◆1話◆異世界の上に地味顔!?
☆☆☆
はて?これは何事?
私は首を傾げた。
こういうのは……アレだ。
此処は何処?私は誰?みたいな感じ。
すると私は記憶喪失か……って、違うでしょ。
私は誰?が余計だったわ。
私は沙織。東郷沙織だ。
お嬢様学校にかろうじて通う、没落貴族の娘。
そして、生家の血筋と持って生まれた美貌と、様々なテクニックを駆使してゲットしたのは大会社跡取りイエ〜ッ!勝利!
そう。
勝利した。
私は人生勝った気でいた。
まさしく、乾杯のグラスを掲げたのは……つい先程だ。
その証拠に、私は視線を落とした。
ドレスを着ていた。
着ていない。
待てやこら。
口にした事も無い罵詈雑言が、内心嵐の様に吹き荒れた。
罵倒のバリエーションは我ながら感心する程……等と理性と感情が別々に暴走する。
「先ずは、落ち着きましょう。」
高く、澄んだ声が出る筈だった。
何?風邪をひいたのとも違う。アルトの声。
うっかりすれば、甘い……少年の上品な声が、聞こえた。
この声に品を与えたのは、私。
と云う事は、これは私の声。
先程、罵倒した現実を再度直視した。
見下ろせば、豊かな胸を薄紅色のドレスが包んでいる………筈が。
披露宴に着ていたドレスの代わりに、ストンとした色褪せた藍色の様なワンピース。なのか?単なる長いシャツかも知れない。その下はジーンズ。こちらはキッチリ色褪せたダメージもの。
ストンとしているのは………何も服だけでは無い。真っ直ぐにストンと………布が落ちるのは……引っ掛かるものが何も、何も、何にも………無いと云う事で。
色気の無い服。
少年の甘い声。
いや、私の御曹司ゲット計画、甘い口調が……その声を甘くしたのかもだが。
私は、深呼吸した。
悲しいくらい……胸元は動かなかった。
女は度胸だ!
行け!沙織!
女じゃ無いかも知れないけれどね?
暴走して分裂する、私の理性が呟いた。
あった!!!
良かった〜〜〜〜〜っ!
微かだけど有ったわ。
女の子だった。
嬉しい。
厳しい現実で、性別まで男だったら泣いたよ私。
ああ。
でも、やっぱり泣くかも。
半分諦めてたから感涙♪
いや。
感涙してる場合じゃないだろう?
まあね。
そりゃあね。
先程迄、ばら色ドレスの張り切りバディから変化した、貧相な程のホッソイ躯。
先程は、華やかなパーティー会場で、ドレスアップした人々の視線が集まっていたが……今、誰も居ない。
人っ子一人居ない。
何故か車?が一台。
そして見渡す限りの………………砂。砂。砂ばっかり。
此処は何処?此処は砂漠。
そして、今は曇り空だが……昼間?夕方かな?
だから。
これは何事?
誰か教えろや〜〜〜っ!
声に出さずに、叫んでみました。
私は誰?も……こうしてみれば………切実な問いになる。この躯は誰なのでしょう。
そして、私の躯は何処に?
☆☆☆
結局、心で叫んでも何にも生まない。
当たり前の話だけど。
取り敢えず、砂以外の物を観察と点検。
もしかしたら、食料が有るかも知れないし。
もしかして、此処に関する手掛かりが有るかも知れないし。
もしかして、この……躯に関する手掛かりも、有るかも知れないし。
まあ。
先程は取り乱してしまったけれど、アレよ?異世界?とか、別人の躯?とか、なあんて話が有る訳は無い。
と、なれば。
これは、有る種の誘拐。罠。陰謀と云うもの。
パーティー会場からどうやってか意識を奪い誘拐。私の魅力溢れる肉体を、貧弱極まりない躯に手術迄した意図は不明。嫉妬かしら?
大戦後は砂漠の地域も多いと聞くし、現実には大して移動してなくて、まさかのこれが電脳世界と云う事も有り得る。
最近はBox世界も機械も発達してて、違法ユーザーは、マイBox以外からもアクセスが可能だとも聞く。
もちろん犯罪だけれど。
誘拐なんてする輩が、律儀に法律を守るとも思えない。
それ以前に、誘拐が違法だったわね。
しかし……違法アクセスはユーザーに違和感を与えずにおれないと聞いた筈だが、これは。
曇り空の湿っぽい空気が肌に纏わり付く……不快感。
ほんの少し離れた位置に有る、車らしき物を目指し歩けば、砂を踏む感触。
色気の無いブーツが有り難いと思える程に、歩き難い。
現実かも知れない。
と、なれば……この躯も現実か。
私の旦那様は愛想を尽かさないだろうか?
