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<4・しる、しる、しる。>

 なんとか蜂たちを撃退したものの、僕の災難はそれで終わりではなかった。

 蜂の残党が戻ってきたらまた攻撃されそうだし、既に受けたダメージがきつい。刺された体中が痛いし、毒も回ってきているようで頭がくらくらする。

 回復魔法も使えるだろうか、呪文はなんだっただろうか。そう思いながら、僕は暗闇の中を進んでいく。そして。


「ドアというのは、これか」


 何かが手に触れた。手探りでノブを探すと、それを掴む。ここも鍵はかかっていないようだ。


『辛そうだけど、回復魔法とかは使えるの?』


 再びエメが話しかけてくる。僕は「わからない」と正直に答えた。


「ただ回復するにせよ、蜂どもが戻ってきたら面倒だし、この暗闇を抜けてから試すことにする。このドアの向こうには何があるんだ?」

『ここより明るい通路よ。洋館の内部のようなところに出るらしいわ。それも、幻術師の幻術なんでしょうけど』

「そうか」

『まだまだ怖いものや恐ろしいものが現れるかもしれないけれど、その多くは幻覚よ。さっきの蜂のように本当に襲ってくるものは少ないはず。多くの冒険者は、その幻覚に惑わされて自滅するってパターンだから……どうか惑わされないで。心をしっかり持っていれば、貴方ならそう簡単に死ぬことなんてないはずだから』


 随分と信頼されているんだな、と苦笑する。正直、さっきの蜂も、自分が普通の人間だったらとっくに死んでいた気がしてならない。目が回る程度で済んでいるのだって、多分元々毒に耐性があったせいだろうし、炎魔法の使い方を思い出せなければじわじわ嬲り殺しにされていた可能性大だ。


――ここに踏み込んだ北の大陸の兵士たちも、かなり強靭な肉体を持っていたということだろうか。まあ、毒に対する訓練をしていてもおかしくないが。


 がちゃり、とドアノブを回す。ドアを開けた感触はあっても、相変わらず向こう側は見えない。

 意を決して一歩前に進んだ瞬間。


「!?」


 足元が消失していた。体が浮き上がるような感触、直後に落ちていく本能的恐怖。じたばたしていると、突然闇が晴れた。


「こ、ここは……!?」


 どこかの洋館の中。それは間違いあるまい。問題は――大きな屋敷の吹き抜けのど真ん中のような場所を、自分が一直線に落下しているということである。青い手摺や、キラキラした壁がどんどん遠ざかっていく。

 そして。


――冗談だろ!?


 ぐんぐん近づいてくる地面には、何本もの剣山が突き立っているのが見えた。ぎらり、と鋭い刃が、僕の体をずたずたに引き裂かんと迫っている。


――く、くそっ!


 このまま落ちたらトマトケチャップか、串刺しのヤキトリか。どっちにしたって御免被る。僕は必死で記憶を辿る。身を護る魔法。壁を作る魔法。なんでもいい、何かないか。


「ぷ……“Protect”!」


 僕の体を銀色の光が包み込んだ瞬間、体は剣山だらけの床に叩きつけられていたのだった。




 ***




 これは幸運なのか。それとも僕がたまたま頑丈だっただけなのか。


「あたたたたたた……」


 周囲に、折れた金属が大量に散らばっている。防御魔法が成功して、どうにか体を守ることができたらしい。落下の衝撃も和らげられたようで、多少足腰が打ち身になった程度のダメージに抑えられている。

 きょろきょろと見回せば、エメの紙がない。どうやら落ちるスピードが速すぎて置いてきてしまったようだ。向かうルートはわかりきっているので、暫くすれば追いついてくるだろう。僕は腰をさすりながら立ち上がり、体を確認した。

 やはりというべきか、手の甲も首も、蜂に刺された跡だらけになっている。が、触れたかんじ、真っ赤になって腫れているというほどではない。ちょっとだけ熱を持っているが、それだけだ。かなり大型の蜂だったのにこの程度で済むとは、やはり自分は毒に耐性を持っていたということだろうか。

 普通の人ならば、オオカラスバチ一匹に一度刺されただけでも死に至ることも珍しくない。これだけ刺されて無事で、しかも回復しかけているというのはつまりそういうことだろう。


「ひ、“Healing”」


 なんとなく頭の中に浮かんだ言葉を呟けば、ぽう、と体を薄緑色の光が包んだ。多分、回復の下級魔法というやつだろう。眩暈と虫刺されがだいぶマシになってくる。これでなんとか、ふらつかずに歩くことができそうだ。


