51.「……からだがだるい」
ようやく事件が解決したアレスは先に宿へ戻る。幼女はフウルが運んでベッドへ寝かせ、なぜか包帯をしているアレスへ二人娘が食いついてきた。
逃げるように出ていくフウルを視線で追ってから向き直る。
「どうしてそんな事態に⁉ とても痛々しいんですけど!」
「……うるさい」
フウルのように大声を出すタレイアへ一言で済ませるアレスに人魚も魔法紙を見せてきた。
『掌の怪我を直します』
神経の心配はあったが、人魚の能力を知られるのはまずいだろうと拒否する。
そして、短めに説明した途端、二人は気絶している幼女へ視線を向けた。
「……まさか、『獣化の呪い』だったなんて」
「童を止める方法が浮かばなかった。だから、本能に抗う可能性をしたまでだ」
「それは……心の傷を抉ったという、アレスさんらしい恐ろしい……」
子供だろうと容赦ないのがアレスの良いところ……と言えるかもしれない。
但し、幼女の中で未だにアレスを噛んでしまったことが心の傷になっていることを知った。
「……彼女は優しい子ですからね。まして、父親代わりのアレスさんを噛んでしまったんですから」
「誰が父親だ……虫酸が走る」
少しだけ和やかな雰囲気になってきたところで、扉が軽く叩かれる。
椅子に座った怪我人のアレスが動くはずもなく、明るい声を上げて扉を開けるタレイアは面食らった様子で人魚へ視線を向けた。
隣から顔を出す人魚は廊下に立っている人物を見て体を震わせる。
そして、木の床へぽたりと雨粒のような雫が落ちた。その場で抱きつく人魚の背中へ色白の手が回される。
二人から距離を取ってアレスの横まで下がるタレイアも貰い泣きしていた。
「よがっだですぅ……アレスさん、お疲れさまでした」
少しして落ち着いた人魚は妹の首輪へ視線を落とした瞬間、その場で飛び上がる。すかさずアレスへ歩み寄って指で示してきた。
言葉を話さなくても言いたいことは分かる。
涙を拭うタレイアも奇妙な行動をする人魚に気づいて妹の首輪へ注目した。
「ちょぉぉお⁉ ど、どう言うことですか! アレスさん⁉」
耳元で大声を出されてキーンとしたアレスは耳を押さえる。
大混乱の中、全員が椅子やベッドに座って経緯を話すと落ち着きを取り戻した。
【従属の首輪】を解除出来る封印の魔法使いが来られるのも早くて残り六日はかかるはず。それまで重い首輪を嵌めて震える日々を過ごすより良かったと思う三人娘は笑顔だった。
ここまで自分を信用するのはどうなのかと思ったアレスも意地悪なことを口にする。
「もしも、オレが辱めるような命令をしたらどうするんだ」
「あはは、何言ってるんですか! アレスさんがそんなことするわけないじゃないですかー。それに、アレスさんて女性というか……人間に興味ないですよね」
そこまで長く過ごしていないタレイアに言い当てられるアレスは沈黙した。
沈黙は肯定と取れる。まだ、人間としては完璧じゃないアレスも一本取られてしまう。
そして、人魚から魔法紙を貰った妹が見せてきた言葉はアレスの顔を歪ませた。
『ご奉仕なら、いつでも仰ってください。アレス様』皮肉にしか聞こえない……。
少し話をしてから三人娘は隣の部屋へ戻っていき、気絶して動かない幼女と二人きりになる。
痛み止めを打ってもらい、薬を処方されたが鈍い痛みのする手で本を読むのは諦めて隣のベッドへ横になった。
数日は安静にと言われたが、どちらにせよ任務の方もクラトス待ちで時間はたっぷりある。
少しだけ目を閉じたアレスは自分の行動を振り返った。幼女の呪いを解かない限り、自分は神へ返り咲けない。とはいえ、今回の行動は必要だったのか……自分の身を挺してまで。
アレス自身も自分の変化には気づいている。
「ハッ……これも父神の陰謀か」
少しずつ、けれど確かに人間へ染まり始めていることに。
そのまま眠りにつこうとするアレスは睨みつけるような横の視線へ気づいて、知らない振りを決め込んでいる。
そして、ギシッとベッドの軋む音と床の木を踏む音で幼女が起きたことを――。




