幸せか天罰か 完結
「“悪魔憑き”・・・。
それは人間と悪魔が契約を交わす事により
悪魔が憑いた状態の人間の事・・・。
その特徴は紅い瞳。
元はどんな色の瞳でも悪魔が憑く事から瞳が紅く変化するのだ。
だから紅い瞳の人間はとりあえず悪魔憑きだと思っても問題はないでしょうね
まず、生まれつき紅い瞳の人間なんて稀ですもの
悪魔との契約の内容は人それぞれ、
とにかくどんな願いでも悪魔は律儀に叶えてくれるが
その変わりに人間はその身と魂を捧げねばならない。
まぁ、生きている間はその身に悪魔が憑いて
“悪魔憑き”になるだけで悪魔と共存する形になるけれど・・・。
悪魔が憑く事により
その人間は強力な力を手にするという特徴もあるわね・・・?
身体能力は非常に高くなり、
第六感も鋭くなる。
何よりも憑いた悪魔によるけど特殊な能力が備わるようになるのだ。
例えば“瞬間移動”だとか
“千里眼”“テレキネシス”“テレパシー”・・・。
中には“洗脳能力”という目に映る人間全てを思うがままに操る者もいるのだから
なんと恐ろしい事か・・・。
絶対的な力を持つ上、
悪魔憑きは悪魔と契約を交わし完成した存在だから
それに憑いている悪魔もまた必死になって契約者を守る為に
その高い知識も振るう事が可能だ。
そんな最強に等しい悪魔憑きに泣きつくなんて
案外、“赤い服の人”は復讐とかそういう悪意に弱いのかしら・・・?」
紅と紫の二つの瞳が輝きながら私を見つめていた・・・。
長い艶やかな黒い髪は綺麗な琥珀の髪飾りで結い上げていて
余った髪が垂らされている髪型で不自然なほどに整った白い顔立ちには
良く似合っていた。
それは紛れもなく蝶亡だった。
私と契約を交わした
パーバションによって刺殺され
美しく消え去ったはずの・・・・。
そもそも何故、こんな状況になってしまったかを
皆様には教えねばならないのだろう・・・。
それは今より少し前の出来事・・・。
「おい、赤い女」
「・・・えと、その声から判断するに・・・。
“覚”さんですよね・・・?」
「物腰を柔らかくしても無駄だぞ」
「・・・」
気が付けば私は何やら拘束され
分厚い目隠しがされた上に
グルグル巻きに布で全身を覆い隠されているようだ。
もっとも普段から私は包帯で目を覆い隠していたが
それでも前が普通に見えた。
その影響なのか
こういう目隠しをされても問題なく普通に目前が見える。
「へぇ~、この女が我らの蝶亡様を死に導いた者か」
「覚ってばこの女の心を見て発狂したんしょ~?」
雪女の声の後で聞き覚えのない女の声がする。
するとその後に更にガヤガヤと数え切れないほどの声がする・・・。
一体、何人が私を取り囲んでいるの・・・?
「あれ・・・?雪女さんって、パーバションに殺されたんじゃ・・・」
「殺されたさ!ものの見事にね!
でも私は妖怪だから死んでもすぐに復活出来るの!」
「そりゃ良かったね」
「うん・・・良かったけどさ・・・。
何だい?その薄い反応は
一応、私は撃たれて殺されたんだけど・・・」
「そういう細かい事はいちいち覚えているの、
辛くないの?」
「・・・辛いね・・・!!
でもさ!殺された事、忘れるほど私も
のほほんと生きてないのさ!
ね!?どうせアンタには分かんないんだろうけど!」
「・・・なんか、色々とごめん・・・」
雪女の切実な言葉を受け
私は謝罪をしてしまう・・・。
しかし・・・
記憶がおぼろげだ・・・。
確か、つい先ほどまでは教会でディアスと自分の当面の寝室に向かっていた
はずだったのに・・・・。
そこを一体、どうして拘束される?
ワケがわからない・・・。
「だいぶ混乱しているな赤い女」
「ええ、そうね。
説明してもらえると嬉しいな?
