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【ローデルの英雄】

手記

作者: 狼花

【大陸歴2223年】


 今日、ぼくに弟ができた。

 名前はシャル。シャル・ハールディンだ。

 ぼくより十歳も年下の、ぼくの弟。

 お母さんもお父さんも、お仕事がいそがしい。

 今日からぼくがお兄ちゃんだ。

 お母さんに、シャルのめんどうを見てあげてねって頼まれた。

 だから、たくさん遊んで、たくさんいろいろ教えてあげたいんだ。

 この一ページ目から、ぼくの日記と一緒にシャルの成長も残そうと思う。



 今日、シャルが立ったんだ。

 家のうらの庭に出たとき、シャルが壁につかまって立った。

 名前を呼んでみたら、よちよち歩いてきたよ。

 二歩か三歩くらいで転がっちゃったけど、よく頑張ったんだね、シャル。

 よし、明日から歩く練習しようか。



【大陸歴2224年】


 最近、シャルはよくぼくを見て「にぃ」と声をあげるようになった。

 お母さんやお父さんが呼ぶ「お兄ちゃん」っていう言葉を覚えたんだろうな。

 そういえば、最近お母さんたちから名前で呼ばれなくなった。

 ぼくはシャルが生まれた瞬間に、「シャルのお兄ちゃん」なんだ。

 嬉しいような、そうでないような。



 シャルは歩けるようになってから、ぼくの後をついてくるようになった。

 泣いているとき、お母さんでもお父さんでもなくて、僕が抱っこすると泣き止む。

 どこへ行くのも、いつだって一緒。

 でもさ、シャル。

 危ないから、ぼくが剣の稽古してるときは離れて見ててね?



