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<2・すすむ、すすむ、すすむ。>

 洞窟の中を一歩ずつ、足元に気を付けながら進んでいく。少し歩くと緩やかな下り坂になっていたが、やや地面が湿っているのでかえって注意が必要だった。油断するとずるずると足が滑ってしまいそうになるからだ。

 僕が履いているのは赤い鍵のような装飾がついた派手なブーツで、スニーカーのような滑り止めはないようだった。むしろややヒールがあるので、小石に引っ掛からないように気を付けなければいけない。

 幸い、体は歩き方を覚えているようで、靴に大きな違和感を覚えるようなことはなかった。やや使い古した靴のようだし、歩きなれたものだということだろう。

 というか、記憶を失うような未知のダンジョンに踏み込むにあたり、履きなれない靴を履いていくほど愚かなこともあるまい。


――よく見ると、ところどころ足跡のようなものがあるな。


 洞窟の中には、あちこちランプのようなものが灯されている。おかげで視界に困らないことだけが幸いだった。


――このあたりはまだ、ダンジョンの入口だろう。入った人間も少なくない、ということか。見かけるのは人間の足跡ばかりだ。


 危険なモンスターもいるということだし、用心するに越したことはない。そっと腰に携えた剣の柄に触れると、手に馴染んだ感触が返って来た。かなり重たそうな剣だが、自分の力ならば自由に振り回せるだろうというのが触れただけでわかる。

 きっと、自分は歴戦の冒険者だったのだろう、と思う。

 そうでなければ、たった一人で聖剣を取りに行くなんで危ない任務、任されるとは思えない。


「エメ。まだ暫く一本道のようだから、今のうちに説明を頼みたい」


 ふよふよと不思議な力で浮く紙に、僕は声をかける。


「僕自身のことも何も覚えていないし、この世界のことも何もわからないんだ。このダンジョンは、本当に何もかもの記憶を吹っ飛ばしてくれたみたいで。……世界観から解説を頼めるだろうか。僕がラルドと言う名前で、魔王を倒すための勇者だったということしかまだ情報がないんだ」

『そうだったわね。ええっと、どこから話せばいいかしら。……この世界が大昔、人間と魔族で戦争をしていたということも……わからないわよね?』

「ああ」

『今から千年以上昔のことよ。長らくこの世界の支配権を争っていた人間と魔族の戦争が、ついに決着したの。人間達は魔族を異界に追放することに成功したわ。その時、魔王のトドメを刺した唯一の武器が、神様から賜った聖なる剣であったそうよ。……魔王は不死身。だから、倒したといっても完全に殺すことはできなかった。それでも瀕死で眠りについた魔王と魔族たちを追放することで、この世界は人間たちの平和を取り戻すことができたのよ』


 なんともありがちなストーリーだな、なんて感想を持ってしまう。ということは、自分はファンタジー系の小説をよく読むタイプの人間だったのだろうか。

 ラノベっぽい、なんて感想は、ライトノベルをよく知る人間でないと出てこないものであるはずだ。


「それで、魔王が時を経て復活したから聖剣が再び必要になった、と」

『そうなるわ』

「それならもっと管理しやすいところに置いておけばいいのに。なんだってこんな、記憶を失うような面倒くさいダンジョンに投げ込んだんだ。理解に苦しむ」

『まったくもってその通りだわ。本当、私達の先祖も困ったものよね』


 はあ、とため息でもつくように、紙がふにゃりとしおれた。


『魔族が封印されて人間だけの世界になったけど、それですべてが解決ではなかったということね。最初は平和を喜んだ人間達は、やがて人間同士で争うようになった。国、宗教、思想、性別、部族、言語。ありとあらゆる差でぶつかりあって、血みどろの争いをしたらしいわ』


 なんというか、あるあるすぎる話である。

 前に誰かがこんなことを言っていた気がするのだ。人と人が仲良くなる一番簡単な方法は、共通の悪を共に叩くことだと。同じ敵があれば、殴る相手がいれば、人はそのヘイト感情で団結することができるのだと。

 無論、共通の敵がいるから必ずしも仲良くなれるとは限らない。しかし、いじめが起きる構図として珍しくもなんともない話なのは確かだ。一人を生贄にすることで、残りのメンバーは生贄を免れられる。だから、自分を守るために大して憎くもない相手に石を投げ続けるのだと。

 きっと、この世界の歴史でも同じことが起きたのだろう。

 魔族と魔王という共通の敵を失って、人々が結託できる理由を失ってしまったのだ。


「空しい話だな。結局、争いってやつは最後の一人になるまで終わらないものなのかもしれんな」


 僕の言葉に、「その通りね」とエメは相槌を打った。


『聖剣は魔王を殺せる唯一の武器だったけど、それ以外の相手にも強大な力を発揮するものだったの。これが誰かの手に渡ったら、今度はその人間が世界を滅ぼす魔王になってしまいかねない。そう思った太古の祖先の一人が、深い深い縦穴の中に剣を落とした。……それが最終的に、このダンジョンの奥深くに剣が眠ることになった原因とされているわね』

