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<5・きる、きる、きる。>

 エメの言葉を思い返す。

 彼女は言ったはずだ、自分に。




『ひとつずつ話すわ。まず、私と貴方の関係からね。私達は、とある勇者のパーティだったの。魔王を討伐するために、一緒に旅をしていたわ。他にも何人も仲間がいたのよ』




 自分達は、共に魔王を倒すパーティだった、と。




『そういうこと。普通の紙じゃないから簡単に燃えたり破れたりすることはないでしょうけど、でも注意して。……貴方一人に頑張らせるつもりはないわ。貴方が聖剣を手に入れられるように、全力でサポートするから』




 僕が聖剣を手に入れられるように、ナビゲートをしてくれると。




『記憶がないということはつまり、自分もわからないということ。信念も持てないということ。でも、どうか信じて欲しいの。例え顔も名前もない存在に思えても……貴方は紛れもなく勇者だということ。私達にとって、とても大切な存在だったということ。私個人にとっても』




 彼女にとって僕が、とても大切な存在だったこと。

 そして――そして。




『どうか、私を信じて進んで。そうしなければ貴方は死んでしまう。その罠だらけのダンジョンから、一生出られなくなってしまうかもしれない。それだけは、堪えられないの』




 自分を信じてほしいと。

 文字だけとはいえ、あれだけ真摯に訴えかけてきていたのに。まさかそれが全て、嘘だったとでも言うのか?


――い、いや。まだ、確定することはできない。


 僕はひとまず、見つけた紙を畳んでポーチの中にねじ込んだ。動揺して、手が震える。それでもまだ、この紙が彼女に目撃(映像が伝わるかはわからないが)されるとややこしいことになるだろう、という認識は残っていたためだ。


――こっちの紙が嘘で、エメの方が真実を言っている可能性もある。このダンジョンの主は有名な幻術師らしいじゃないか。この紙自体が幻ってことも考えられる……。


 そもそも、エメが入手した情報がたまたま間違っていたという可能性もあるし、何で彼女が(女言葉だというだけで、実際向こう側にいるのは“彼”かもしれないが)自分達を騙すのか理由がわからないというのもある。

 彼女にとって自分が仲間でもなんでもなくて、実はとても憎い相手だったからダンジョンに突き落として復讐した――ということはあるのかもしれない。しかしならば、わざわざ紙を使って意味不明なナビゲートなんかしなくてもいいはずだ。このダンジョンを、ナビなしで抜けるのは恐らく相当難しい。ほっとくだけで罠にはまって死んだり、飢えて普通に野垂れ死にそうなものだというのに。


――何にせよ、まだエメが敵だと断定するのは速いし……僕が疑っているのは悟られない方がいい。どっちにせよ、僕を誘導しようとするなら何らかの理由があるはずだ。


 ひとまず信じる。表向きは信じておいて、心の中では半分疑っておくくらいにしておこう。

 そうでないと――折れそうだ。だって、今の僕が話しかけられる相手はエメしかいない。彼女が敵だというのが、とても孤独で恐ろしい事実であるのは間違いないのだから。


『ごめんなさい、遅れてしまったわ!』


 やがて、空からふよふよと紙が落ちていた。空気抵抗もあって、やはり相当時間差があったらしい。僕の姿を見ると、少しだけ驚いたように固まる様子を見せた。


『あれ?あれ?貴方ひょっとして……無傷?』

「そんなわけないだろう。あちこち蜂に刺されて痛いし、眩暈もやっと収まってきたところだ。防御魔法が間に合わなかったらトマトケチャップだっただろうしな」

『魔法、思い出したの?防御魔法まで?』

「簡単なものだけだがな。それに、蜂の毒にも耐性があったようだ。そうじゃなかったら死んでいたところだっただろう。北の大国の軍隊は、よほど頑丈な奴が揃ってたんだろうな」


 皮肉半分、揺さぶり半分で言ってみる。そして、あえて口にしなかったが今の彼女の言動ではっきりした。――エメにはある程度、僕の姿が見えているようだ。音と文字だけが伝わるわけではないらしい。