【大陸歴2225年】


 頼れる存在ってなんだろう、と思うことがある。

 相変わらずお母さんとお父さんは忙しい。下町には、ろくに病院もない。

 薬師のお母さんたちが、一気に下町の人の面倒を見てるのだ。

 殆どお母さんたちはシャルに構えない。

 だから、ぼくが頼れる存在になりたいんだ。

 お母さんたちがお仕事でも、

 ぼくがいれば寂しくないと思ってくれるような存在に。

 そのために、シャルの前でだけは弱いこと言わないで、兄貴でいよう。

 ぼくは結構、形から入るタイプだから。

 今日から、口調を変えてみようかな。



 言葉を覚え始めたシャルは、俺がやることなんでもやりたがるようになった。

 手伝いで薬草を仕入れに行くときなんか、

 俺の真似して何でもかんでも手に取るんだ。

 煎じてみれば「やりたい」って言う。

 外で剣の稽古をしていれば、「持ってみたい」って言う。

 でもここで、危ないから駄目と即座に却下するのはどうなんだろうな。

 そう思ったから、やりたいと言われればやらせてみるようにする。

 木刀を支えながら持ってやった時の、あの笑顔。

 元々絵本よりも外で遊ぶ方が好きみたいなシャルだけど。

 これからもっとそれが際立ってくるような気がする。

 いつか本気でシャルが剣を覚えたいと言ったら、教えてあげよう。

 今はまだ未熟な俺でも、きっとその頃には上達しているはずだ。



 夏になれば、みんな一気に水路に飛び込む。

 近所の同い年くらいの子がそうしているのを見て、

 シャルの「やりたいやりたい」は当然発動した。

 この街では、豪雨で水路が氾濫とかってよくあるからな。

 泳ぎは必須なんだ。俺も小さいころ、父さんに散々教えられた。

 知ってるかシャル、下町には水泳大会があるんだ。

 俺、そこで優勝してるんだぞ。泳ぎは剣技より得意なくらいだ。

 でもさすが俺の弟。運動神経抜群だ。なんだよもう、二歳児のくせに。

 いつか、絶対ふたりで水泳大会出ような。



【大陸歴2226年】


 日々言葉が増えていくシャルを観察するのは、なんだか楽しい。

 最初は「あー」とか「うー」とかしか言ってなかったのに。

 これが成長なんだな、すごい。俺もこうだったんだろうか。

 昔は、兄貴が欲しかったって思ってた。

 きっと兄貴って、頼れて強くて優しいんだ。

 でも俺は長男だ。

 せめて俺は、俺の中の理想の「兄貴」になりたい。



 今日、初めて家族で旅行に出かけた。

 母さんも父さんも忙しかった仕事に少し時間ができたんだ。

 行き先はファルサアイル湿原。

 王都から目と鼻の先の、野生の鳥がいっぱいいるだけの湿地帯だ。

 たいして面白い場所でもないけどさ。

 こうやって家族四人で出かけることに、意味があるんだよな。



【大陸歴2227年】


 久々に風邪を引いてしまった。

 熱が出た。健康だけが取り柄だったのにな。

 父さんが調合してくれた薬を飲んで、大人しく寝ていたら、

 いつの間にかシャルが俺の傍にいて。

 風邪がうつるからって言っても、「傍にいる」って聞かない。

 今日は母さんが仕事を父さんに任せて、看病してくれた。

 ごめんな母さん、仕事いそがしいのに。

 家事だけじゃなくて、俺とシャルの面倒まで見てくれて。

 そう言ったら母さんもごめんねって言ってきた。

 俺が熱出したの、無理させたからだと思ってるらしい。

 全然、そんなことないのにな。



 俺の風邪が治ったと思ったら、今度はシャルがダウンだよ。

 ほら言っただろ、うつっちゃうぞって。

 お前、案外身体弱いんだから……気を付けてくれよ。

 シャルが俺にしてくれたように、今日は俺がずっとお前の傍にいるからな。



【大陸歴2228年】


 シャルが剣の稽古をしたいって言い出した。

 昔の「やりたいやりたい」じゃなくて、本気みたいだ。

 俺は元々趣味、身体づくりの一環で剣を始めただけで、

 別に将来軍に入りたいなんて思ってない。

 そんな俺の我流でも、きっとシャルが身を守る手段の一つにはなる。

 まあ、気長にやっていこうな。

 ……ああ。前に剣について書いたとき、

 シャルが稽古したいって言いだす頃には俺もきっと、なんて書いたけど。

 やっぱ、あの頃と同じく自信ないな。



 運動も大事だけど、学業も大事だな。

 まあ、残念ながら俺は学校とか出ていないけど、

 父さんから字の読み書きとか教えてもらったし、

 家には本がたくさんある。

 もっぱら薬学の本なのは仕方ないけれど。

 文字を教えたり、計算を教えたり。

