54.「……はっぱはおいしくない」
「ひっ……!」
消えるような声に反応した異形の魔物は細長い腕を振り下ろす。弓で応戦する隙も与えない魔物へ迷いなく幼女が間へ体を飛び込ませた。
服の裂ける音がして、一歩遅れて剣を抜いていたアレスも踏み込んだ足の勢いで魔物に切っ先を触れさせる。
アレスの表情は変わらないが、手応えの無さに再び魔物は消えていた。幼女の背中は切れていたが、鋼の体は子供らしい綺麗な肌色をしている。
「――間違いない。特徴的に、あいつがクラトスの言っていた魔物だ」
焦りも見せず、アレスは再び前へ向き直った。最初の場所には消えた魔物が戻っている。一瞬の間に起きたことで、腰を抜かしたタレイアは地面に尻もちをついていたが、先ほどと違って魔物が動かない。
加えて、アレスたちのいる場所はまだ目的地じゃなかった。そのため、目的の素材も見当たらない。
「これが何匹もいると厄介だ」
境界線を越えてから数分も歩かないうちに得体の知れない魔物との遭遇は、アレスにとっても想定外だ。
未開拓地は別に魔物の棲み処じゃない。
それから竜人の能力で魔力を感じることも出来る幼女は、目の前にいる魔物しか見ていなかった。
未開拓地に侵入してから感じた異様な空気は、この魔物だったのかもしれない。安全地帯で鳴いている魔鳥以外に他の気配がないのは異常だ。
「あの速さは、逃げても追いつかれるか」
「ア、アレスさん……すみません……腰が、抜けて……彼女は、大丈夫ですか」
「ああ、無傷だ」
言葉を理解していないのか、音として認識していないのか、アレスたちが話していても魔物は動かない。
幼女でも追いつけない動きをするように感じない見た目からして、アレスは一つの考えへ至る。
魔法は精霊から与えられないと使えないが、亜人種は独自の能力を持っていた。
つまり、魔物が個体能力を持っている可能性……。
「ハッ……まったく、素早い生き物には感じられねぇけどな」
あの手足についた若葉からは脅威を感じない。細長い胴体のどこに核となる魔石があるのか。見た目からは、まったく分からない。
アレスと幼女は背中合わせで作戦の合図は出来なかった。
それでも動いたのはアレスだった。恐怖心のない表情で剣を持つ左足を踏み込んだ瞬間、身動き一つしなかった魔物が消える。
そして、案の定アレスの背後から細長い腕を振り下ろした。
但し、魔物より先に幼女の尖った爪が振り下ろされた腕を切断する。
血のようなものが飛び散ることもなく、ボトッと枯れ葉色に染まった枝は地面へ転がった。
幼女へ反転する一瞬を逃さず、今度はアレスが胴体を斜めから切り裂く。カンと鈍い音がして、切り裂かれた胴体の地に伏せていない方から青黒い魔石の頭が覗いていた。
「――砕け」
幼女と魔物の動きは同時だった。自身の前に細剣を立てたアレスの刀身へ魔物の鋭い腕が当たり、幼女の小さな拳も魔石を砕く。
細剣へ触れた腕は草が切れるように風で舞い上がり、半身も地へ伏せた。
息をするのを忘れていたかのように、盛大な呼吸音が聞こえてくる。
「す、すみません……! 役立たずどころか、守ってもらって……」
幼女の開いた背中を見たタレイアは大粒の涙を浮かべて抱きしめて謝っていた。
冷静沈着なアレスは懐の地図を取り出して目的地を再確認する。
町から出て一キロほどと言っていた場所は、すぐ近くだった。つまり、知らず知らず地面に転がっている魔物の縄張りへ入っていたらしい。
必要な素材は『透花』
透明な花らしく、魔力を認識できる人間にしか見えない素材だった。魔物には見えるらしく、魔力を認識出来る幼女だけが頼りだ。
「おい、童。近くに魔力は感じないか」
幼女はタレイアから離れて地面へ顔を向ける。普通に考えて、花は地面へ咲くからだ。木に咲く花もあるが、クラトスからは聞いていない。
それくらいの知識はある幼女だったが、魔力を感じなかったようで首を振る。
そして、青空を見上げた。幼女が見える魔力は生き物だけ。この世界に漂っている自然の魔力は当然見えない。
不意に違和感を覚えて辺りを見回すと、先ほどまでいた魔鳥も姿を消していた。
臆病者と言うよりは狡猾な魔物だ。
「……俺たちを、強者と認識したのなら良いが」
タレイアも魔鳥の居なくなる瞬間は見ていなかったようで、不安材料を抱えながらもう少し奥へ歩みを進める。




