32.「……いちばんえらいひと?」
色々と策を練って決まったのは、正攻法だった。これには当然、闇市にいたことが知れ渡る危険な駆けである。闇市にいた観客はもちろん、主催者もすべてが確保されていた。ほとんどはアレスが幼女を使ってねじ伏せた功績によるもの。闇市にいた言い訳はあるが、なぜ王国騎士団を頼らなかったか問われるはずだ。
使えるものはなんでも使う主義のアレスは当然クラトスも有用活用する気満々だ。内情を探らせたクラトスの話によると、観客の中には大物貴族も数人いたと言う。国王陛下に認められて賜った【マイスター】の称号も効果があるか分からない。
部外者のタレイアは家に置いていき、クラトスの案内で王城を目指して歩く。
王都へ来てから数日も経っていない。変わらない景色のはずが、クラトスの足取りは重かった。
「……どうして。人選を間違えたのか? 胃がキリキリする……」
一人だけ重い空気を漂わせるクラトスの黒いローブを幼女が引っ張る。小さな手には、お馴染みの魔法紙が握られていて『だいじょうぶ?』と心配する文字が書かれていた。少し放心したあと、膝から崩れていくクラトスは顔面を押さえる。面倒くさいとばかりに置いていくアレスへ「薄情者ー!」という声が飛んだ。
あっという間に王城が見えてくると、いつの間にか顔色が悪くげっそりするクラトスにため息を漏らす。
「観念しろ。すぐそこだ」
「……そのさ。度胸? 精神力? ってどこから来てるのか、教えてもらえる?」
「……地上に降りてから考えたこともない」
初めて呟く、不思議な言葉にクラトスは放心していた。地上に降りるなどと言う発想は、この世界に住む者なら出てこないだろう。アレス自身も、質問されないから口に出さなかったことだった。
「え……? 地上に降りたって、え? そっちの不思議ちゃん、くん? 系だったの」
今度は反対にクラトスの言っていることを理解出来ないアレスは腕を組む。王城を前に尻込みしていると、どこからか小さな声が聞こえてきた。錯覚かと、目線だけ動かすアレスは小さすぎる手をバタバタさせて主張する姿を見つける。幼女も気づいたようで、一瞬のうちに笑顔を見せた。
淡いピンク色の小さな二枚羽根に、同じ髪色のおさげを揺らす妖精の少女。上下繋がっただけの薄い布切れじゃなく、髪の色と目に合わせたピンク色で白い、可愛らしいフリルもついた上下繋がった服を着ていた。
細い首に似合わない黒い首輪は跡形もない――。
「良かった! 街を出る前に貴方たちを探していたの!」
小さな体で言葉を伝えようと必死に声を出す妖精は笑顔だった。妖精の話を聞くと、アレスたちが居なくなったあと、取り残されていたのを騎士団に保護されて【従属の首輪】を外してもらい、服もあしらってもらったと嬉しそうに話す。一緒に捕まっていた人魚のことを心配していたらしく、二人して涙を流して抱き合っていた。
ただで終わらないアレスは、妖精の話を聞いて悪い顔をしている。妖精の話で、【従属の首輪】が外れることは分かった。あとは、捕まらず、目をつけられることなく難関を突破するだけ。
「貴様。オレたちに感謝したいのなら、街を出る前に一つ手伝え」
「え? あたしに出来ることなら……?」
妖精も仲間に加えて、王城へ向かうアレスは一つ思いつく。当事者である自分たちが行く必要はあるのか。クラトスにすべて押し付けて、逃げ出した人魚を見つけて保護したことにしたら万事解決するのではないかと。
チラッとクラトスを見るアレスの視線だけで考えを読んだ優男の首は横に振られる。
「ちょっ……全部を僕に押し付けるのやめてくれる⁉ 僕はあくまで手伝いだからね!」
思わず出た舌打ちに、騒ぐ優男の言い分はもっともであり、仕方なく王城の門前で足を止めた。この時間帯は、一般の街人が謁見のため列を作っている。アレスたちが侵入したときは、ほとんどが王城内に入っていたからだった。
当然、門番に止められるアレスだったが、クラトスの顔を見て目の色が変わる。
「これは、クラトス様! 本日はどのような……」
「あー……うん。今日は、国王陛下に謁見したい、知り合い……友人の付き添いだよ」
「そうでしたか。それでは、お通りください!」
侵入したときにアレスのことを覚えているかと思っていた門番は、少しだけ見惚れているようだったが、覚えていない様子で列の最後尾に並んだ。アレスは老若男女問わず、振り返るほどの魅力を持っている反面、顔を覚えられていない。神のなせる業か、気にしたことが無かった。
持ち時間が限られているからか、順調に進んで中へ入る。一度入った王城内へ視線を巡らせながら、次第に緊張して手にしている水槽を握りしめる人魚へ、幼女がスカートの裾を握る。当然、不思議がられるため水槽の上には透明な布を被せていた。それは魔法具の一つで、物体を透明化させることが出来る。クラトスが、骨董市で買ったものだ。基本的に、一つの魔法が扱える者によって魔法具は作られている。つまり、透明化の魔法使いが存在することを示唆していた。
順番が来て、謁見場に入って国王陛下の前へ立ったことで、緊張は最大限まで高まる。一人の男を除いて――。
大きなシャンデリアで照らされ、煌びやかな装飾であしらわれた壁や天井。だけど、太い柱があるだけの広い場所に、国王陛下が座る厳かな赤と金で作られた椅子しかない。貴族の挨拶すら知らないアレスは、クラトスたちと違って突っ立ったままだった。
「ちょっ……アレス」
クラトスが焦った声を上げる。幼女ですら、クラトスや人魚の真似をして膝を立てて首を垂れているのに。
それに関して、国王陛下の傍にいる騎士団の一人が動こうとして止められる。この部屋にいる騎士団は誰も見覚えはない。金髪に黄昏色の瞳をした優男と、ピンク髪の少女がいないのは好都合だった。
「――畏まらなくてもよい。それで、私に聞いて欲しい願いがあるのだろう?」
少しの沈黙のあと、考えた設定どおりに人魚がすっと立ち上がり、スカートの裾を持って首を垂れたあと、首に巻いていた布を取り去る。不気味なほどにどす黒く感じる黒い金属。色白で細い首には似つかないほど重く圧し掛かった首輪を見て、周囲からうろたえる声が零れる。
露わになった【従属の首輪】に、当然周囲はざわついた。アレスの前にいる一人を除いて――。
「この娘の【従属の首輪】を外せる、封印の魔法使いに会いたい」
重苦しい空気の中で、アレスの艶のある低い声が、謁見室にいるすべての者の鼓膜を震わせた。