 なんか楽しいな、教えるのって。

 剣もこのくらいスムーズに教えられたらいいんだけど、

 なかなか口で説明するのは難しいよな。

 よし、次は地図でも見ようか。



 民間の剣術大会が開かれるそうだ。

 俺ももう十五歳だから参加できる。

 なんでも、軍の人が視察に来てて、優勝者には勧誘が入るらしい。

 軍に入るには、民間から志願するのと、

 士官学校を卒業するかの二択だ。

 前者は誰でも軍入りできる分待遇は悪くて、

 後者は身分が高いことが大前提なんだ。

 でも軍人からの推薦があった場合は、士官学校卒業生と同じ優遇をされる。

 ……まあ、俺にとっては「それがなんだ」だけど。

 参加するかどうかは、後で考えよう。



 大会に参加しろしろとシャルが言う。

 兄さんなら絶対勝てるよ、そう何度も力説された。

 本音を言うと、別に栄光とか優勝とかに何の興味もない。

 最初は運動のためだった。

 でも今は、多少なり強さは欲しい。

 守るための強さが欲しい。

 何から守るのかなんて、俺にだって分からない。

 それでも、いざという時身体張って誰かを守れるように。

 手段が目的化しているような気もするが、

 誰かと戦うことで強さを得られるなら、参加も悪くないかもしれない。



 困ったな。

 優勝しちゃったよ、俺。

 いや、勿論嬉しいものは嬉しい。

 視察に来ていたのはナントカって中将だった。

 ……俺、人の名前って覚えられないんだよな。

 でも、まさか中将なんて高位の人が来るなんて思わなかった。

 軍への推薦状を渡されたけど、断った。断りにくかったけど。

 ならば士官学校への入学を、とも言われたけどそれも断った。

 無理だよ、俺には。何年も家族の傍を離れるなんて。

 同じ街にいるって言っても、無理がある。

 それに、シャルがもう少し大人になるまで、

 絶対傍を離れないって決めてたんだ。

 そのことを伝えると、中将は分かったと言ってくれた。

 いい人だったな、ナントカ中将。



【大陸歴2229年】


 シャルも随分、家事の手伝いとかしてくれるようになった。

 一緒にご飯を作って、洗濯して、掃除して。

 それが終わったら、近所の子たちと遊びに行って。

 父さんも、少しずつシャルに薬の調合の仕方とか教えているみたいだ。

 大抵のことは自分でできるようになったシャル。

 なんだろう、ちょっと寂しい。

 ……まずいな、これって親離れする子供を見る母親の気分じゃないか?



 シャルは将来、何になるんだろうな。

 俺の将来なんて決まってる、薬師だ。ハールディン薬舗を継ぐ。

 父さんは強制するつもりはないらしいけど、

 俺には人々の健康を助ける薬師って仕事が誇らしい。

 だから俺は時間を見つけて父さんに薬について教えてもらっているけど、

 シャルはどうなるんだろう。

 俺たちは教育機関に通うことができない。お金の問題だ。

 この文明の街で自給自足なんてできるわけがない。

 きちんと労働者にならないと。

 けど、教育機関を出ていない俺たちの進路は限りなく狭い。

 シャルだけでも、学校に通わせられるお金があればなあ。



 とか色々一人で悩んだけど、シャルならなんだかんだ大丈夫かも。

 あいつは腕っぷしが強い。騎士という手もある。

 戦うことを職業にしてほしくはないけれど、最終手段だ。

 それに知識もある。頭の回転もとんでもなく早い。

 どこで知り合ったのか、大物の友達を連れてくることもある。

 どこぞの商人の息子に、どこぞの騎士の孫、

 医者の子供とか、貴族の子弟まで家に遊びに来たときは驚いた。

 シャルはきっと要領よくて、世渡りが上手いタイプだぞ。



【大陸歴2230年】


 シャルが生まれて、もう七年。

 最近のシャルの剣技の上達ぶりには目を見張るものがある。

 今まで剣を交えて模擬訓練なんてしたことなかったから、

 弟であっても相手がいるのは嬉しいものだ。

 シャルはきっと、俺より強くなるだろうな。



 今日の朝、シャルがいきなり袋を差し出してきた。

 何かと思えば、俺の誕生日プレゼントだそうだ。

 中身は小さなカップケーキが三つ。

 市場で人気のお菓子屋のケーキ。

 前に行ったとき、俺が美味いなって口走ったの覚えてたのか。

 お小遣い溜めて、買って来てくれたんだな。

 泣かせるじゃないか、こいつ。



 俺は十年前、シャルの年齢のころ何をしていたんだろうと考える。

 七歳の時。まだ当然シャルはいなくて、

 俺はひとり何をしていたんだろう?

