55.「……きのうえ」
暫く歩き回っていると、少しだけ木が生い茂る場所を見つけた。何かを感じたように上を向く幼女が、葉もない木を指で示す。
それから魔法紙を取り出して見せてきた。
『きのえだに、たくさん。まりょくある』
つまり、葉すら生えていないと思っていた木に『透花』が生えていたらしい。
しかも木の高さは大体あの魔物の二倍くらいで、丁度枝に触れることが出来る。
好んで食べている理由は、背の高さも関係していたわけだ。魔法も使えず、アレスでは花の魔力を感じられないため、仕方なく肩車をする。一気に身長が高くなった幼女は目をキラキラ輝かせていた。
いつもは冷静沈着なアレスも不機嫌さが黒い靄のように醸し出そうで、幼女は魔力を感じる場所へ腕を伸ばして掴む。
触れた感覚で、いくつかむしり取って任務を完遂した。
「まったく見えねぇな」
「ぐぬぬ……ですね。それなのに、触れている感覚が不思議でゾワゾワします」
用意していた麻袋に入れると、姿は見えないのにこんもりしている。
任務を終えたアレスたちが来た道を戻ろうとしたときだった。前方の木から視線に似た殺気を感じる。
『透花』の生えていた木も、細長く当然葉がないため頭と呼べる部分はない。
「――タレイア。オレが合図したら全速力で走れ。振り返らずに、来た道を正確に辿れ」
「え? どうかした――ひっ……!」
「童、貴様は殿だ。オレが動いた瞬間、二匹同時に捌け」
当然、幼女は無言だったが息を整えてすぐ。アレスが一歩足を後ろへ動かした瞬間、止まっていた時間が動き出したかのように、前方の木だと思ったものは消える。
「――走れ」
いつもより低い声で発せられる言葉に促されるよう、タレイアは走り出した。来た道を正しく、無心で前進する。
背後からアレスの首へ二本の鋭い枝先が交差した瞬間、宙を浮く幼女の両腕で受け止められた。
袖は破れるが硬い皮膚は無傷で、その脇をすり抜けるようにアレスも走り出す。
「童、来い」
当然、殿と言う言葉は理解していない幼女だったが、アレスのしようとしていることを読むのは得意だった。
幼女に攻撃を受け止められた魔物はすぐ姿を消して、アレスの背後を取る。
身体能力の強化されたアレスでも、強敵二匹の相手が出来るほど卓越していない。
黒いローブが揺れる中、振り返って一匹の攻撃を剣先で防ぐ。もう一匹の攻撃は突進して頭突きを喰らわす幼女によって防がれた。
「分が悪い」
頭部のない巨大カマキリにも見えてくる魔物を振り切って、タレイアの進む道を遅れて走る。
一匹ずつ仕留めたいと思っているアレスは、森との境界線を目指していた。
少し先を走るタレイアが境界線を抜ける。アレスも目前へ現れた魔物の攻撃を紙一重で地面を滑るようにして股の間から避けた。挟み撃ちしようとした背後の魔物は幼女の頭突きでまた防がれる。
しかも視線だけ背後に向けると、ちょうど角が枝のような胴体へ突き刺さっていた。
あれなら能力を使われても離れられないだろう。
「童、次の一瞬で灰にしろ」
顔を合わせず指示を飛ばすアレスの眼前で勢い良く炎が上がった。
そして、胴体から盛大に燃え広がる。思わず笑ってしまいそうになったアレスは、表情筋を殺して抜けずにもがく幼女の体を思い切り引っ張った。
スポンと音がしそうなほど勢いよく抜けた角を撫でる幼女の腕を引き、再び走り出す。残りはあと一匹。
小さい体はアレスによって足は地面から離れて空中をふよふよ揺れて浮いている。
魔物は群れていようが人間と違って感情はない。だから、仲間が殺られても無反応だ。
森を抜けた先で待機しているタレイアの姿が見えると、背後から再び鋭い刃が空を切る。ローブの一部が切れても一切動じることのないアレスは、幼女を投げつけた。既に息を吸い込んでいた幼女から炎の渦が口から放たれる。
すんでのところで避けたらしい魔物は、片腕だけが焼け焦げた跡を見せた。
「中々しぶとい魔物だ。丁度いい、暇つぶしにはなったか」
相変わらず余裕を崩さないアレスは鼻で笑う。境界線を抜けてすぐ背後へ振り返った。当然、目の前に魔物の姿はなく、カサっと地面から落ち葉を踏み締めた音がして背後へ刀身を振り抜く。
残った片腕が切り裂かれ、地面へ枯れ木のように落ちた。足はまだ残っているが、攻撃は腕だけだったらしく幼女が魔物に飛びついて炎で燃やす。
森に誘い込んだのは音や隠れるところが限定されるからだった。
燃えていった体は文字通り炭のようになって消えていく。黒く焦げた跡だけが残り、体を震わせながらタレイアも戻ってきた。
「本当に……アレスさんって、怖がったりしませんよね……?」
「怖がる? 人間になって、軟弱な体には迷惑しているが。感情まで染まってたまるか」
「またまたー。どう見ても人間ですからね? アレスさんは、不思議くんです」
きっとアレスが元神だと言っても信じないだろうタレイアは、平常心を取り戻していく。満足そうな幼女が再び先頭を歩きだし、何事もなかったかのように町へ戻っていった。