覚が私を見ても平気でいる事も含めて・・・」
「・・・いいだろう。
我々、妖怪とは死んでもすぐに復活出来る。
現に人間に殺された雪女もこの通りだ。
だが、どういうわけか妖怪の救世主である
我らが蝶亡様は復活する様子がない・・・
だから・・・」
「復活させて欲しいと・・・?」
「そうだ
我らにとって蝶亡様は何よりも大切な存在だ
甦らせて欲しい」
「・・・貴方達が彼女に求める力はもう、
彼女には無いのよ?それでも?」
「ああ、例え蝶亡様が救世主でなくなってしまったとしても
蝶亡様は我々の小さな娘のような存在・・・。
返して欲しい」
「・・・」
哀しげな覚の声は悲痛な叫びを押し殺しているのが
すぐに分かった。
・・・娘、ね・・・。
蝶亡だけが唯一、復活出来ない理由・・・。
それはほんの少しだけ“ヤツ”の力をパーバションに与え・・・。
そのパーバションが蝶亡を刺殺した。
だから蝶亡の魂は今・・・あの牢獄にあったはず・・・。
なら・・・・
「・・・無理だわ」
「なんでだ?」
「甦らせようと思えば簡単に出来るけど、
甦った彼女が何をするか・・・予想も付かないから
出来ない。そんな危険な存在を残しておきたくはない」
私は目隠しをされていても目に捉える事が出来る
覚を見据え、冷酷に言い放った。
そんな危険なリスクを残したくないのは普通でしょう?
「・・・あのあと、どんなに探しても
“化け猫”と“白面金毛九尾の狐”が見つけられなかった」
「ああ、それね?
それは私のグリモワールに落としたからよ~?」
「なら、我々
全妖怪がお前と契約を交わそう!
だから頼む・・・!
蝶亡様を・・・・!」
「・・・!?
貴方達、気は確か!?」
「気は全く確かじゃないな・・・。
大切な蝶亡様が長い間、いないんだ・・・。
皆が皆、気が気でない・・・
今や蝶亡様を取り戻す為なら悪魔にだって魂を売れるだろうな・・・」
よく覚を見てみると
ひどくやつれて疲れ果てているようだ。
その向こうにいるあらゆる妖怪たちも
涙を浮かべる者がいれば必死に祈っているような仕草をしている者もいる。
・・・彼らにとって蝶亡とは、それほどにまで大切なんだ。
宿敵と言われても差し支えのない私にすがるほど・・・
取り戻さなくてはならない存在・・・。
「・・・はぁ~・・・!
全く・・・!妖怪達でそこまで言われたらどう断れというのよ・・・!
いいわ、蝶亡を・・・甦らせてあげる
でも、一つ条件があるわ」
私は全力でため息をついて
承諾をした。
すると妖怪達が歓喜した。
そこまで喜ぶなんて・・・
羨ましいわね・・・蝶亡が・・・。
「条件とはなんだ?」
「蝶亡も私のグリモワールに落とさせてもらうわ。
それが条件」
「・・・蝶亡様の御意志のままに・・・」
「・・・蝶亡次第・・・と、いう事ね・・・?
いいでしょう。
じゃ、これ解いて・・・?
あと、タネも教えて・・・?」
私はジタバタと拘束を解くよう催促する。
するととても冷たい手が私の足に触れた。
「冷たッ・・・!?」
「びっくりし過ぎだね~赤い女・・・」
「雪女さんですかい!
びっくりした・・・」
「今のリアクション、何げに愉快だった」
「うん、分かったから拘束を解いて・・・?」
雪女は丁寧に拘束を解いてくれる・・・。
しかし冷たすぎる手にいちいち驚いてしまう・・・。
吸血鬼も冷たいけど・・・雪女ほどではないね・・・?