 剣の稽古をしていたような気もする。

 薬の調合を習っていたような気もする。

 家の家事をしていたような気もする。

 駄目だ、何一つ思い出せない。

 それだけシャルの存在が、俺の中で大きくなってしまった。

 まだたった、七年しか一緒にいないのにな。

 友人は選べても兄弟は選べない、とか言うけど。

 俺の弟がお前で、ほんと良かったよシャル。



【大陸歴2231年】


 どうやらシャルは、去年の俺の誕生日で、

 人を祝うということに喜びを見出したらしい。

 ということで今年は俺も加担して、

 うちの両親の結婚記念パーティーといこうじゃないか。

 俺が八割がた負担しつつもお金を出し合ってプレゼントを買って、

 夕食とケーキをふたりで作った。

 結構いい出来だったよな。

 そうしたら母さんは泣き出すし、

 父さんは「ありがとう、ありがとう」って。

 父さんは前に言っていた。

 忙しいのを理由にシャルの面倒を俺に押し付けていたから、

 きっとシャルの中で両親への感情ってのは薄いんだろうと。

 それでもシャルがこうして祝ってくれたことが、

 何より嬉しいんだって。

 良かったなシャル、父さんと母さん、泣いて喜んでるぞ。



 明日ちょっと遠出でもしようか、という話にシャルとなった。

 欲しいものがあるなら必ず王都で手に入ってしまうし、

 俺たちにとって街を出る理由ってのは殆どない。

 それでも、なんか出かけてみたくなったんだよな。

 どこまで行こう?