「なるほど。誰にも見つからないようにしたかったから、とにかく難易度の高いダンジョンに落とした、と」

『そう。その縦穴は、あちこちに複数の横穴を持ち、強大なモンスターがいて、罠があって……入ったら最後二度と出られない魔境とされていたわ。剣を隠すにはうってつけだったんでしょう。まあ、その結果、魔王が再び復活して剣が必要になった今、困り果てているんでしょうけど』

「後先考えろってやつだな」

『心の底から同意ね。……魔王は長い時を経て復活したけど、その力は千年前よりもさらにパワーアップしていた。人類の魔法や科学も進化したけど、それでも到底追いつけないほどだったの。結局、太古の遺物である聖剣に頼るしかない、ということになったわけ』


 おおよその流れはわかった。

 昔の人のやらかしの責任を取らされているようで、あまり良い気分ではなかったが。


「あ」


 そうこうしているうちに、道の先が階段になっていることに気付く。相変らず分かれ道ではないようなので、ひたすら降りていくしかない。エメに尋ねると、「暫くすると左側に小さなドアが現れるはずだから、そちらに向かって」とのこと。どうやら、最後までこの階段を降りてはいけないらしい。


『このダンジョンについて、大きく調査を進めた部隊があったの。北の大国の国王軍の小隊がね。魔王が復活するよりも前に、聖剣を見つけ出そうと部隊を送り込んだのよ』

「私利私欲のために?」

『って、言われてもしょうがないでしょうし、実際調査隊は一人も戻ってこなかったんだけど。彼等の部隊が残してくれた情報がなければ、このダンジョンに入るなんて自殺行為だったことでしょう。少なくとも、途中まで安全な道はわかってるんだから』


 階段はあちこち崩れかけているが、さっきの滑る坂道よりはだいぶマシである。しかも、右側には手摺のようなものもある。

 手摺を掴んで降りながら左側に注視する。茶色いドアがあるようだが、薄暗いので見つけにくいらしい。


『小隊は分かれ道に差し掛かるたび、一部の人数を道に振り分けながら進んでいった。例えば今、ラルドがいる階段。その階段をね、三人の隊員が一番下まで降りていったそうなの』


 詳しいことはわからないんだけど、とエメ。


『下まで降りていったメンバーが、無線で残ったメンバーに情報を伝えてきたわ』

「え?ここでは通信機は使えないんじゃ」

『あくまでダンジョンの外と中で使えないというだけで、ダンジョンの内部では無線が使えるみたい。その無線の通信を聞いた隊長が、外の世界にこう伝えてきた。……降りた三人は、恐らく戻ってこないだろう、と』

「おそらく?」

『ええ』


 下まで降りた隊員は、最初は暗くなっていく階段を正確にリポートしていたらしい。しかしやがて、こんなことを言い始めた。降りても降りても階段が終わらない。ずっと同じ景色が続くのに、妙な声が耳元で聞こえるようになると。

 あまりにも不快だから引き返したい、そう言ったが隊長は許可しなかった。この階段を降りればどんな空間に繋がるのか、それを確かめないと調査にならないと思ったからだろう。

 三人の隊員たちもプロではあるので、不快感に耐えながらも降り続けたらしい。しかし、暫くすると異変が起きた。先行した隊員の一人が、突然笑い出し始めたというのだ。



『イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!』

『おいどうした、何があった?』

『キヒヒヒヒヒヒヒ、クヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒ!蟲が、蟲がいるんすよ、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲ムシムシムシムシムシムシムシムシムシムシ!頭のなかに、ムシ!そいつら、脳みそを、キヒヒヒヒヒ、ケヘヘヘヘヘヘヘヘ、ギャハハハハハハハハハハ』

『ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ』

『ギャハハハハハハ!蟲ラxqw0mcくぃ、ぱrjp:。ヱ齬55t4q貮りゅでq2じょガ6迂qm@fx「j、093xq3f3rnp9mrqghr,@:0cqxfj3prbvfaiulrenfcqp98mre,h@xqhrvn@0d豸ヤ9馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣馣!!』

『おい、どうしたんだ!?何があったんだ、しっかりしろ、おい!!』




 最終的に、聞こえて来た笑い声はとても人間の声には聞こえないものだったという。

 三人に何かがあって、気が触れてしまったことは確かだった。一体何を見たのか、何に遭遇したのか。

 確かなことは一つ。このまま階段を降り続けたら、自分達も同じ轍を踏んでしまうだろうということだけだ。


「それで……ドアを開いて進む方が安全だ、ということもわかったわけか」

『そうなるわ』

「そもそも、このダンジョンは一体何なんだ?聖剣を隠すのにふさわしい、非常に難易度の高いダンジョンだということはわかったが。そんなものがどうしてこの世界に存在した?誰かが作ったということか?」


 聖剣を落とす落とさないの前に、安全のため封印されていてもおかしくなかったような気がする。

 自然にできたものなのか、それとも誰かが意図的に作ったのか。


『恐らく、魔王が作ったもの。……それしかわかっていないわ』


 やや戸惑ったような文字が紙の上に記される。


『そしてそのダンジョンには主がいる。魔王が召喚したであろう、異界のモンスター……最強最悪の幻術師、ハイラスが。ハイラスが人を惑わすからこそ、そこは入ったら二度と出られない場所だとされていたのよ』

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