大して慌てもしないのは、既に入籍が済んでいるからだ。
彼をゲットした嫉妬から、こんな目に遭ったならば、この姿に愛想を尽かして離婚されたとしても………元は取れると踏んだ。
ふふふ。
慰謝料たっぷり。
その為には帰らないと♪
私は張り切っていた。
結論。
此処………異世界。
いや……私が無知だからそう思うのかも。そうなのかも。
逃避する心を嘲笑う空間が有る。
「うわあ……砂だらけだね?ちょっとシャワー浴びておいでよ!うわ、うわっ、何々?何だよう!?」
やっぱり。
生きている。
いや………ロボットかも知れないし!
柔らかな毛皮の、空を跳ぶ猫。
ロボットはドールさえも超えたと評判だし!
元気に喋る猫。
「何なんだよう!?」
手を離せば涙目で距離を取り、私を視つめたのは………空間に赤ちゃんがオスワリする様に浮かんだ……茶虎の仔猫。
「シャワー……。」
私は殆ど呆然としたまま呟いた。
猫は直ぐさま不機嫌を忘れてた。
「え?入る?お風呂♪シャワー浴びる?」
私が頷けば、ウキウキと案内してくれる………猫。
取り敢えず。
シャワー浴びて、頭をスッキリさせよう。
車だと思いたかった。
でっかい車だと信じたかったよ。
しかも小さな小屋程度の、車でもオカシクないサイズのアレの中に……この広々空間。
無理だ。
猫はロボットでも………空間歪めたり、広い空間ゲットする欲望自体が、地球には無いよ。
だって。
大戦後の世界は、一部の優良階級しか、リアル世界に暮らさないんだもん。
人不足が、ドールを迎え入れた。レプリカを必要とした。
地上は余り、砂漠に緑を戻す研究も……出資する者の意図は、単なる趣味。慈善の延長でしかない。
昔は溢れる程に、地球に存在したと云う人間は。
その大半が電脳の世界に生きる事になった。
外で生活するには、弱すぎる……と云う理由で。
だから、こんな技術は求められる事さえも無い。
特に、地上に……リアルに生きている中でも、上流に続する人間は……機械嫌いが揃っている。
こんな怪しい乗り物ではなく、大戦前のモデルを模した、クラシカルな車に乗る。
便利な道具は、特にBoxは……小さなパソコン扱いをされた。
最高の階級…………第四階梯の血を持つ人間が、殆どと云って良い程……それこそ十人居れば九人迄は、電脳世界に入りたがらないからだ。
その事実が、上流世界の機械嫌いを促進したとも云えた。
逆に、市民達は遊び場所としてBox内を利用した。
流石に、何度命を落としても、再生可能な第四階梯とは違い、夜の繁華街などは………Box内に通う方が安全だったからだ。
浴室に入り、嘆息した。
そこに有った窓に気付かずドキリとしたが………広がる景色に目眩がした。
何処迄も……非常識。
車だったら良かったのに。
これは、中に入れば空間が広がる。
そして空を飛ぶ。
宇宙迄、飛ぶ。
何か……疲れた。
そう思って、頭を振って、シャワーを浴びようとした。
全身を映す……鏡が有った。
肌は白い。
だが、私が磨き続けた肌の、ミルクの如き滑らかな白さでは無い。
寧ろ、青白い……と云うべきだった。
倖い、肌質は悪くない。磨けば光ると思われた。
胸は無い。
いや、有るが。
ちゃんと女の子だが……悲しいくらいに貧乳。いやいや、形は良い。多少は育てられる。
豊かと迄は行かなくとも、魅力有る胸にする事は可能だろう。
腰の細さは悪くない。
しかし、全体的に筋張った細い躯は、とにかく沢山食べて、柔らかな肉体を手に入れるべきだろう。
その上で、締めるべきところを締めるべし。
足も真っ直ぐで良い。
歯も白く美しい。
髪は多少毛先が荒れている様だが、薄い青銀の綺麗な真っ直ぐな細い髪が腰までの長さを誇り、夢の様に美しい。
悪くない。
うん。
悪くない。
様々なパーツはね?充分に私が磨き上げて、育てる事が可能な、美女の原石だった。
だが。
「地味な顔っ!?」
様々な原石材料を持つのが勿体ないくらいの、地味フェイス!
いやいや。
私は何とか立ち直る。
女には化粧と云う武器が有る。
寧ろ、化粧等で誤魔化し切れない部分が宝石もかくやの原石なのは………ラッキーと云うべきだろう。
うん。
逆よりも……本当はこの方がより難易度が高い美女を目指せる。
って、夢中になってどうする。
いや、やはり大切か。
此処が何処かは知らないが、少なくとも、私が知る世界では無い。
地球に帰る方法と、元の躯に戻る方法を入手する迄は……この躯で生きなくてはならない。
どうやら、この躯で生きてた人間は確かに居る様だし。
と、話し掛けて来た猫を思い出す。
問題は。
この少女の振りが出来るか否か。
そして、正直に、今の状況を……話すかどうか。
地球では、それは自殺行為に等しい。
人嫌いの病持ちとして、人前に出られなくなるだけだ。
この世界では。
どうなのだろうか?
慎重に。
見極めなければならなかった。
☆☆☆