 日帰りが良いから、そんな遠くまではいけないけど。

 なんか楽しくなってきたな。



 北からテオドーラ軍が攻めてきているらしい。

 軍が王都を出発して、エレアドールの野に進軍するという。

 そのために街道は封鎖されてしまう。

 残念だけど、遠出はまた今度だな。



 本格的に、テオドーラとインフェルシアの戦争が始まった。

 王都は、戦場から遠く離れているから大丈夫だと思うけど、

 物資の流通とかは滞るよな。

 どことなく人が減ったように思える王都だけど、

 下町だけはいつもと変わらない。

 だからシャルもたいして不安そうではない。

 それだけが救いだよな。子どもをビビらせたらおしまいだし。

 早く戦争が終わればいいな。



【大陸歴2232年】


 年をまたいでも、テオドーラとの戦争に終結の兆しはない。

 戦況の状況は僅かなら俺たちの耳にも入る。

 もはや消耗戦、負傷者が増えるばかりだそうだ。

 何か策はないのかとか、犠牲の少ない道はとか、

 素人の俺がいろいろ考えても仕方ないし、現場の人には敵わない。

 どうか無事にと、願うばかりだ。



 王都で民間の救護団が組まれることになった。

 薬師や医師が集まって戦場のエレアドールに行き、

 負傷者の治療にあたるという。

 父さんたちも勿論参加するようだ。

 俺とシャルは留守番を言いつけられたけれど、

 なんか俺には納得がいかない。

 分かっている、俺はともかくシャルを戦場に連れて行くなんて間違いだ。

 それでも、将来薬師になりたいと思う俺が、

 こういう時ついて行けないってのはとんでもなく悔しい。

 そう説得してたら、シャルも口添えしてくれた。

 ……時々思うが、こいつはどうしてこう口が達者なんだろうな。

 シャルのおかげで、俺たち兄弟は救護団への参加を許された。



 今いるのは、戦場であるエレアドールの少し手前。

 明日には戦場に入る。

 こんなところにまでなんで日記持って来てるんだよ、と怒られそうだけど、

 なんか習慣づいているからないと落ち着かない。

 それに、俺だって緊張しているんだ。

 何事もなければ、いいんだけど。

















【大陸歴2235年】


 この日記を開けるのは、二年ぶりみたいだ。

 色々あって、日記を書く余裕なんてなかった。

 まとめて二年間を書き残そう。

 エレアドールへ向かっていた民間救護団は、戦場漁りに襲われ壊滅した。

 俺の両親も、死んでしまった。

 生き残ったのは俺とシャルだけだ。

 馬車の下敷きになりそうだったシャルを、俺が庇った……らしい。

 よく覚えていないんだ。

 戦場周辺を哨戒中だった騎士に助けられ、一命を取り留めた。

 助けてくれたのは、昔剣術大会で俺に声をかけてくれた中将。

 シュテーゲル中将だった。まさかの再会だ。あっちも覚えていたらしい。

 中将の屋敷に運ばれて、リハビリも含めて傷の完治まで一年近くかかった。

 その間に、テオドーラとの戦争は一旦終了したが、

 依然緊張状態のままだ。



 それからどうしたんだったかな。

 一気に多くのことが起こったから、覚えていない。

 ただ、少しだけシャルとの間に溝ができたような気はする。

 いや、それは俺が悪いんだ。

 両親の死、大怪我、シャルのこと、実家のこと。

 責任が重くて、なんだか苛々してしまったんだ。

 シャルだけではなくて、恩人のシュテーゲル中将にも。

 シャルは中将に、純粋に恩を感じている。

 でも俺は、そうあっさり心を許せなかった。

 両親がいなくて、弟とふたりで生きて行かなきゃならない。

 そう決意はしていたのに、中将は「俺の養子になれ」と言った。

 有難い申し出かもしれない。いや、実際有難い。

 けれども、それは俺の決意をへし折るだけだった。

 中将に反発した俺の姿は、格好悪かっただろうな。



 ある日シャルが急に言った。

 家に戻ろう。

 兄さんが考えていることなんて分かってる。

 俺だけ中将に預けて、独りで生きていくつもりなんだろう、と。

 図星だったんだ。何も言えなかった。

 二十歳になったとはいえ、まだまだ青二才の俺が進もうとしているのは、

 とんでもなく無謀な道だ。

 シャルまで付き合わせられない。

 中将に生活を保障してもらえば一番だ、と思っていた。

 でもそれは間違いだったんだな。

 昔決めたじゃないか、俺。ずっとシャルの兄貴でいるって。

 他人に大事な弟を預けるなんて、無責任だ。

 思えばシャルは昔から、反抗期らしい反抗期がなかった。

 ぎくしゃくしていた間だって、

 シャルは俺を嫌ったり避けたりしていたわけではない。

