38.「……どれいしょう?」
「おい、聞いたか……あの話」
「え? あー……隣町に出来た」
酒場で朝食を取ってから次の町へ行くことに決めたアレスの耳を不穏な言葉が通り過ぎる。
何度か耳にして、尚且つ実際の被害者を連れ立つアレスも他人事と言えない「奴隷の真正売買」が隣町で行われている噂話だった――。
話を聞いて顔を青くするのは人魚とタレイアである。腰に結んだ卵が入った袋をギュッと抱き寄せて震えていた。色白の震える手に、横から小さな手が添えられる。幼女の表情は分からない。だが、落ち着きを取り戻す人魚の笑顔が物語っている。
「――タレイア。次の町を横断しないで行ける道はあるか」
「え……次の町は――ありません」
「……そうか」
覚悟が必要らしいことは他人事のアレスでも理解した。一応でも人魚の護衛として旅をしている手前、危険はもちろん厄介事も避けたい。
もっとも、アレスにとって一番は面倒くさいだけである。
立ち上がったアレスは仕方ないとばかりに、コソコソ話をしていた男たちの襟首を掴んで詳しい話を問い質した。店に迷惑をかけない穏便な威圧で……。
男たちが話す内容はこうだ。
隣町で実験的に作られた簡易型の『奴隷商』が出来た話。しかも、真正売買と言うことは奴隷廃止を謳っている国王の政策に反すること。それなのに認められていることは何を意味するのか。
隣町へ行かない選択肢はないことから酒場をあとにしたアレスは歩きだす。
隣町まではそんな距離もなくすぐたどり着いた。外から見た町は活気だって見える。門は開かれていて門番もいない。
ただ、町の中心で聳え立つ大きくて白っぽい天幕は異様に映る。しかも、アレスは魔力を裸眼で観ることができた。
ただならない魔力濃度が渦巻いている。
「――あそこか」
「へ? もしかして、あの天幕ですか……あの……」
「此処で別行動は得策じゃない。二人はオレの後ろにいろ」
当然とばかりにアレスの前へ出る幼女は鼻息を荒くしてやる気満々だった。ただ、危険を冒して敵情視察する必要はない。路地裏は町の人間以外行けないように柵で覆われていて、魔力認証で細工が施されていた。王都でもないのに魔力認証まで使って中心部を歩そうとする意識は謎しかない。
天幕を通る前に町の人間を捕まえる。アレスの美貌で虜になる老若男女からある程度の話を聞いた。
天幕は思ったとおり数週間前に作られた『奴隷商』の物。一度、町の人間全員に説明がされたらしく、そのときには奴隷を見なかったらしい。ただ、数週間前の深夜に沢山の亜人種が入っていく姿を見た者もいた。
アレスは少し離れた場所から天幕を冷めた目で見ながら顎へ手を当てる。
「――あのときの亜人種か?」
加えて真正売買を認められた『奴隷商』で扱われる奴隷は基本として“犯罪者”だった。
アレスが頭を使ってやり過ごした要塞と呼ばれる町で捕まった亜人種は、暴徒化していて正当性のある犯罪者とも言える。
趣味の悪さに思わず舌打ちしていた。だが、あの要塞についてわざわざ報告する義務もない。
ある程度の情報を得て、いざという時の作戦も話し合ったアレスは歩きだす。もちろん、何を言っても聞かない幼女が先頭で。
颯爽と天幕の横を抜ける幼女は前しか見ていない。アレスも立ち止まることなく視線だけ一度天幕へ向ける。当然、透視魔法などないため中を見ることは叶わない。人魚とタレイアは手を繋いで天幕の横を通り抜ける。
予期せぬ自体は起こらず素通りすると、殺気に似た視線で二人が足を止めた。心臓を射抜くように凍りついて足が動かず、呼吸の仕方を忘れるほど震えだす。当然、振り返るアレスは誰もが怯えるほどの威圧で空気を変えた。足が動いて走ってアレスの前へ回り、二人を守るように幼女も動く。
のっそりと天幕から出てきたのは、身長二メートル超えの亜人種だった。特徴的なのは額の瞳である。
「――タレイア。あれはなんだ」
「あ、あれは……三つ目を持つ亜人種です……確か『未来視』と言う固有能力を持っていたとか……」
長生きをしているエルフは亜人種に詳しい。『未来視』と言う能力を持つ亜人種は厄介だと直感が訴えている。精霊の与える魔法と比べたら脅威ではないだろう能力だが、先手を取られる予想はついた。
だが、この天幕は『奴隷商』のもの。そこから出てきたと言うことは、三つ目の男も奴隷だ。
奴隷の特徴である【従属の首輪】や、それに近い腕輪、指輪などは見えない。探る視線で気づいたのか、無言のまま三つ目の男が皮の服を捲り上げて見せてくる。臍の上。くっきりと『奴隷の証』である魔法文字が刻まれていた。
「……随分と、ご丁寧じゃねぇか」
「…………」
男は無言のまま捲った服を下ろして佇んでいる。扱っているのはすべて犯罪者の奴隷なはずだ。幼女はもちろん。タレイアと人魚も犯罪者じゃない。
しかも人魚は今人間の姿をしていて、簡単に分かるものじゃないと言っていた。人魚の卵も国王から選別で貰った魔法具によって絹糸で出来た袋の中。
この男は亜人種の気配を感じて命令されて天幕から出てきただけだと判断する。
「オレたちは、ただの旅人だ。貴様ら奴隷商に関わる気もない……」
軽くそれだけ言うとアレスは背中を向けた。幼女と二人へ指示を出して先を歩かせる。先ほどの威圧が効いたのか、三つ目男も何かする気配はなく中心部を抜けて出口までたどり着いた。
顔を斜めに視線だけ背後へ向けると、沈黙したままの三つ目男が突っ立っている。
「――『奴隷商』か。厄介そうな連中だ……」
風に消えそうな低い声で呟くと、いまは『奴隷商』を調べることなく町をあとにした。