「うわっ!」


 ふと周囲を見回して声を上げてしまった。自分が落ちたあたりの剣山はバリアとぶつかった衝撃で折れてしまっているが、それ以外にもまだまだ大量に鋭い針が地面から突き出している。その一部には、骸骨のようなものが引っかかっていた。

 着ているものは、自分とよく似た甲冑。錆びた剣のようなものもぶらさげている。ということはどこかの軍の兵士か、あるいは自分と同じように聖剣を求めて来た勇者ということだろうか。白骨化しているということは、相当前に死んだ人間ということだろうが。


――む、惨い。


 相当頑丈な針だったようで、刃が骸骨たちの手足のみならず、背骨や頭蓋骨まで貫通しているものもある。落ちた者達は即死だったことだろう。むしろ、己が生き延びられたのが奇跡のようなものだ。

 そして、近くには渇いてこびりついた血液の跡も残っていた。剣山を逃れたが、結局致命傷を負って動けなくなったということだろうか。すぐ傍に別の白骨死体も座り込んでいる。

 そして、その手には何やら紙とペンのようなものが握られていた。死を覚悟した人間が、遺書でも記していたのだろうか。

 何か探索のヒントになるかもしれない、と僕はその紙を手に取ることにする。


――なるほど、これは……かつて探索したという、北の大陸の兵士だったのか。きっと、エメが話していた部隊のメンバーなのだろうな。


 紙にはびっしりと細かい文字が書かれていた。それを読み進めていったところで、僕は目を見開くことになる。




『我々は三つのルートに分かれて進んだ。左の蛇の扉、真ん中の蜂の扉、右の獅子の扉。どれが正解かわからなかったので、部隊を三つに振り分けた。

 先ほど蛇の扉に進んだ隊長から連絡があった。大量の大蛇に襲われることを危惧していたが、幸いそこにいたのは毒のない大人しい蛇ばかりで、ほとんど戦闘をせずに進むことができたと。現在は、どこかの沼地のような場所にいるそうだ。幻術だろうか。

 右の獅子の扉では文字通り獅子が出たが、相手が一体だけだったのでどうにか討伐できたらしい。三人ほど犠牲が出てしまったが、残った者達は先へ進めたようだ。

 ああ、ならばやはり、一番の罠は自分達が進んだ蜂の扉だったのだろう。隊員たちのほとんどが、暗闇の中で蜂に襲われてちりぢりになってしまった。恐らく、オオカラスバチだ。闇の中であんなもの大群に襲われてはひとたまりもない。いなくなった者達はみんな死んでしまった可能性が高いだろう。

 そしてなんとか暗闇の通路を抜けた先、今度はまっさかさまに剣山に落ちた。蜂から逃れたものをすべて殺すという強い意思を感じる。


 アンザスとマカドラの体がクッションになったせいで、僕はどうにか致命傷を負わずにすんだ。

 しかし、両足の骨が砕けていて、とてもじゃないが歩けない。ここで助けを待つしかない。

 ああ、どうして、どうして。なんてついてない。一番駄目な道を進んでしまうなんて、ああどうして。

 階段を降りていった者達は無事だろうか。海のような場所を見つけたので調べてみる、といったところで無線が途絶えてしまったのだが。


 これを見た誰か。どうか情報を持ち帰ってくれ。

 僕はこの先に進むことができない。もうできない。でもどうか。

 僕の名前はタイラー・マキルドだ。僕がここにいたことを、どうか忘れないでおくれ……』




 背筋に、冷たいものが走った。

 これは一体どういうことだろう。この手紙は、一体何を語っているのだろう。


――一番駄目な道、だった?蜂の扉が?


 いや、だって。エメは言っていたのだ。最初の階段を、一番下まで降りた者達はみんな発狂して戻ってこなかった、と。海のような場所を見つけて通信が途絶えたなんて、そんなこと彼女は一言も言っていない。むしろ矛盾している。

 しかもだ。




『その扉も、北の大国の部隊が三つに分かれて突入しているようよ。……その中で、次のフロアまで進めた進むことができたのは一チームだけだった。真ん中の、蜂の扉よ』

『他の扉は罠だった、と?』

『正確には、どの扉にも罠はあったの。でも難易度に差があって、蜂の扉でだけ生き残れた者がいたってかんじかしらね。……貴方の力ならきっと大丈夫だと思うけど、気を付けて。罠の作動は免れられない。出現したものを、どうにか倒すしかないから』

『……なるほど、仕方ないな』




 蜂の扉を通った人間だけが無事だった。彼女は確かにそう言ったはずなのに、実際は――蜂の扉を通ったものは、恐らくほぼ全滅している。

 エメが知っていた情報が間違っていたのだろうか。あるいは。


――彼女は僕に、嘘をついたというのか?一体、何故?

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