 俺が遠ざけたんだ。

 初めて泣いたよ。

 ごめんな、シャル。もう馬鹿なこと言わないから。

 ふたりで頑張って生きて行こうと、改めて決めたんだ。



 一年弱世話になったシュテーゲル中将の屋敷を出るとき、

 俺は中将に頼みごとをした。

 俺に、軍人としての道を教えてほしいと。

 薬舗を継ぐことも考えた。

 だけど、父さんの薬はすべて口伝。書物はない。

 全部の技術を教えてもらっていない中途半端な俺では、

 到底薬師にはなれない。

 俺に残された道はただひとつ、この剣の腕を生かすだけ。

 そう、生きるために人を殺そう。

 でも、口に出してそんなこと言いたくない。

 せめて守るためにと、虚勢を張ってみる。

 シャル、お前の将来のためにも。



 そしてシュテーゲル中将のコネで、

 俺は軍の訓練生になった。

 なんというか、想像していたより和やかな雰囲気だった。

 何より、そこで出会った奴らがまた愉快だ。

 フロイデンとか言うんだが、軍人らしくないというかなんというか。

 俺が言えた義理ではないけれどな。

 最近は家族ぐるみの付き合いになってきて、

 シャルと仲良くしてくれる。

 シャルも、フロイデンのことはもう一人の兄みたいに思っているようだ。

 出会って一年にも満たないが、親切で良い奴。

 それに腕も確かだ。



 そんなことがあって、今日、俺とフロイデンは訓練生を卒業した。

 これが、俺の沈黙の二年間。



【大陸歴2236年】


 二年間は鳴りを潜めていたテオドーラが、また攻めてきた。

 俺とフロイデンは初陣から同じ隊に配属されて、結構武勲を上げた。

 そうなると、ぐんぐんと昇進していく。

 シュテーゲル中将に聞いた話だと、

 先のテオドーラとの戦争で大勢の指揮官が死に、

 いま有能そうな若手の地位をあげているんだとか。

 だとしても、たった一年で中佐まであげられるとなあ。



 シャルが軍に入りたいと言ってきた。

 シャルは十三歳。軍に入ってもおかしくない年齢だ。

 いや、どちらかといえば二十二で正規の軍人になった俺が遅いんだな。

 こうなるような予感は、していた。

 ずっと家で帰ってくる俺を待っているだけってのが嫌だと、

 常々言っていたから。

 戦場は辛い。俺も嫌というほど人の死を見てきた。

 本当は兄として、そんな目に弟を合わせるわけにはいかないんだけど、

 それがお前の望みなら、望むままに。

 お前が生きて帰って来れるよう、俺がしごくからな。

 シャルの教官についた後輩のラヴィーネにも、

 厳しくするよう言っておこう。



【大陸歴2237年】


 訓練生の期間は一年。

 シャルはラヴィーネのもとでしっかり訓練できたようだ。

 久々に手合せしてみれば、十回に一回くらい負けそうな予感だ。

 もっと精進しないとな。

 ああ、それとシャルに新しい友人ができたようだ。

 レオンハルト・E・アークリッジ。

 ……これを聞いたとき、心臓が止まるかと思った。

 おいシャル、どうしてそんな大貴族の息子と意気投合できるんだ。

 まあ、レオンは庶民的だし高慢でもないし、親しみやすい子だ。

 貴族嫌いなシャルでも、打ち解けられたんだろう。

 にしてもつくづく、シャルとレオンは仲が良いよな。

 俺とフロイデンみたいなものか。



 シャルはフロイデンの部隊に配属された。

 今はもう、俺とフロイデンは大佐、千騎隊長だった。

 フロイデンの下にいるなら安心だな。

 そんなシャルの初陣。ローデルという街に視察に出る国王の護衛。

 初陣でそんな大役を任されるのは、それだけ注目されている証拠だ。

 無事に帰ってこいよ。



 無事でと願うと、どうしてか無事じゃ済まないらしい。

 国王陛下の命を狙うテオドーラ兵の襲撃に遭った。

 護衛たちが次々と戦死する中で、

 シャルだけが生き残り、敵を殲滅。陛下を守ったんだそうだ。

 素晴らしい武勲だ。

 世間では、【ローデルの英雄】という呼び名も出てきている。

 でも、当の本人は辛そうだ。

 自分が生き残れたのは、死んでいった上官たちに援護をもらったから。

 自分が生きるために、先輩たちの命を踏みつけたことが辛いのだろう。

 言いたいことは分かる、でもなシャル、それは上の当然の義務だ。

 俺がお前の兄ってことを抜かしても、俺はそうする。

 救われた命を大切にするんだぞ。



【大陸歴2238年】


 テオドーラとの戦争が終わった。

 かなりの損害を出したから、数年は大人しくなるだろう。

 シャルの活躍も目覚ましかった。

 あいつ、十五歳で中佐だぞ。信じられん。

 俺とフロイデンも同時に昇進して、お互い少将の座に就いた。