「まず、お前を捕まえた方法だが・・・。
実を言うとこれは夢なんだ」
「・・・何を唐突におっしゃってるのですかい?」
「お前を物理的に捕まえるなんて、
妖怪総出でやっても多分、不可能だろう
だからお前を妖怪の力で眠らせ・・・
そして夢の中で捕まえたという寸法だ」
「・・・なるほど・・・なかなか考えましたね・・・。
しかし、ここが夢だと分かったせいで私
平常心を保てそうにないです・・・」
「なんでだ?」
「・・・こちらの事情ですね・・・これ」
「・・・そうか」
完全に解放され
私は目隠しを取ろうとしたが
不意に変なモノに触れた。
・・・紙切れ・・・?
「その目隠しだけは取らないでくれ
お前の心を見ないようにする為の封印だ」
「・・・へぇ・・・・。
お札なんて、純和風・・・」
「そうかい」
面倒そうに覚は答える・・・。
自由になった私は立ち上がり
手足をブラブラしてみる。
うん、自由って・・・いいね!
「で・・・どうやって蝶亡様を甦らせるのです?」
見知らぬ妖怪ちゃんが私のスカートを引っ張る。
・・・猫又かな・・・?
だって、猫の尻尾が2本生えてるし
「う~ん・・・それが悩みどころ・・・」
「!?約束が違うのでは!?」
「違う違う、そういう事じゃなくて・・・」
妖怪ちゃんは私の一言に
てっきり私じゃ蝶亡を甦らせられないと勘違いして
今まで私のスカートを引っ張っていたのに
一気に私の足を鋭い爪を食い込ませる・・・。
・・・地味に痛い・・・。
こういうのが一番嫌なんだよね・・・。
地味なのが・・・。
「ほらー、ここってさー。
夢なんでしょー?
夢からどうやって向こうに行って
蝶亡に接触すればいいのー?
夢とか一番、あやふやでふにゃふにゃしたトコが
厄介なんだよねー!」
「あー、そういう事ですかー」
「・・・あー、って!
あーって何よ!
人を勝手に夢ん中で拉致っておいて
あーって!」
妖怪ちゃんの曖昧な反応に少々、イラついて
私は叫んだ。
何だよ・・・あーって!
私はとにかく妖怪ちゃんをガン飛ばしていると
雪女が私と妖怪ちゃんの間に割って入って来た。
「まぁまぁ、落ち着こうか!
お二人さん!ここは夢の中だけど
夢の中だからこそ何でも出来るんじゃないの!?
例えば念じるとか!」
「何ですかその・・・適当な説明は!」
「・・・念じてもダメだった?」
「まぁやって見るけどね!」
「やるんなら文句は言わないでよ・・・」
雪女は私にツッコミを入れる。
嫌いじゃないな・・・この妖怪共・・・。
「じゃ、念じてみまーす」
私は独り言を漏らし
目を瞑り念じてみる・・・。
ツツ・・・。
ザァ・・・。
そんなテレビの砂嵐のような音が不意に聞こえて
私はすぐに閉じた眼を開いて
あまりにも変わりすぎた辺りの風景に絶句した。
真っ暗な夜空を背景に紅い星と蒼い星二つだけが
爛々と輝いている・・・。
そんな不思議でいて美しい世界に、
たった一つだけある鳥かごのような檻の中。
そこには世にも妖しげで美しい
“妖の救世主”
彼女は不敵に微笑み、私を見据えていた・・・。
そうして冒頭へ戻る・・・。
「悪意には弱いどころか強いつもりだわ・・・?
これでも私は様々な人間の醜さを延々と見せつけられてきたのだもの」
「・・・それはご愁傷様。
でも、人は醜いが故にある美しさだって持ち合わせているわ・・・」
「いいえ、それは否定する。
そんな美しさがあるのであれば、
今頃、私は救われているはずだわ・・・」
「・・・傲慢ね
“ルシファー”にも劣らない・・・」
「クスッ・・・。
妖怪の、それも“妖の救世主”と称される
貴女がまさか悪魔について語るなんてね・・・!
