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「ナツ、先輩とこ行ってきたの?」

友達の言葉にうなずいて机に顔を伏せた。窓から流れ込む風が気持ちいい。

立ち止まると途端に風を感じなくなって今になって汗が出た。

あつい……とつぶやいたあたしに彼女は走るからでしょ、と軽口をたたく。


「本当に、大好きだねー。もうブラコンって言葉じゃ足りないよね! もしユキ先輩に彼女でもできたらどうすんの?」

椅子の引かれる音がして、あたしは顔を上げる。友人はからかうように笑いながら前の席に座った。

ふわりと彼女から香るのはかぎなれた制汗剤の匂いだった。


「さぁ?」

そう答えるあたしにケラケラと笑いながら、その子は言う。


「でも、マジ、ユキ先輩人気だもんね! 笑顔が花みたいで! 素敵だよ!」

「そう?」

「そう! あたしはひまわりみたいだと思うな!」

曖昧に答えるあたしに彼女は言う。その話題はこの間、別の人からも聞いた。その人はバラみたいだって言っていた。


「ひまわり、ねぇ」

そういえば、おにいちゃんのクラスにひまわりが飾ってあった。誰かが持ってきたのだろう。

そう呟いたあたしの声はチャイムにかき消された。

授業が終わるとすぐに家に帰った。あと3日もすれば夏休みだ。

ジリジリと焼くような暑さで、遠くのアスファルトは少し歪んで見えた。

隣の家の庭の黄色の花がやたらと視界にうつった気がした。


お兄ちゃん、今年は調子が比較的にいいみたいで、夏休みも家にいられるかもしれないって言っていた。お兄ちゃんと過ごせる夏休み、それがすごく、すごくうれしかった。



「ただいま」

お兄ちゃんはきっとお友達さんと帰るから、あたしは先に帰る。家でお兄ちゃんを待つ。

「おかえり、ナツ」

お母さんが穏やかな顔をして言った。その顔はお兄ちゃんにそっくりだった。

「今日、お兄ちゃん学校来てたよ? お母さん、知ってた?」

「え、えぇ。一緒に病院に行ってそのあと送っていったから」

「ふぅん」

お茶をぐびぐびと飲んで扇風機の前に座った。何かを言いたげなお母さんに視線を向けてその目には涙の跡があったのを見逃さなかった。


「何があったの?」

「今年の夏はね、やっぱりユキは入院するの」

「うそ!」

「本当よ」

なんで、と叫ぶ前にただいまというお兄ちゃんの声が聞こえた。

あたしはそう言って部屋に走りこんだ。お兄ちゃんにおかえりという前に部屋に逃げ込んだ。

ナツ? とあたしを呼ぶ声が遠くで聞こえた。

そんないつもの声を聴くとやっぱり、さっきの言葉は嘘にしか思えなくて。

でも心のどこかでわかっていたのかもしれない。だから、こんなにも苦しいんだ。

だから、こんなに夢であってほしいと思うんだ。

でも、初めてお兄ちゃんと過ごせる夏休みだったのに。


「ナツ?」

ドア越しに聞こえるお兄ちゃんの声に何? と出来るだけ心情を悟られないように答えた。聞いたんだね。という声はいつもよりも格段に沈んでいた。

「僕、頑張るからさ。今年の夏に頑張って治すから。そしたら体育もちゃんと参加して、ナツと体育祭楽しんで、冬には初詣して、これからいっぱい一緒にできるから」

そう言うお兄ちゃんにあたしは唇をかんだ。そしてドアを開けてできる限りの笑顔を向けた。

「お兄ちゃんは受験勉強もしなきゃね?」

お兄ちゃんは一度目を見開いて、笑った。

「そうだね」



そして、夏休みに入ってすぐ、お兄ちゃんは病院に行った。

あたしはいつもそこに通った。白いその部屋は好きになんてなれなかったけれども。

お兄ちゃんはいつも笑っていた。

いつも、笑っていた。まるで、病気なんてないみたいに笑っていた。

あたしが行くといつも、笑って、元気になったら何をしよう、とか、どこに行きたい、とか、未来への希望の話をしていた。

でも、そのどれもが叶わなかった。あたしの誕生日の日、おめでとうって言ってくれて、そこからお兄ちゃんの体調は悪くなる一方だった。

そして、この世界からいなくなった。あたしも、お母さんも、お父さんも。

未来への希望や、約束も。


お兄ちゃんはいろんなもの置いてきぼりにして、居なくなった。





悲しすぎて、お葬式も何もかも覚えていない。

今では断片的にしか思い出せない。

でもね、お兄ちゃんの笑顔だけは覚えている。

その笑顔だけは、記憶が薄れても、きっと最後の最後まで、あたしがこの世界からいなくなるまで、忘れない気がするんだ。

いろんな人がお兄ちゃんはひまわりみたいとかバラとか、桜とか、チューリップみたいとか言っていたけど。

今も昔もあたしは思うんだよね。

お兄ちゃんは、綺麗に笑って、そのまま散っていったお兄ちゃんはね、まるで椿みたいだなぁって。お兄ちゃんが生まれた季節に咲く、椿みたいだなぁって。そう思うんだよね。


地元に帰って目的地のお墓に手を合わせて、お兄ちゃんを思い出しながら話しかけるように思った。

ふと空を見上げると、空はもう赤く染まっていた。

再び振動した携帯を取り出して、耳に当てる。



「ごめんね、お母さん。遅くなった。今、帰るよ」

ふと、暖かな風が吹いて、脳裏にお兄ちゃんの笑顔が浮かんだ。

「うん、今行くね」

そう電話を切って再び手を合わせた。

「お兄ちゃん、あたし、頑張るから、見ていてね。あと、ね」

そして息を吸って言った。



「また来るね、お兄ちゃん」


2011/07/26

何とか三部で終わりました!

季節感皆無だなって自分でも思っています(^_^;)

裏話として

「ねぇ、芽実。書きたいんだけど書けないネタあるんだよね」

という絵師として活動している友人から兄弟死別の話で「笑顔が椿みたいだったなぁ」っていう終わり方の話としていただきました。それから考えに考えて修正に修正を加えて書いた気がします。時間軸がころころ変わってごめんなさい!


感想とかいただけたらはげみになります!


芽実

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