【番外編】「……しにがみのうたげ」
今宵は王都で重要な祭りが開かれる。『死神の宴』と言って、精霊を神として崇めるこの世界で昔からある言い伝えの一つ。『死神』という存在はおとぎ話からきていた。そもそも『神』の信仰がない世界であるため、すべて想像物の娯楽として描かれている。それは偏に魂の奥底に刻まれた記憶かもしれない。神が世界を創り、人間などの生き物もその過程から生まれた存在だから……。
おとぎ話での死神は、人の魂を大きな鎌で刈り取り死へ誘う恐怖の存在として描かれている。この祭りは、一年に一度開催されていて、死者を弔うものだった。死神に悟られないように、同類を装って仮装する。死神への供物もあった。それは歌と踊り。畏怖される死神だが、死者を弔うことに対して切っても切れない存在だ。
おとぎ話を信じる必要はないのだが、過去に多くの死者を弔ったとき。事件は起きる。
死者を弔うまでは元気だった青年が魂を刈り取られように抜け殻になった。それを見た一人が、「死神の仕業だ!」と叫んだことが発端である。
死神のおとぎ話は、悪さをする子供に読み聞かせる有名な話だったことで、たちまち噂が現実味を帯びて現在に至った。
仮装をするのは騎士団も例外じゃない。
あからさまに溜息をつくアレスが黒い瞳で睨みつける相手は一人だった。
王都で『マイスター』の称号を賜ったクラトスである。重鎮も強制参加させられる大々的な祭り。毎年一人で参加しては、綺麗どころの女たちに囲まれてげっそりしていたらしく、街を出る前に連れてこられた。
「――貴様。オレを女避けに使おうなんて、死にたいらしいな……」
「ひっ! あ、あとでとびきり美味しいディナーと、キミの好きそうな本を見繕うから許してください!!」
雑貨屋にも置いてない秘蔵書で釣られたアレスも半分くらい威厳を失っているかもしれない。
当然、衣装はクラトスの実費で用意した一点もの。灰色狼に食べられたような被り物で、全身も同じ毛色のもふもふ姿の男は肩を震わせる。
その横に腕を組んで睨みを利かせるアレスは、赤いペリースを右肩へ掛け白い団服姿を晒していた。うなじに掛かる程度の黒い短髪と馬の尻尾みたいに細く伸ばされた髪を束ね、同じ色をした一重の双眸が美しさを際立たさせている。加えて、髪で上手く隠された後頭部には枝のような赤い二本の角があった。幼女とお揃いスタイルらしい。怒りの理由は敵対関係とまではいかないが、関わりたくない騎士団と同じ仮装で、尚且つ親子スタイルだから。
騎士団に似せた仮装をしてはいけない決まりはなく。騎士団の方は代わりに、普段着ている白でなく『黒』の団服姿だった。
二人が話している刹那、ズボンを引っ張られて下を向く。後頭部に近い位置から突き出した赤い小さな二本の角。腰ほどまでで無造作に伸ばされた赤い髪を揺らす幼女は、白いフード付きのポンチョを被っていた。
死神と同じくおとぎ話で描かれる『お化け』らしい。人間の体は器であって、死ぬと魂が抜けて動かなくなる。おとぎ話の中ではそう言われていて、魂がお化けなのだと。実際は神に等しい精霊の元へ帰り、魔力の一部になるという考え方だ。
服の中心には裂けたような口と、黒い二つの吊り目がある。まったく怖さも感じないどころか、アレスに金を使いすぎて貧相な装いすら感じた。
「それは、子供に人気の仮装だからね!? 僕はお金に困ってないし」
クラトスが嘘をついていないことを分かって意地悪しているアレスに、幼女が魔法紙の文字を見せる。
『とても、きにいっている』
街へ視線を移したら幼女と同じ格好をしている子供も見かけた。三人はクラトスの家から出てきたばかりで、案内されるまま表通りへ向かう。
夜なのが嘘のように明るい街並みをキラキラした眼差しを向ける幼女は興奮して走り出そうとした。普段なら幼女の力を制しすることは難しいアレスだが、肩に乗せた手で鷲掴みにする。
これは駄目だという合図の一つだった。ショックを受けたように項垂れる幼女は渋々アレスのズボンを摘む。行動の意図が分からず眉を寄せるアレスの耳に、聞き慣れた騒がしい声で手を振るタレイアが人を避けて走ってきた。片手は誰かの手を掴んでいて、すぐに分かる。
「アレスさーん!! 楽しんでますか?」
「――貴様の目は節穴か?」
再び腕を組んで堂々とした態度のアレスに、黒い耳と尻尾をつけて、黒服ハーフパンツスタイルのタレイアが笑って誤魔化した。隣にいるのは人魚で、同じ仮装をしている。
「どうですか? 双子スタイルです!」
「か、可愛いと思うよー! ね、アレス」
完全に興味のないアレスは無言で、代わりに応えるクラトスは苦笑いしていた。幼女も『かわいい』と返して、タレイアはもちろん人魚も満更じゃない表情をしている。
元々人の多い王都だったが、表通りには出店も並んでいて狭くなっていた。
普段から騒がしいのが嫌いなアレスは「人酔いした」と分かりやすい嘘をついて一人で歩きだす。後ろから着いてこようとした幼女もクラトスたちに任せ裏通りへ回った直後だった。
不意打ちのようにぶつかった誰かが短い悲鳴をあげてそのまま転倒する。
暗がりに視線を下へ向けると、紫色のワンピース姿でつばの大きくて頭の先が尖った黒い帽子を被る見覚えのある女だった。倒れた女を心配するように飛び回る小さな光も見える。
