41.「……よっぱらい?」
数日後。隣町を超えて、夜になってから最後の町へたどり着いた。
目的地の湖があるラックエールまで、通常の人間の足で一日半かかるらしい。人型で人間よりも身体能力が劣っている人魚のことを考えると事前準備をすることになった。
ただ、この町にも現在『奴隷商』の行商が来ていると言う。名前などの看板はないが、真正売買でやり取りしている集団ぽいと、酒場の客が漏らしているのを盗み聞きした。
「あのとき、他にも真正売買している組織はいるのか聞いたら良かったですかね……」
発言権がなく、アレスも必要以上に話さないのを分かっているタレイアは悶々とした気持ちを吐き出す。飲めないと言っていた酒を飲みながら……。
完全に酔って絡み酒となる彼女の相手をしているのは幼女だった。当然、幼女はなんの感情も芽生えておらず、黙々と世話をしている。幼女によって酒も没収された。
「弱すぎだろう」
「えぇ? らんか、いいましたぁ?」
先程の発言が嘘のように呂律が回らなくなるタレイアに溜息で返す。
あと一息で目的地だ。そんなときに『奴隷商』は厄介者の匂いしかしない。
タレイアの介護を幼女と人魚に任せたアレスは一人で町の中を歩いていた。夜に店は開いていない。もう一日はこの町で過ごさないといけないため、実態調査をする以外の選択肢がなかった。何もしなくても普通に過ごしたらいい。その考え方が一般的だろう。だが、経験上アレスは確信していた。
――厄介事はあっちからやってくる。
「……これも、父神の仕業じゃねぇだろうな」
文句を口にしながらも、いつぶりかの一人は思った以上に静かで、心地良いはずが物足りなさを感じていた。
酒場の情報で『奴隷商』の滞在場所は把握している。
出口から近い場所にある空き家を借りしているらしい。真正売買であっても『奴隷商』に代わりはないため、店舗営業は出来ない決まりがある。
屋根のない少し風変わりな建物で二階建て。四角い箱が縦と横に積み重なったような形をしている。清潔さのある白い壁に、焦げ茶色の扉。窓はなぜか板で開かないようにされている。
「……普通かと思ったが、怪しすぎるだろう」
うっすらと板の隙間から影が通り過ぎて行ったのを目撃したあと、勝手に扉が開いた。
施設前で腕を組んで堂々と立っていたら怪しまれてもおかしくはないだろう。
一歩引くこともなく誰が出てくるか楽しみに待っていると、出てきたのは老人の隣にいた少女だった。思いがけない人物でも驚くことなく口元を緩めるアレスに気づいた少女は顔を上げる。
あのときも老人に聞かれない限り会話をしていなかった少女は無言で佇んでいた。少しの間、沈黙が流れる空気を断ち切ったのは少女の背後から出てきた男。
扉を軽く超えて頭を下げて出てきた男は、身長二メートル超えの亜人種だった。特徴的な額の瞳と顔を見てすぐ気づく。
――あのとき出会った亜人種の奴隷……。
「……あそこは取り払ったのか?」
「…………」
「……奴隷は主人に命令されないと話せない生き物なのか」
実際の奴隷と話をしたことがないアレスは顎へ手を当て思ったことを口にする。自分以上に言葉を話さない寡黙な人間もいるかもしれないが、幼女の呪いを持つ者もそういないはずだ。
元々言葉を話せない者もいるかもしれないが、目の前の三つ目男からはそれを感じない。
何かを言いたそうな額の瞳が表情の代わりに動いている。
「――面白い」
アレスの言葉で三つ目男が少女を隠すように前へ立った。争う気は毛頭ないアレスだったが、三つ目男からの警戒心を感じ取る。
再び無言になる中、背後から足音が聞こえてきて視線だけ向けた。
「あ、あなたは! あのとき、王都でお会いした方!」
肩につかない程度でピンクのツインテールと瞳をらんらんと輝かせ、特徴的な羽耳を持つ鎧に着られた姿じゃない少女。
闇市で自分たちを追いかけてきて、王都の門番として二度面識のある危険因子だ。
王国騎士団に所属している彼女が一体どうして『奴隷商』へ赴いたのかは分からない。
ただ、それ以上に少女の言う言葉がどちらを指しているのかで対応は変わる。
「え!? 忘れられてる……! あ! すみません……私、声音を調整出来なくて……!」
相手から聞き出す必要を感じて、敢えて無言のまま少女へ向き直った。万一、背後から三つ目男の攻撃を受けようものなら彼女が、動くだろうと直感で思ったからだ。
一人でブツブツ言う声も声音が調整出来ないと言う言葉の通り、隠しきれていない。意気込みを入れ直して、顔を上げて目をを合わせる少女は思いきり頭を下げてくる。
「すみません!! 私、門番のいる場所で一度お会いした王国騎士団員のフウルと申します! ユース団長の部下です!」
「……ああ。あのときの、騒がしい娘か」
此処ぞというところで話を合わせるアレスの言葉で、覚えられていたことに両手を組んで喜んだ顔を上げた。
ただ、いらない一言も添えられている――。
ユース・ティティアと言ったら、アレスの中で曲者代表だ。非番だとしても、王都から此処まで一日で来られる距離じゃない。しかも、今日の少女は明らかに普段着だった。
「ハッ! もしかして、ユース団長にお会いしたかったですか!? すみません……私一人です!」
「――いや、会いたくはない。そんなことよりも、此処は『奴隷商』だぞ? 一応、貴様も国の騎士だろう」
「うぐっ……それは――実は、私……元奴隷なんです!」
思いがけない答えに面食らうアレスは背後からも突き刺さる視線へ向き直る。そして、沈黙していた三つ目男の口が徐ろに開いた。