なんという摩訶不思議な光景なんでしょう!」
「・・・好きに笑ってなさい。
紅い服の・・・いえ、ラルー」
蝶亡は不愉快そうに眉を潜めると
私の名を囁いた。
・・・今さら名前で呼ばれるのは気持ち悪いけど・・・。
まぁ気にしない。
「で、一体どのような要件でここまで来たの?」
「妖怪達が貴女を恋しがっているわよ・・・?」
「・・・彼らにはとても申し訳ない事をしてしまったわ・・・。
私は彼らの希望だったのに・・・」
「希望なんて下らない。
そんなモノを掲げていたらいとも簡単に
朽ちるわ」
「・・・じゃ、ラルー
貴女は何を信じるの?」
「私がこの世で絶対的に信じるモノは・・・。
この世で唯一、私を救ってくれた“あの人”よ」
「・・・?
“あの人”って・・・?」
「永久の秘密」
「・・・」
不可解そうに私を見据える蝶亡はどこか子供らしい・・・。
「で・・・
私が“悪魔憑き”に泣きついたーとかいう
疑惑?誤解よ」
「どういう誤解かしら?」
「私はこれから殺し屋になるの
だから“悪魔憑き”の・・・。
これまた不愉快な殺し屋に弟子入りする事になったみたい・・・」
「・・・ご愁傷様」
「そのようね・・・」
私のとびきりの作り笑いに蝶亡は哀れみの眼を向けてくる。
なんか不愉快だけど、我慢我慢。
「何はともあれ私と契約なさい」
「色々と大事な順序を無視して
唐突ね・・・」
「それ、狐にも言われた!」
「・・・どういう契約か教えてもらえないかしら・・・?」
「・・・分かった」
私は渋々、蝶亡の言葉を承諾し
グリモワールを召喚した。
私の自慢の魔法だ
「私のグリモワールにその名を刻ませて欲しいの
そうすれば私は自由自在に貴女を召喚する事が出来るようになる。
けど、このグリモワールに名前を刻むという事は・・・。
私に一切の反逆、裏切り行為をしない
絶対服従の従者になってもらうという事・・・。
でも、その代わりに貴女を甦らせてあげる。
ある程度の自由も保証するわ・・・。
私にちゃんと理由とか説明してくれれば
貴女の欲しいモノだって何でも用意してあげる。
悪い契約じゃないでしょう?」
「・・・もし、裏切ったらどうするの?」
「問答無用でその者の意識を切断。
意識を強制消滅させるわ。
残る身体は意思を持たないただの人形になるだけだから
何らかの使い捨ての囮人形に使うか
私の血を吸いたいという欲求。
又は首を撥ねたいという欲求の解消に使う・・・」
「だから裏切り行為は出来ないという事・・・」
蝶亡は何やら私の持つグリモワールをジッと見つめると・・・。
妙に納得したみたいに微笑むと
私に手を差し伸べる。
「突然、なんで私と契約を交わす気になったか
本当に不可解だったけど・・・。
一見、悪役っぽい貴女も所詮はいい人なのね?
その契約、乗らせてもらうわ」
「ちょいちょい、色々と聞きたい事があるんだけどー!
え?何、私がいい人?
冗談はよして頂戴。私は絶対的な悪者よ」
「・・・ラルーって・・・
悪者に憧れて無理やり背伸びしている子供みたいね・・・。
子供ならではの残忍さが非常に目立つせいで分かりづらいけれど・・・」
「・・・蝶亡・・・
地獄を見せてやろうか・・・?」
「!?」
私は悔しさから冗談を言うと
蝶亡は本気で驚き、私から一歩
身を引く・・・。
「え、冗談だよ?
何でこんな分かり易い冗談を見抜けないの・・・?
サンジェルマンとか貴女といい・・・」
「貴女じゃ冗談に聞こえないのよ・・・。
本当に実行に移しかねない・・・。
貴女の本心を見抜くなんてそれほど難解な事を
私は知らないわ・・・」
「そこまで言わないで・・・!
さすがに傷付く・・・!
この私でも!」
蝶亡の冷たい視線に
ダメージを受けつつ私は叫ぶ。
「・・・そのグリモワールには・・・
パーバションの名が刻まれている・・・そうでしょう?