『軍隊の人達は、みんな厳しい訓練を積んでいるから。毒の耐性があってもおかしくなかったと思うわ』


 そんな僕の言葉に、あっさり返してくるエメ。やはり、声しかわからないのは不便だ。向こうが動揺しているかどうかはかなり読み取りづらい。

 ただ、無傷であることを相当驚いていたようには見えた。――やはりエメにとっても、僕が殆ど怪我をしていない、治していることは想定外だったと思うべきか。


『無事で本当に良かった。動けるようなら次に進みましょう。その吹き抜けの広間には、四つのドアがあるわ。西……“W”の文字が彫られているドアに進んで。そこが一番安全らしいから』

「……ああ」


 そこが一番安全。正直、現時点でまったく信じられないが、それでもひとまず従うことにする。

 もしも彼女が本当は自分を殺すつもりなら――この先もきっと、罠のオンパレードになっているはずだ。




 ***




 道を進む中で、ずっと考えていた。

 もし――もしもだ。彼女が自分を騙しているとしたら、一体どこからどこまでが嘘なのだろう?

 このダンジョンのせいで記憶を失った、というのは本当かもしれない。しかし本当に勇者の仲間であるならば、わざと危険な方に僕を誘導するような真似なんかしないはずだ。ならば実は、憎い仇か何かで、僕を苦しめてやりたくてそうしたという可能性もあるだろうか。

 さっきもそれは考えたが、それならわざわざ魔法の紙を使って僕に指示を与える必要がない。味方のふりして信頼させて、その上で裏切って絶望させるのが目的なのか?あるいは――記憶喪失でダンジョンに落とすだけでは足らない理由があった、ということか?


「せあああああああああああああああああああああっ!」


 段々と、体が感覚を取り戻してきた。月明かりが射し込む洋館の通路に、突如として出現したオオトカゲ三体を切り倒す。剣もかるがる振るうことができる。簡単な魔法なら使いこなせるようにもなってきた。記憶が、少しずつ戻ってきているということだろう。

 エメは僕に、廊下の途中にある赤いドアから、階段を降りるように指示を出す。出口へ向かうには、溶岩近くの地下通路を通る必要があるらしい。――聖剣を取りに行くという話だったはずなのに、いつの間にか僕に“出口はこっち”という誘導をかけるようになっている。最初にした設定を忘れてしまったということだろうか。

 聖剣がこのダンジョンにある、というのはきっと間違いない。屋敷のどこからか、非常に強い力の気配を感じるからだ。だが。


――エメは、明らかにその気配から、僕を遠ざけるように誘導している。……僕に、聖剣を手に入れさせる気がない。


 階段を降り始めてすぐ、コウモリのようなモンスターが左右から襲い掛かってきた。それを片手に握った剣と簡単な魔法で祓いながら、僕は考える。


――いくらなんでも、情報が間違いすぎている。行く先、行く先、即死性のモンスターばかりが出てくる。さすがにこれは、偶然ではあるまい。


 ひょっとして、と。一つの可能性が、頭をよぎり始めていた。

 彼女が話した“このダンジョンの秘密”と、彼女自身が“魔王を討伐しようとした勇者”であるという話。仮にそこまでは真実だったとして。ならば、僕もまた仲間であったということはないのだろう。仲間ならば、こんな記憶を失うような危険極まりないダンジョンに一人で落とし、しかも死ぬようなトラップがある道ばかりを進ませるとは思えない。

