ない。
「そういうセツナはどうなんだ。レア……じゃなかった古代具は?」
「興味あるよ。といっても一つだけしかないんだけどね……あはは」
軽く苦笑しながら、セツナは答えてくれた。
「因みに、どんなのなんだ?」
「教えてもいいけど……横取りしないでね」
「しないから安心してくれ」
古代具に興味はそそられるが、俺の目的は元の世界に帰ることなので持っていてもあまり意味はないだろう。
「私が欲しい古代具はね――手にしたものに神の速さを与える――神速剣っていうおとぎ話にも出てくる剣だよ」
《神速剣》。グリモアオンラインにも存在していたランク10のレア武器である。
イベントレイドのBOSS――《神鳥》を倒すとドロップする素材を集めることで作成可能な剣だ。しかし、この当時はちょうどコンセプトである魔法が馬鹿にされていた時期でもある。
そのため、運営が『魔法を馬鹿にされた仕返しだ!!』と言わんばかりの鬼畜な強さに設定されているとしても有名である。
その理由は、飛ぶので武器の攻撃が届かなかったり、ランク4以下の魔法を打ち消す翼の羽ばたきを兼ね揃えており、主に武器を使う事を選んだプレイヤーの魔法をことごとく無効化した。そして神の重圧という六十秒間、一切の行動を禁止する範囲攻撃持ち、神の名にふさわしい実力を誇った。
いつしか『不敗神』という名前で呼ばれ、神速剣を作ることは不可能とまで言わしめる程であった。
「どうして神速剣なんだ? 他にも色々あると思うけど」
「うーん……小さいころに読んだおとぎ話の影響かな? これしかない!! って昔から思ってたぐらいだし……憧れがそのまま続いている感じ? 後は、そんな武器を手にするときには歴史に名を残す剣士になっているだろうっていう願いと目標の意味合いもあるかな」
本人としては、一種の到達地点として考えているみたいである。
「あのさ……凄く話は変わるけど、一つ質問していい?」
「ああ、いいよ」
そう返事すると、セツナはわざとらしく一度咳払いをした。
そして、聞いてきた――、
「バクって、さ。違う世界の人だよね?」
――と。
その問いに、思わず目を見開く。
いや、だって――思わないだろう。
異世界に来て、初めて会った人間に『違う世界』の人間など、と。
そもそも、そんな発想が思いつく方がおかしい。
確かに、山から来たという咄嗟の嘘で、魔法の事や古代具の事を教わった。だが、それでも最悪――怪しい人と思われるはずだ。
知らなかった=異世界から来た人、なんて到底思わない。
「な……なんで、分かったんだ?」
今の俺に、否定する嘘など言えるはずもなく、心に思ったことをそのまま口にした。
「私のお爺ちゃんが、バクが着てる服装と同じもの持ってたから」
「っ!!」
「変わった服だったからお爺ちゃんに『この服、何?』って聞いたら、『これは、学生服という名前でな。お爺ちゃんが元々いた世界で学校に通うものが着る服じゃよ』……とか言ってたから、その後も聞いたら――『違う世界から来た』って」
何故、俺は考えなかったのだろうか? 自分以外にもこの世界に来ている人がいるんじゃないかという可能性を。
いや、この際仕方ない。
だが、同じ異世界人なら何か知ってるんじゃないだろうか。
この世界に来た理由や、それこそ帰る方法を。
「けど、三年前に遠いところに行っちゃったから、それしか聞けてないんだけどね」
「そ……そうか」
俺の希望は瞬く間に潰えた。
そのせいなのか分からないが、かなり虚しいものがある。
しかし、落ち込んでなどいられない。
「な、なあ。他に違う世界から来た人を知らないか? どうしても聞きたいことがあるんだ」
「ん~そう言われてもなあ……。お爺ちゃん曰く『見分けがつく方が珍しい』って言ってたから、いないことは無いんだろうけど…………」
セツナも腕を組んで考えてくれているものの、心当たりがないのだろう。凄く首をひねっている。
「此処であれこれ言ってもしかたないし、続きはご飯を食べながらにしない?」
確かにここでは、モンスターに襲われる可能性がある。俺は魔法があるが(限りはある)セツナは先ほどの戦いで剣が折れている。
逃げることを優先すれば問題はないが、倒す方を考えると俺の魔法書の構成では些か効率が悪い。
まあ、最悪俺も接近戦をやれば良い話ではあるが。
「そうだな……その方がいいか」
俺はその提案を受け入れて、再び歩き始めた。
なるべく早く次も投稿しようとは思いますが、得失の方がもう少しで一旦区切りがつく予定ですので、終わったらこちらを優先したいと思います。