そしてどうせ貴女の力によって生まれたグリモワールですもの、
名を刻んだ契約者を閉じ込め落とす・・・・。
貴女のグリモワールの“中”の世界があるに決まっているわ・・・。
だから・・・グリモワールの中には、
・・・パーバションがいる・・・
かつて私と友達になってくれた・・・」
蝶亡は私の思惑に気付いたようだ・・・。
・・・ちぇ、気付かずにグリモワールの中でパーバションと
再開を果たしてパニックになる蝶亡を見たかったのに・・・。
「友達だったのに、
二人は私のせいで殺し合うようになった・・・。
その事に対して私は・・・罪悪感を覚えるの・・・。
出来れば私は・・・蝶亡とパーバションの二人と普通に友達になれたなら
きっと、今みたいな絶望は訪れなかったでしょうね・・・」
「ええ、そうね・・・。
でも、もう全てが手遅れ・・・。
そのはずだったのに、貴女は最後の手段として・・・。
私とパーバションをグリモワールで繋げようとしているのね・・・
貴女、いい人じゃない」
「・・・うるさいよ、
私はそんな良い人じゃない。
ただたんに、役に立つ従者をたくさん捕まえたいだけ」
私はそう言ってグリモワールを開く。
そこは真っ白な白紙・・・。
これから契約の手続きをするのだ
「・・・我、グリモワールの主 ラルーより
虚無の眷属の契約を持ち掛けよう・・・。
汝、“妖の救世主”蝶亡よ
我がグリモワールにその名を刻む事、
我が虚無の眷属にならん事を了承し従うか?」
「従いましょう。
私は貴女の虚無の眷属・・・。
―――ありがとうラルー」
「契約・・・成立だ。
汝は現時刻より我が眷属。
その名が今、グリモワールに刻まれた
・・・いえ、蝶亡。
私は貴女の言う通り、ただの・・・“傲慢”よ」
グリモワールの白紙だったページに凄まじい勢いで
蝶亡の説明文が書き上げられる・・・。
“蝶亡”
種族 妖怪(妖の救世主)
年齢 500と15歳
性別 女
身長 170センチ
体重 49キロ
既に死亡済。
数々の強力な力を持ち生まれた
全ての妖怪の救世主。その実力は桁違いであるが
非常に病弱で精神力も弱すぎる故に“紅い服の女”と契約を交わす事により
それらの弱点を克服。
しかし一人の人間に執着を見せ、契約を破った。
後に執着を見せた一人の人間の手によって刺殺。
その絶大な能力は
“瞬間的加速”と“妖怪の力を一時的に借り受ける”モノ。
いずれも瞳が輝く特徴と同時に二つの能力を
使用出来ないという弱点が存在する。
全ての妖怪に慕われている故に
妖怪を率いる際には蝶亡に任せると良いだろう。
・・・
そう説明文が書き終えると
蝶亡は次第に光に溶けていく・・・。
そして、その姿が消えた。
儚くも妖しげで美しい世界の囚われの救世主は・・・
虚無の者の眷属となった。
・・・
「・・・ふぁ・・・?」
「目覚めましたか」
「・・・」
私は何やら凄く柔らかいベットに横たわっていて、
その横で椅子に座りながら英語の文章の本を読んでいるディアスがいた。
メガネを掛けて真面目に本を読んでいると知的な雰囲気が強調されて
近寄りがたいイケメンだな・・・おい・・・?
「・・・私のグリモワールっ!」
「アッパーカットっ!?」
私はふと、何故こうなったかを思い出し
すぐに飛び起きた。
ディアスが非常に邪魔だったので、
適当に顎を突き上げるように殴ろうとしたが・・・
避けられた・・・悔しい。
「ドタキャンされてたら最悪っ!」
「何がですか!?」
「妖怪共だよ!契約をドタキャンしてる可能性が!」
「妖怪?契約・・・?」
ディアスは全く付いてこれず。
そんなディアスをよそに私はグリモワールを召喚し
ページをパラパラとめくる・・・。
「あった・・・」
「だから何なんですか・・・」
「・・・黙秘権を行使する!」
「黙秘権をそもそも持っていたのですか・・・」
何か拍子抜けしたようにディアスは額に手を当てて
ため息をつく・・・。
何か問題でも?
