43.「……とうめいのまほう?」
何事もなく早朝に町を出たアレスだったが、一人だけ青白い顔で足の遅いタレイアは数歩後ろを歩いている。
アレス以外の二人が心配そうに立ち止まって背後へ振り返った。
「す、すみません……。わたしは、置いていって下さい……」
虚ろな目で視線が合わないタレイアに呆れた眼差しを向けるアレスと違って、二人は隣まで歩み寄る。その行動を目視してから踵を返して一人歩き出すアレスに誰も文句は言えない。
なぜなら、二日酔いのタレイア以外話せないからである。
「……この世界が普通に魔法具で溢れていたらな」
ボソリと呟いたアレスは、回復薬などのことを言っていた。他の世界だと様々な言葉で呼ばれている魔法具は、色々な用途があって重宝されている。
一人先に目的地へたどり着いたアレスは町全体を見渡した。此処は、ラックエールを見つけた人間によって開拓された町だと言う。そのためなのか、全体的に一階建ての中でも低い家が目立った。代わりに一軒ずつの面積が広い。
遅れて町の入口まで歩いてきた三人と共に湖へ直行する。
ラックエールは湖の名前をそのまま町名にもした場所だ。普通は透明な水の色が白く見えるということで人気な観光地になっている。
――そのはずだった。
町の表通りからラックエールに向かって歩いていると、反対側から横を通り過ぎる町人や観光客の声が聞こえてくる。
「……本当にどうして、あんなこと」
「酷いことをするものだ。だから、横暴な奴が多い魔法使いは昔から嫌いだったんだ……」
魔法使いへの批判的な声も聞こえてきて、すぐに理由が判明した。
集まる野次馬は自警団によって整理され、張り巡らされた縄の先から近寄れなくなっている。
遠目からでも身長の高いアレスには湖の異変が分かった。白く見えると言われていた水は透明で、一見なんの変哲もないがこの湖では普通じゃない。
それは、人混みを掻き分けて前へ出る人魚も同じだった。
横顔からでも分かる青褪めた表情。口を押さえてうろたえていた。
アレスの仕事は人魚をラックエールに送り届けること。だが、きっと彼女の望む姿ではないのだろう。依頼を達成したと言い難いアレスは近くにいた自警団を捕まえた。
「……おい。これは、どう言うことだ」
「え……。ああ、観光客か? ラックエールに誰かが毒を混入したんだ。まぁ、毒と言っても生命に影響するものじゃなく……見ての通りだ」
アレスの顔を見て顔を熱くさせる自警団は、たじたじになりながら答えを言って逃げていく。
毒の正体は、白く見えていた湖が透明になってしまったこと。見たら誰でも分かることだが、原因は思いつかない。
いつの間にか回復していたタレイアが横で難しい顔をしている。
「アレスさん、これ……。多分、透明薬ですよ」
「……なんだそれは」
「ほら、さっき通りすがりの人が言っていた魔法使いです。魔法具は、特定の魔法を使える人しか作れない特権です」
タレイアが言いたいことを理解したアレスは、じっと湖を見つめた。
普通なら毒とは言わないが、湖が発見された時から数百年ずっと白かったことで、希少生物や亜人種も生息しているだろうと言うことで保護区に指定されていたらしい。
透明薬なる魔法具を作れるのは透視の魔法使いだけ。透視の魔法使いは貴重で存在自体確認されておらず、誰が作ったか不明と判断されていた。
アレスと幼女だけが知っている人物を思い出す。つまり、最低でももう一人同じ魔法使いがいるということ。
透明薬の効果を打ち消せるのも同じ透視の魔法使いしかいないらしい。
封印の魔法と同じ原理だった。今から王都に封書を運んでもらっても一週間はかかるだろう。
三つ目男の言っていた脅威がこれに当たるのだろうかと考えるアレスは、別な自警団を捕まえた。
「おい。他に変わったことや、見聞きしたことはないか」
「は……観光客に教えることは何も――」
アレスの顔を見た瞬間。石のように固まってしまう男の自警団は軽い威圧で、見聞きしたことを素直に話してくれた。
自警団の話を聞いて眉を寄せる。湖が白から透明になったことを知る前の深夜。不審な人物が複数目撃されていたとのことだった。しかも、何かを運んでいたと言う証言や、無理矢理連れて行かれる亜人種の姿もあったと言う。
そこから導かれるのは、一つしかない。
闇市からずっと関わりがある『奴隷商』だ。
連れて行かれた亜人種を気にして地面にしゃがみ込んでいた人魚は、低い視線からキラキラ光る物へ気づく。
縄の先にあって腕を伸ばしていた。後ろからアレスが近づいていき、少しだけ屈んでそれを掴み取る。
「……これは、宝石か? 透明で、魚の鱗にも見えるな」
パクパク口を動かす人魚へ渡してやると、目から涙があふれ出した。
それを見て勘違いしたタレイアが走って間に割り込んでくる。
「ちょーっと待ってください! 何、泣かせているですか!?」
「……俺じゃない」
なぜか言い訳になってしまう言葉を吐き出すアレスだったが、人魚はタレイアの手を取って首を振った。幼女が察して革袋から魔法紙と羽根ペンを取り出して渡す。
『違うんです。これは、人魚の鱗です。しかも、私と同じ色をしています』と……。
その意味を理解出来ないアレスはタレイアと視線を合わせた。
次話の【お知らせ】です。
別サイトで連載中が10/31だったことで、次回は【限定】番外編投稿になります。
本編とは切り離してお楽しみ下さい。