 千騎でも正直持て余していたのに、

 これから一万騎を統率しなきゃいけない。

 なんだ、あのフロイデンの余裕そうな顔は。

 ……いや、あいつのことだから何も考えてないだけかもな。

 そのあと俺は陛下直々に呼び出された。

 褒美として、剣を賜ったのだ。

 急なことで驚いたが、陛下は随分前から考えていたらしい。

 ひとつ、陛下から『お願い』をされた。

 嫡子であられるアレックス殿下が、実は女であり。

 いずれ俺とシャルに、殿下の護衛を頼みたいと。

 この国家機密を打ち明けるのは、君たち兄弟を信頼しているからだと。

 ……これ以上ないほど、嬉しい。

 賜った剣は、守る剣として俺が振るう。

 時が来れば、シャルに譲ろう。



 昇進祝いということで、シュテーゲル元帥の家に誘われた。

 そういえば、長い付き合いになるのに、

 酒を飲みかわすのは初めてだった。

 俺がぎくしゃくしていたのもあるし、

 そんな雰囲気を元帥も感じ取っていたからだろう。

 シャルは元帥のことを「じいさん」と呼ぶ。

 確かにシャルにしてみれば、祖父の年齢か。

 俺にしてみれば、父親みたいな相手だが、

 どうしても父とは呼べない。もう一人の父だなんて割り切れない。

 それでも、感謝しているんだ。

 本当に、心から。

 息子だって言ってくれて、後見人になってくれて、

 本当はすごく嬉しい。

 なのに素直になれない俺で、ごめん。

 ……酒には強いはずなのに酔いつぶれてしまった。

 酔った勢いで何を口走ってしまったのか、恐ろしくて聞けないな。



【大陸歴2239年】


 シャルとレオン、また宿舎抜け出して城下で遊んだみたいだな。

 仲良いのは結構だけど、もうちょっと自覚持てよなあ。

 ……お前らが通ってる焼肉屋って、美味しいのか?

 今度連れてってくれ……なんて言ったら、

 フロイデンあたりに大笑いされそうだ。

 よく言われるんだよ、

「クライスとシャルってテンション似てるよな」って。



 テオドーラとの戦争が終わって一息つけると思ったら、

 今度はアジールか。

 アジールに進軍の兆しあり。

 目標はもちろん、インフェルシアだろう。

 まったく、インフェルシアに平和は来ないんだろうか。

 アジールとの国境にはラーディナ城塞があるから、

 防衛しやすい分、戦いが長引きやすい。

 どうしたら戦争が終わるか。

 仮初のものでなく、本当の終わり。

 武力に訴え続ける限りだめだ。

 でも、インフェルシアも他国に譲歩できる状況にない。

 せめて、各国にひとりずつくらい穏健派がいて、

 内々に連絡が取れればいいのに。

 勿論俺はただの軍人。

 その辺は、お偉いさんに任せるだけだ。



【大陸歴2240年】


 ついにアジールが攻めてきたか。

 事前に砦に詰めていたから、迎撃態勢は整っている。

 俺もフロイデンもシャルも、弓箭隊のレオンも。

 今あるインフェルシアの戦力のすべてが、

 ラーディナ城塞に集まっている。

 長期戦はもとより覚悟の上だ。

 ……にしても、シャルとその部下たちは楽しい奴らだな。

 いいね、ああいう奴らがいると軍の雰囲気が和らぐ。

 シャルなんて、英雄呼ばわりされている重荷があるだろうに、

 あんなにも楽観的だ。

 見習わなきゃな。俺が動揺してたら、部下たちも不安がる。



 戦いが始まったが、なかなかアジールの攻勢が強い。

 実は、いまこの城塞にはアレックス殿下が滞在なさっている。

 いや……本名はアシュリー殿下だったか。

 一応、男の王族として戦場での実戦訓練を積むという名目だが、

 訓練なんて言っていられるような甘い状況じゃなくなってきた。

 これは、元帥に殿下の戦線離脱を促すべきだ。



 殿下は戦線を離脱される。

 護衛は、シャルとレオンに頼んだ。

 殿下の戦線離脱は極秘事項だ。

 あのふたりなら単独でも、

 殿下を守って王都へ戻ることができるだろう。

 特にシャルには、殿下の護衛という仕事に慣れてもらわないと。

 もう夜だな。

 今頃、シャルたちはジュレイヴの街に到着しているだろう。

 俺はあいつらの任務の成功を祈りつつ、

 ここで戦闘を継続する。



 防衛線の一部をアジール兵が突破。

 数名が国内に侵入。

 情報の漏洩が疑われる。

 殿下とふたりが危ない。

 待ってろ、今行く。

 

 








大陸歴2240年

ジュレイヴの街をアジール軍襲撃


クライス・ハールディン少将殉死

享年、26歳――

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