 だったら僕は。僕の正体は、ひょっとして。


『あと少しよ、頑張ってラルド!』


 彼女は僕の疑念に気付かない様子で、僕に言葉を送り続けた。今、僕はぐつぐつと煮えたぎるマグマが溜まった大穴の前にいる。


『マグマが溜まってるように見えるけど、これは幻覚なの。湖の奥に、ダンジョンの出口に繋がる通路があるはずよ!恐れずに飛び込んでみて!』

「エメ」


 僕は紙をまっすぐ見て、告げた。紙の向こうにいいるであろう、エメと名乗る何者か。その表情も姿も見えないが、魔力を辿ることはできる。

 全身にみなぎるこの力は、時に雄弁に人の心を語るものだ。集中しながら、僕は。


「その前にいくつか、貴女に質問しよう。いいか?」

『え、ええ』

「質問その一。……貴女の名前は、エメ。僕の名前はラルド。あっているか?」

『え?……そうだけど』


 嘘。僕はため息をぐっと堪えた。彼女の名前が偽名であろうことは予想がついたが、この様子だと僕の名前も偽名である可能性が高そうだ。なんということか。


「質問その二。僕は聖剣を探すためにダンジョンに入ったのではなかったのか?なんでいつの間にか出口に誘導しているんだ?」

『あ、ご、ごめんなさい!間違えたの。出口って言っちゃっただけ、気にしないで!』


 動揺。そもそもだ、誰も聖剣を手に入れたことがないのに、その場所がダンジョンのどのへんか大体わかっているというのも妙に都合の良い話である。よく考えたら、外の人間がナビゲートできるようなダンジョンでもなさそうだ。安全な道を進めば聖剣に辿り着けるなんて保証もないから尚更に。


「質問その三。僕は、貴女たちの仲間だったのか?本当に?あ貴女が言ったファイア、ルビーという仲間は実在するのか?」

『なんでそんなこと訊くの?本当に決まってるじゃない!』

「質問その四。さっきから妙に危ない目に遭ってばかりいるが、貴女のその情報は本当に正確なのか?」

『危険なダンジョンなんだから、完全に安全なルートなんかないわよ!嘘ついて、酷い目に遭わせてるとでも言うの?』


 嘘。動揺。嘘。

 もう呆れる他ない。この様子だと、彼女が語った二人の仲間の名前も本当かどうか。彼女が人間側、勇者の仲間というのは本当っぽいが――ならば。

 その彼女に、記憶を失うダンジョンに投げ込まれて、殺されかけている自分の正体は。


「では最後の質問だ」


 僕はそっと腰の剣を抜いた。




「僕の正体は、魔王か?」




 尋ねた瞬間。向こう側の気配が凍り付いたのがわかった。そして、掠れた悲鳴のような声を上げると、紙切れはどこか遠くへ飛んでいこうとする。

 気づいたのだろう、僕がやろうとしていることが何なのか。

 そう。

 僕の本当の技量ならば、魔力で繋がっている線を辿って――向こう側にいる相手を殺すことも可能だと。


「“Typhoon”」


 僕が剣を振り下ろすと同時に飛んだ強烈な風魔法が、紙切れをバラバラに切り裂いていた。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 一瞬見えた、ビジョン。

 魔力を通じて、通信していた女にもダメージがいったようだ。手足がちぎれるくらいのダメージはあったことだろう。ざまあみろである。

 僕は、魔王。それですべての説明がつく。体が人間より異様に丈夫なのも、魔法をどんだけ使っても魔力が枯渇しないのも、ダンジョンに投げ込まれたのも。

 恐らく、人類側は僕を倒すのに苦慮して手を打ったのだ。記憶を失うダンジョンに投げ込んで、ひたすら即死するルートを通らせれば――聖剣なんてなくても僕を倒すか、あるいは長期間封印できるかもしれないと。だが。


「馬鹿だな。このダンジョンを作ったのは、僕なんだろう?ならばその僕が、自分が作った迷宮で簡単に死ぬわけがないじゃないか」


 気配が近づいてくる。マグマのたまる穴の上ふわりと浮いたのは白銀の衣を纏った青い髪の青年だった。頭の上に二本の角がある。少し前から感じていた何者かの視線。恐らく、彼が。


「お待ちしておりました……魔王様」

「お前が、幻術師ハイラスか」

「はい」


 このダンジョンの管理者は、その整った顔ににやりと笑みを浮かべて告げる。もうじき記憶も戻るはずですよ、と。


「既に魔王様は、記憶消去の魔法から蘇りつつあるようですから。……まったく、人間どもも愚かな手を打つものです。いくら記憶を消して無力化するためとはいえ、聖剣が眠るダンジョンに魔王様を投げ込んでしまうなんて」

「ということは、聖剣は本当にこのダンジョンのどこかにあるんだな」

「ええ、もちろん」

「なるほど」


 まだ記憶は戻ってきていない。それでも使命感は思い出すことができた。

 自分は、人類に復讐し、この地を取り戻さなければいけない。そのために生まれてきた存在だったのだと。


「随分、イージーモードにしてくれたものだ。……さて、宝探しに行くか。手伝ってくれよ、ハイラス」


 さあ。結末が決まりきった物語を、再開しようではないか。

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