42.「……とりのおねえさん」
「――ここで、話すな。来い。客人として、中に入る許可をやる」
「――やはり、話せたか」
三つ目男の言葉を聞いたアレスの第一声は、全員の予想を遥かに上回って困惑させる。
すぐに行動したアレスとフウルは三つ目男の後ろを歩いて施設内へ足を踏み入れた。最初に出てきた少女は振り返ることなくどこかへ歩いて行ってしまう。
フウルは何か話していないといられない性格なのか、三つ目男が提供した部屋に入るまでも聞いていないことを話してきた。
最初に思った疑問の答えは、亜人種の人間離れした特長らしい。フウルは鳥族だが、獣化の出来ない種族らしく、空を飛べない代わり、足が速くて早朝に王都を出て此処へ来たと笑っていた。
個室の扉前に三つ目男が陣取ると、四角い小さな机を囲んで置かれていた椅子へ腰掛ける。
他には誰もいないが、他の部屋や別の階から気配は感じ取れた。きっと他の奴隷だろう。
「えーっと! それで、声音の調整が出来ないことについては秘匿情報なので言えません! ですが、私が元奴隷と言うのは本当でして! その……此処ではなくてですね!? 私達が取り締っているような……劣悪な環境で滅ぼすべき存在の――」
フウルの歪み顔からして相当な劣悪の環境に置かれていたのは分かった。ただ、それでも同情するような感情を持ち合わせていないアレスは興味を持つこなく相槌すらしない。
なんとなく察しているフウルも気にせずユースに救われた経由を笑顔で軽り始めた。武勇伝のように語る話は嫌でもユースの顔がチラつくほど詳細で、正義に生きている男らしい感想が脳裏を通り過ぎていく。
ただ、一つだけまた疑問が浮かんだ。どうしてそんなことを見ず知らずの人間に語るのか――。
「理解が出来ない」
「それはズバリ……ユースさんに似ているからです!」
満面の笑顔で幼女のようにキラキラした瞳を向けてくるフウルを真顔で見据える。ユースに似てるのは癪だと言わんばかりの怪訝な表情を向けるが、盲信しているフウルは首を傾げていた。
彼女が元奴隷でユースに助けられて騎士団へ加入したことは分かった。だが、この『奴隷商』に来た理由はまだ聞いていない。
「……それで、此処に来た理由はなんだ」
「はっ! 肝心なことを忘れてました……! 実は……此処、と言いますか! 『インパラーレ』で、お世話になってることがありまして!」
元奴隷だったとしても、現在は一介の王国騎士団所属だ。真正売買とはいえ、『奴隷商』に深く肩入れして良いものなのか、アレスは顎に手を当てて考える。
――あの老人の言葉に翻弄されているわけじゃない。
気にする理由は近いうち、自分たちの脅威になる可能性があるからだ。そして、脅威は極力潰すためだと言い聞かせる。
「――ある老人が、正導院を創りたいと言っていた。それは、貴様たち王国も関わることなのか?」
「えっ!? あー……それも! 秘匿情報です! ただ、私達も正義の志を持って動いています!」
秘匿情報は逆手に取ると、肯定している意味にも取れた。正直者にしか見えないフウルは分かっていないだろう。
理由があって定期的に『奴隷商』を訪れていて、ユースも知っていることらしい。これ以上突っ込んで聞く理由もないアレスは立ち上がる。
「此処の『奴隷商』が同じ系列だと分かったから、もう用はない」
「私も、ユース団長から聞いていたので! 貴方達が無事で何よりでした! またお会いした際は宜しくお願いします!」
またが無いことを願うアレスは、無言で退く三つ目男にも視線を合わせず施設から出た。
これと言った収穫は得られなかったが、闇市や悪徳な『奴隷商』じゃなかっただけで安全は確保出来た。
何事もなかったように、施設の前から立ち去ろうとするアレスへ背後から声をかけらる。
それは、三つ目男の地を這うような低い声だった。
「――気をつけろ。次の港町で、真正じゃない『奴隷商』による怪しい動きがある」
思わず足が止まって振り返るアレスの視界に、三つ目男の姿はない。忠告をされるほどの絆が生まれた記憶はなかった。
ただ、用心に越したことはないため乾いた笑みを浮かべて頭を巡らせながら、宿屋へ戻っていく。




