◆2話◆魔法?それとも?
☆☆☆
うう〜ん。扉って感じ。何か、車のドアと云うよりも、建物のドアな感じ〜。しかも特殊な自動ドアっぽい感じ……。
ノブも取っても無いし……如何にも金属な、特殊な倉庫とか、立入が難しい場所とかの……と云うか何て云うか……不思議な乗り物と云うか……ええと。
近く迄来てもよく解りません。
車?
では無い。多分無い。
小屋?
存外高さが有る。だが、ギリギリで乗り物でもOKな範囲では無いかしら?2Mくらい?
ゆっくりと、私は距離を保ったまま、それ周囲をグルリと回って見た。
ほぼ2M立方体。
材質は何かしら?キラキラしてる。少し……発光してる?
ドアらしき物がひとつ。
後は密閉された少し歪んだ四角い建物……か乗り物。
何故乗り物にこだわるか?
その理由は、地面とソレの接点に有る。
薄い石が、ソレの角と砂の間に挟まっていた。
建物なら、それは除ける様な気がする。
恰も、ソレは上空から無造作に置かれたかの様な状態なのよね。
まあ、そんな乗り物も有るでしょう。
この型式で売れるとは思えないけど………。
何て云うのかしら………恥ずかしいんだけど。
特殊な乗り物。不思議ちゃんな乗り物。
口にするのは非常に恥ずかしいけど………昔懐かしい未確認飛行物体みたいな?
アハハSFだ。でもSF好きなら、もう少し形がねえ?何とかならなかったのかしら?
異星人との交流前のUFO的なモノを模して有るんでしょう?これ?
色や材質はソレっぽいのに惜しいわね。
調べないと正確には解らないけど、多分円盤型とかなら高く売れる気がする。
割とマニアって根強いものが有るから。
貧乏な癖にお嬢様学校通う為に………お世話になったわ。
我が家の倉のモノをコッソリ売り払う際には、マニアの存在の有無は大変重要でした。
様々の分野に居るのよねえ、彼らって。
うちが没落してなかったら、多分あの人達って絶滅したと信じて生きて来た筈だわ。
でも惜しいわね?いや。もしかして、この形をしたUFOが出るアニメとかが存在したのかも?だとしたら、マニア度高い?しかし……その場合はマニア数が如何程かが問題よね。
こんなもの用意しちゃう人がソレなりの数存在するなら、マニア数少なくても十分に商売に………あ。
私、玉の輿に乗ったから、もう必要無かったわ。
両親が莫迦やって潰した会社は旦那様が再建してくれたし、持つ者から持たざる者への贈与は寧ろ奨励されてるから手続きも簡単だったし。
両親が会社に手を出せない様に手続きもしたし。
特にお金に執着する理由は、もう無い。
でも、姿変わった事とか、誘拐された事実が傷と思われて離婚されたら………慰謝料は貰おう。うん。がっぽり貰おう。
そうしたら、もう結婚しなくても良いかな♪
慰謝料で悠々自適な生活……うっとり。
でも、稼げるところで稼ぐのは大事だとも思います。取り敢えず、帰ったら、この乗り物検索してみよう。離婚されそうにないなら不要だけど。
ああ。また、お金の事を考えてしまいました。
貧乏染み付いてて、恥ずかしい。
それに、別に商売の偵察に来た訳でも無かった。
手掛かり調べるのよね。うん。
まあ、怪しいけど。悪意は感じられないし。近付いてみようかな?
大丈夫かな?
距離を保ったまま、ドアの前を右から左から観察する。
うううん。やっぱり解らないわね。
普通なら近付く気にはなれないかも。
でも、見渡す限り砂漠だし。これしか手掛かり無いし。
よし。
私は、度胸を決めて、一歩踏み出した。
そのドアに、後…数歩で手が届こうと云う時。
音も無く、滑らかに、そのドアが中央から開いた。
ああ、やっぱり自動ドアな感じ…………でも、アレは?????
「もうっ。ミィル様ったら!なあに表でウロウロしてんだよう。早くシェルディンに帰ろうよう。アシェル様帰って来ちゃうじゃんかあ!」
コレは…………何?
猫が…………喋った。
いや。
いやいや?
仔猫………の、ロボット?か………な?
ええと。
少年の声で。
小学生くらいの、高いソプラノの。
今の私より高い声で。
少年が猫で。
しかも飛んでる。
いや。
浮かんでる。
ええと。
これはあ。どう解釈するべきなのかしら???????
此処。
何処?
☆☆☆
しかし。
あの四角い物体にはドアしか無かったのに。
いや。
考えまい。
大体がして、あの中にはシャワー室だの居間だの簡易キッチンだの……ましてや、こんな部屋だの入らない。
何ですか?コレ?
宇宙船ですか?
ドール達の巨大な船とは、またかなり違いますね?
目眩がする。
そう云うと、ベッドに押し込まれた。
いや、まあ……猫には無理だな。正確には追いやられた。
シャワーから出て、やはり仔猫が飛んで来た……文字通り飛んで来たのに、コレもやはり幻覚では無かったかと、私は頭痛と目眩を覚えた。
この部屋。
宇宙船での、寝室としてはどうなんだろう。
キングサイズのベッドは天涯付き。
サイドボードには高そうなお酒。未成熟な躯だが、成人?それとも他の人の?いや……未成年でも飲める法律の可能性も。更に云えば、外見で年令など解らない。
私だって………何百年経っても外見変わらない処置はしてるし。
クローゼットと、如何にもティータイム用の小さめの白い丸テーブルと椅子が二脚。
細やかな細工。繊細な家具。
書きものをする為の机と椅子は重厚。
小さな書棚が机上に造り付けの様だ。
出窓には白いレースと、落ち着いたベージュ地に花とも蝶ともつかぬ柄がモスグリーンのカーテン。
高級且つ上品な部屋。
この宇宙船が、住まいと考えるのか。単なる移動手段か。宇宙船の部屋が、通常の部屋に勝る事が有るのか。
それに依り大きく変動するにせよ、少なくとも……貧乏人の船では無さそうだ。
寧ろ、かなりの財力を予感させる。
。
壁紙はクリーム色。よく見たら、蔦ね柄が入っている。
窓の枠組みも安っぽさとは無縁……………見ない様にしていたが。
窓の外は…………宇宙。
そして私は私でない誰かの躯に入って??いる。
コレって。
何て云うのかしら。
魔法なの?科学なの?