「ちょっとー! 女性に対して失礼じゃない!? 早く起こしてあげなさいよー!」
騒がしく羽根をバタつかせる姿を見て、成人男性の指ほどに小さい妖精だと分かった。闇市で厄介案件の一人だった妖精である。尻もちをついて涙目になっているのは、【従属の首輪】を外してくれた封印の魔法使いだ。
面倒事から逃げてきたことで、蔑むような眼差しを送るアレスだったが、人の目がある場所に溜息をついて手を伸ばす。
慌てた様子の封印の魔法使いが一向に手を取らない苛立ちから、腰を低くして強引に腕を引いて引っ張り上げた。勢い余ってアレスの胸板へ顔が埋まりそうになる事故も、反対の手で肩を掴んで回避する。
「す、すすみません……でしたぁぁあ!!」
「ちょっ……! 待ってよー!」
顔を赤くして元気良く走っていく姿を妖精が追いかけていった。一難去ってまた一難の状況に嫌な予感がする中、人気のない路地裏まで歩いていく。
クラトスの家がある方向と反対側は足を運んでいなかったため、道に迷ったアレスは嫌な気配を感じて眉を寄せた。
何もない空間がぐにゃりと歪む。これは、世界に大きな歪を生む存在が干渉した際に起こる現象だった。背を向けて立ち去ろうとするアレスの肩が何かに掴まれる。
神々しいほどの光を纏い、白い双翼を広げた優男ヘリオスだ。父神以外で唯一言葉を交わしていた神で、勝手にアレスをライバル視している。
「貴様は、神の誇りすら失ったのか。人間の仮装などに身を投じるなど……」
「――寝言は寝て言え。私用で地上に降りるな」
バッサリ切り捨てられるヘリオスはどこか自慢の羽根が萎れて見えた。世界を歪めてまで無駄に地上へ降りてくる神経が理解出来ないアレスはため息をつく。
この歪みがある間、時間は止まっていて影響を及ばさない。振り返ることなく軽く手を振り払うアレスに真剣な声が鼓膜を震わせる。
「貴様……その懐にあるモノはなんだ。まさか、魔族を使役しようなどと愚かなことを考えていないだろうな」
「オレの勝手だろう。口を出すな」
「ぐっ……世界の敵を飼うなど神としてあるまじき行為! 後悔しても知らないぞ」
横目で見るヘリオスは口元を歪め、人差し指を突き出して言いたいことを残して消えていった。
再び遠くから騒がしい声が聞こえてくる。神にあるまじき行為をしていたのはどっちだとばかりに、頭を掻き乱すアレスが顔を上げた瞬間。暗がりでも分かる黄昏色の双眸と視線が重なった。
黒い団服に身を包んで青いペリースを左側へ掛けた姿の男が笑いかける。
「おや? 珍しいところで遭うものだね。しかも、僕らの団服を模した仮装か……面白い」
普段表情をそこまで変えないアレスが、あからさまに白い目を向ける王国騎士団長のユース・ティティアだ。
今まで会った人間の中でナンバーワンに苦手な相手である。笑っているようで笑っていない瞳。正義を掲げているが、深い闇を感じる胡散臭い優男だ。
王国はこんな得体の知れない男を良く飼っているものだとアレスですら思っている。
踵を返して元来た道を帰ろうとするアレスの後をついて歩きだすユースは友人のように笑顔で話しかけてきた。
「酷いじゃないか。あからさまに逃げなくても、取って食ったりしないよ? 僕はこれでも正義を掲げる騎士団長だからね」
「……胡散臭い男が正義を語るか」
「……君、侮辱罪で拘束希望なのかな? 僕はそんな趣味ないけど……ご希望なら応えてあげるのも、やぶさかじゃないよ」
腰から拘束具と思わしき腕輪を取り出すユースは爽やかな笑みを浮かべている。犯罪者を一時的に捕まえられる腕輪型の魔法具だった。
どういう能力か不明だが、嵌められた者は誰もが無気力になるらしい。これも精霊から魔法を賜った魔法使いが作ったものだ。
能力的に人間から逸脱したアレスの敵ではないが、面倒事を嫌って足を止める。
この男も暇だなと思っていたときだった。ユースの背後から大声で叫びながら走ってくるピンク髪に眉を寄せる。厄介事、第二号だ。
「団長ー!! 見回りお疲れ様です! あ、すみません……!」
「いや、君の元気さは僕も嫌いじゃないよ。ただ……今はタイミングが悪かったかな?」
「え!? も、申し訳ございませんでした!! あっ! また……」
呪いによって声の大きさを調整出来ないピンク髪の部下である少女は頭を下げる。少女に気を取られた隙をつくアレスは、まんまと闇へ紛れてユースから逃げ延びた。
再び表通りに戻ってくると、香辛料の強い肉の匂いで腹が鳴る。
「あ! アレスさーん! お腹空いてませんか? ちょうど出店で夕食を食べようかと話してまして」
「なんか、別れる前より疲れた顔してない? え、怖いんだけど……睨まないでよ」
祭りを楽しんでいる四人と合流したアレスは騒がしい声に無言で空を見上げた。
まったくもって死者を弔う気を感じない『死神の宴』で、アレスは横を通り過ぎた全身黒ずくめで、鋭利な鎌を手にした少女へ視線を向ける。
フードを深く被って顔は分からないが、背丈と僅かに見えた鎌を持つ手で判断した。
明らかに人間とは異なる存在。ただ、興味の薄いアレスが気に留めるはずもなく、不確かな存在は騒がしい人混みに消えていった――。