どうでもいいでしょ?
と、文句は我慢して・・・。
結論を言えば、良かった。
妖怪達の名は無事、私のグリモワールに刻まれて
契約は済んだ事になっている・・・。
蝶亡が私に服従したと同時に
妖怪達と交わした約束が果たされ
契約が成立したのだろう・・・。
凄いな、妖怪。
契約の手続きなしでこんな膨大な数の契約を果たすなんて・・・。
「貴女・・・グリモワール持ちですか・・・」
「て、何を覗き込んでるの!悪魔憑き!!」
「またアッパーカットをしても無駄ですよ!」
「・・・・クソが」
「貴女、腹黒過ぎます・・・」
ディアスは私の暴言に唖然としている。
どうでもいい・・・。
私はそう思いつつ
グリモワールの次のページを見て私はビックリした。
「・・・え・・・?」
「おやおや・・・心温まるとはこういう事ですか?
どういう事情か分かりませんが・・・いい事をしたのですね」
「・・・」
驚愕のあまりディアスの言葉に返答を返せず
ただそのページに刻まれた文章を見ているしかありません・・・。
“ありがとう”
“蝶亡様を、パーバションを救ってくれて”
“我らが主 いつまでもこの恩を忘れません”
「・・・何なんだよ!こいつ等は!
こんな恥ずかしい事をページに書きやがって~!」
私は全力で絶叫した。
ああ、グリモワールの中の妖怪共に弄ばれてるぞ・・・!
後でお仕置きだ・・・!
私は心にそう誓い
グリモワールの最初のページを開いたのだった・・・。
・・・・・・・
「パーバション、私を覚えているかしら・・・?」
「・・・忘れるワケがない」
「・・・かつて私たちが友達だった事も・・・?」
「・・・ああ、そうだ。
私は友だったお前に裏切られたからこそ・・・
尚さらお前を憎んだんだ・・・。
それに・・・」
「それに・・・?」
「お前はどこか悪人に向いているからな?
綺麗事を吐いて欲しくなかった」
「何よそれ・・・おっかしいわね・・・?」
「そうかよ、そういうお前こそ
“殺される事こそ私に出来る償い”って・・・。
かなりヤバイじゃないか」
「・・・そうね・・・。
自分で言っていて凄く恥ずかしいね・・・!」
「て、おいおい・・・。
何を泣いているんだ・・・」
「だって・・・まさかこうして仲直り出来るなんて・・・。
思っても見なかったわ・・・?」
「誰がお前を許すと言った・・・?」
「何よ・・・パーバションだって泣いているクセに・・・」
「・・・チクショウ・・・。
お前は私の、永遠の敵だ」
「ええ、そうね。
なら敵同士、仲良くしましょうね?」
「・・・永遠・・・?
笑えないし、仲良くって・・・
昔も今もお前は変なの・・・」
「うるさいわ?
敵の為に自殺するようなヤツには言われたくないわ」
「何?言ったな・・・!!」
「ええ、言わせてもらったわ・・・!」
いつかの頃のように、
どこにもない世界で二人の不可思議な少女が笑い合う。
これが良き結末なのか、悪しき結末なのか、
この世界の主にも解らないだろう・・・。
しかし、それでも妖の少女と人の少女は・・・
幸せそうに笑い合っていた・・・。
地獄でも天国でもない虚無の本の中。
誰にも知られない幸せが、ここでは存在するのだ。
それこそが・・・この世界の主が望んだモノなのでしょう・・・。
パーバションと蝶亡とラルーの最初の物語の終わり。
バットエンドかハッピーエンドか
読者方にお任せしましょう・・・
さぁ、これから始まるは本の主の悪夢。
虚無の少女の悪夢をご覧になるかは皆様にお任せしましょう・・・