SFなの?ファンタジーなの?
それとも。
私は幻覚を見てるのかしら。
例えば、精神を病んで、今……病院で治療中とか?
乾杯したお酒に、幻覚剤が入っていて、私は旦那様に迷惑かけまくり中……とか。
無いな。
乾杯前だったよ。
此処に来たの。
でもって、精神の病。
無いわあ。
多分、私は凄く図太い神経だものね。
暫くは体調を崩した振りはするけど。
でないと、様子がオカシイと速攻バレる気がするし。
どうしようかな?
魔法だか科学だか知らないけど、私はこの躯の持ち主の振りをして、バレないものかしら?
例えば、記憶喪失?
下手にソンナもの装うと、病院だ何だで調べたらバレるかもだし。
やっぱり、曖昧な言動で乗り切りたい。
しかも医者が不要な程度の、体調不良。ガリガリで蒼褪めた顔色は説得力抜群でしょう。
口数少なく周囲の様子を伺って、今後の対策を練るべし。
さあ。
気合いだ沙織!
何だかワクワクしちゃうわね♪
未知への恐怖と期待に震え、私は取り敢えず。
眠りました。
☆☆☆
乾杯をして、旦那様が『私』に笑いかけ、『私』も微笑み返している。
その『私』は、確かにそれなりに優雅に振る舞うが、何故かいつもより動きが固い。
幼少時より自らを磨き、立ち居振る舞いも、周囲を惹き付ける為の研鑽を惜しまなかった。
そんな『私』の動きでは有り得ない。
視線を感じたみたいに『私』が私を見て、微かに笑った。
その笑みも、仕草も。私が到達した女性の魅力溢れるそれを、全く活用していない。
しかし周囲は気付かない。『私』は一応気品と優雅さを失わない。『私』は私の美貌を失わない。
だが。
その『私』は………私では無い。
不意に、手を引かれた。
けれど、今の私には躯が無い筈。
誰も、私を見ない。見えない。
私自身にも、私が見えない。
見えるのは、私でない『私』の姿だけなのに?
引かれるまま、私は逆らう気持ちさえ涌かない。これは、どういう事だろう?
素直に従ってしまう。
手を引かれたまま、私は…『私』の前に立ち、『私』の中に入った。
何これ?
白い靄が立ち込める、広いのか狭いのか解らない空間に出た。
ええと。
これは『私』の躯を擦り抜けた…………と云う事かしら?
首を傾げた。
気付くと、私は肉体を纏っていた。
手が有る。
躯も。
…………貧弱な躯のままだった。
夢の中でもコレなの?
嘆息して顔を上げると、目の前に『私』が居た。
先程見た、私で無い『私』だった。
「寝てるの?」
「ええ。あなたは?」
『私』はオカシそうに笑った。
「もちろん起きてるわよ?見たでしょう?披露宴の真っ最中だもの。」
「あなたは誰?」
私の顔で、姿で、随分と半端な身ごなしで……気持ち悪い。
「解ってる癖に。」
『私』が笑った。
「この子……なのね?」
私は胸元に掌を寄せて、今の自分を指し示す。
「そうよ。私はあなたと入れ代わったの。あなたの人生を貰うから、あなたには私の人生を上げるわ。」
随分と身勝手な話ね。
しかし、抵抗の方法も持たないから、せめて情報なり何なり、取れるものを取らないと。
「戻してと云っても無理なのかしら?」
「そうね。ダメ。」
念の為尋ねたが、やはり駄目だった。
ならば情報か。
「あなたは普通に、私として振る舞えるみたいだけど、私には何の情報も貰えないのかしら?」
「今は……船?」
「ええ。」
「机の上に小さな棚が有るの。解る?」
「ええ。」
「そこに、銀のリングが有るから、それを手首に嵌めたら良いわ。」
そう云うと、話は終わりとばかりに踵を返すから、引き止めた。
「そのリングは何?嵌めると、どうなりますの?」
「私のメモリーだから、私が持つ記憶も知識も全部……あなたのものになるわよ。人格以外はね。」
面倒臭そうに云うと、今度こそ背を向けて、消えてしまった。
「メモリー…………って、記憶?」
☆☆☆
変な夢。
そう思ったが、私は紫檀らしき机の前に立った。
「…………。」
ここは。
こう云うべきではないかしら?
マジかよ!?
銀のリング。正確には、銀色のリング。
材質は銀では無いわね。寧ろプラチナに近いけれど………それも違う。何かしら?この金属。
さて。
嵌めて大丈夫なものかしら?
特に、その材質以外に見るべきものは無い。
何の変哲もないリング。輪っか。
しかし………メモリー?
あれは、ただの夢で、これは単なる偶然………と云う可能性も有る。
いや。
その可能性の方が常識的だ。
でも。
今は非常識な事態のオンパレード。
女は度胸。
常に前向き。
冒険無しには何も得られない。
行け!
沙織!
私は気合いを入れて、リングに左手を通した。
☆☆☆