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いつもの妖怪な日々2

 開いた瞼の先では、少年が鏡を抱えて安堵の表情をその顔に浮かべていた。

 パチリと少年と目が合う。少年は表情を一気に厳しくすると怒鳴った。

 「馬鹿か、今放すやつがあるか。割れたらどうする!」

 「え、えと……。片付けが、大変?」

 雫の答えに、少年の怒りは増したようでさらにその顔を赤くした。

 「俺が消えるだろ。勝手に使役させといて、いきなり殺す気か」

 「消える? 使役?」

 わからないという表情を浮かべる雫に、少年は訝しげ瞳を向けたあと、事態を把握したようで説明を始めた。

 鏡の光はとうに消え、再び室内は暗くなったため、今はどうやったのか、白月は供えてあった古い蝋燭に指を翳して火を点ける。

 「白月は俺の真名だ。真実の名前は、物・人すべてを縛り操る」

 霊力の強い雫に真名を呼ばれたことにより、雫に使役される結果になったこと。鏡は白月がこの世にとどまるための器、つまり家であること。白月がこの神社の神であったことと廃れた神社に何者も立ち入らぬよう結界を張っていたこと。

 白月は雫に様々なことを教えた。

 「しかし、結界を破ってくるとはな。よっぽどの霊力だ」

 白月は深くため息をついた。

 「使役って、つまりは使い魔のことね」

 「ああ。使い魔になると本来の力の半分くらいしか出せなくなる。解除の法を教えるから、早く解除を……」

 「やだ」

 雫の否定の言葉に、白月が驚いた表情を浮かべる。雫は白月の表情に気づくことなく続ける。

 「白月の髪、キラキラしててきれい。さわり心地もいいし」

 雫がさらりとした白月の髪にそっと触れる。白月の髪は、蝋燭の光に照らされて雫の手の中で美しく輝いていた。

 昔から綺麗なものやさわり心地の良いものを好む雫には、白月の使役を解除するという気持ちは毛頭なかった。

 「気に入ったから、いや」

 「ほ、本気かよ。うああぁぁぁ……」

 にっこりと笑う雫に、白月の悲痛な泣き声が届いた。

 「ところで、おまえは何をしに来たんだ?」

 「あっ! そうだみゆちゃん!」

 空虚な表情でいう白月の言葉に、雫は本来の目的を思い出した。

 月郷山の山神である白月にとって、この山は庭のようなものだ。雫の頼みで、白月は迷子となってしまっていた妖怪を探した。みゆという名前の幼い猫娘は小さな身体を震わせて、白月の肩に担ぎあげられていた。

 ご神木の上に隠れていたと白月は言った。誰も入れないようにと張った結界だが、小さな綻びがあったようでどうやらそこから入り込み出られなくなって途方に暮れていたと後々みゆは語った。

 「こ、この神様……雫ちゃんの使い魔さんなの?」

 小さな山とはいえ、山神という位置に坐している白月の霊力は雫が感じたことはないが相応に高いはずだ。みゆはその大きな霊力におびえていたようだが、雫が白月を使役しているとわかると驚きと興奮でそのかわいらしい緑の瞳を輝かせた。

 それ以来、みゆは白月を頼りになる兄のように扱い懐いている。

 今は、毎日の朝と夕方、みゆはこの神社に白月を送り迎えの挨拶をしにやってくる。


    *


 白月との出会いを思い出しくすりと笑う雫は、小さな違和感を感じた。

 「そういえば、みゆはどこかしら?」

 今朝はいつも通り白月を送り出しにやってきていたみゆだったが、夕刻を過ぎた今も、まだその雀のようにかわいらしく跳ねる姿を見せていない。

 ”猫”娘よろしくまた神社の屋根の上で寝ているのかもしれない。以前三度ほど白月を待つ間に屋根の上で日向ぼっこの末心地よくて眠ってしまい、一度はひどい風邪をひいてしまった女の子を思い出し、雫は屋根の上を確認することにした。

 大分あちらこちらが古くなっている建物なので足場にする場所に気を付けなければならないが、登れないことはないだろう。

 身だしなみや作法に口うるさい白月に見つかれば、はしたないと怒られるであろうことを思い素早く登ってしまおうと雫は障子の前をそっと離れた。

 昔から、身体を動かすことは得意で、よく近所の男の子たちに交じって木登り競争にも参加していた。

 雫は丈夫そうな柱を見つけると手をかける。足を使い軽く体重を乗せてみると少しきしむ音がするが動くことはない。強度を確認すると、雫は本格的に柱を登り始めた。

 柱から天井までの距離はそう長くない。すぐに軒先に手が届いた。落ちないよう注意しながらの軒先に両手を乗せる。そしてそのまま手に力を込め一気に身体を持ち上げて屋根に登りきる。

 下にいた時より少し冷たく強い風に、少しだけ身体が震える。

 暗い空間に、寝転がっている人影が見える。

 「みゆ? また、風邪ひいちゃうよ?」

 しかし、近づいた先に見えたのは、見慣れた少女の姿ではなかった。

 雫の近づく音に反応したのか、人影がはじかれたように飛び起きた。

 海の底のように深く濃い青色の、耳にかかるくらいの短い髪の青年。小さく揺れた髪の隙間から見える白月のようにとがった耳が、青年が人でないことを雫に知らせた。

 射抜くように睨んでくる瞳は、ひどく見慣れた色――雫の瞳と同じ、透き通った水の色をしていた。

 「あなた、誰?」 

 「お前こそ、何者だ……くしゅんっ!」

 突如、青年が大きなくしゃみをする。その後、青年のくしゃみは止まることなく続く。

 「もー、こんなところにいるから! いつからいるのよ」

 怒りと呆れの混じった雫の声と言葉に、青年の表情が、どこか抜けたものに変わる。

 「あー、昼前、くらいから」

 「そんなときから。この寒いのに、馬鹿じゃないの?」

 カバンの中にマフラーを入れていたことを思い出し、雫はそれをこの青年に渡すことにした。

 このままこの場にいては、自分も風邪をひいてしまうかもしれない。雫は青年に近づき、その骨ばった手首を握る。

 「ほら、下に降りるわよ」

 「いや、俺は……」

 青年は抵抗の意を示すが、雫もだてに長年妖怪と付き合ってきたわけではない。それなりに扱いには慣れているつもりではあるし、この青年の様子を見るにたぶん彼は急な展開には弱そうだと感じた。

 雫は青年が今の状況に冷静な判断を下す前に、青年の腕をひいた。大して抵抗のない青年の身体は、雫にひかれるままについてきた。



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