いつもの妖怪な日々3
と、青年が言った。
「降りるなら、こっちの方が速いし楽だぞ」
雫に引かれるままに動いたかと思えば、そのまま雫の身体を抱きしめる。
「っ!」
雫の瞳は、青年に釘付けになる。いや、正確には青年の背中に現れた白い翼に。
月明かりに照らされて白い翼を背負ったその存在は、まさに天使という名がぴったりだろう。ただ、青年の服装が着物であることが、少々の違和感を感じさせた。
青年は雫の身体を抱えたまま、助走をつけてふわりと屋根から飛び降りた。
青年と雫は、神木の側に降り立つ。
「活発なことは好きだが、あまり屋根の上り下りなどと危ないことは関心しないな」
青年は雫を包んでいた腕を放すと、おそらく登った時に付いたのであろう、雫の制服に付いていた木屑を軽く払う。
「あ、ありがとう……」
雫の言葉に、青年が小さく頷いた。
「雫!」
自分の名を強く呼ぶ、白月の声が雫の耳に届いた。
*
女の姿のときには丁度よかった制服も、元の姿に戻ると少々きつくなる。白月は疲れをため息に乗せて大きく吐き出す。
早く楽な恰好をしようとかごに手を伸ばし、朝置いていった着物を取り出す。
四月から雫と共に高校に通うようになって一年近く。もう光がなくとも、暗闇の中で間違えずに着替えられるまでに慣れてしまった行動だ。
肌に触れる布の感触で、裏表・順番を確認して袖を通していく。すっかり冷たくなった布の温度に、大して温かくもない白月の身体はますます覚めたように感じられて、少しぶるりと震えた。
石段を登る途中で感じた侵入者の気配。初めて感じる存在だった。
得体の知れないもののそれに、早く着替えを終えて正体を突き止めに向かわなければ。
自分の守る場所に土足で入り込まれたことへの不快感ともしその存在がこの地に悪影響を与えるものであると危険だという土地神としての思いから、白月は考えていた。
着物の帯を締めている時、外に面する障子から、カタリと小さく音がする。
それは、人間であれば耳を澄ましていないと聞こえないくらいの小さな音であったが、人為らざる者で聴力も鋭い白月の耳にははっきりと届いた。
「動くなといったのに……」
小さく舌打ちをする。
元から人の話を聞かない性格だとわかってはいるものの、こちらは危険かもしれないからと声をかけているのにこう何度も不意にされては苛立つなというほうが無理というものだ。
考える間も手は休めない。着替えを終え、さあ雫を探して説教をしなければと障子に向かい手をかけた時だった。
小さな体が、自分に勢いよく抱き着く。
「白兄!」
障子越しの月明かりに、涙をたたえた二つの緑が白月を見上げた。