24.「……あじんしゅと、どれい?」
自分の家は狭いし散らかっているからと、言い訳を述べるクラトスに書いてもらった紹介状を手に宿屋へ向かった。
本を読むなら静かな場所に限る。アレスは基本、静寂を好むため、街中は騒音でしかない。
幼女も買ってもらった童話を大事そうに両手で抱えている。アレスの革袋も小ぶりなため、本は二冊までしか入らない。
巷で聞く収納魔法の羨ましさを感じながら訪れた宿屋は、二階建てで下は洒落た喫茶店だった。
色々な世界を破壊してきたアレスだから知っている。この世界に喫茶店は珍しいと……。
思ったとおり目を輝かせている幼女より先に店内へ入ると、すぐ店員が走ってくる。
「いらっしゃいませ! 喫茶店のご利用でしょうか? 宿屋でしたら裏手になります!」
店員が手で示す場所は外から回るらしく、一旦華やかな場所から出て裏へ移動した。
家屋同士は大人二人が通れるほど空いていて、裏側にも看板がある。宿屋は路地裏らしく、扉を開くと呼び鈴の音で奥からのっそりした人影が現れた。
幼女と共に見上げてしまうほど、アレスよりも高い身長で服の上から見える筋肉質な男。髪は刈り上げられていて、獣のような赤い双眸が凝視する。応戦すべく睨みを利かせるアレスだったが、次の瞬間――男は破顔して頭を掻いた。
「失礼しやした。お客様……二名っすね? 自分、見た目がゴツいので、勘違いされやすくて」
砕けた話し方をする大男は、名簿に名前と一泊の料金を提示してくる。忘れていた紹介状を提示すると、さらに目の色を変えた大男は頭を垂れた。
マイスターとはそれほどの地位なのか、興味のないアレスですら感心する。
お代はいらないとのことで、名前だけ書いて部屋の鍵を受け取った。
王都なだけあって、大男が提示してきた金額は二倍ほど。野盗で出来た金があるアレスだったが、払わないで済むなら良しとして、すぐに部屋へ引きこもる。
客室は四つあり、一つの部屋で通常の二つ分と言わんばかりに広い。空のような場所で、広さを気にしたことがなかったアレスは感想もなく、窓際へ置かれた長椅子に腰掛ける。
幼女のことも気に留めず、購入した本を取り出して置いた。
「先ずは、この世界について識るべきか……。今後も関わってきそうだからな」
亜人種の幼女を連れていることで、アレスにとっても無関係じゃない面倒事の一つ。店員の話では『初心者向け野宿』と同じで、子供向けに分かりやすく書かれているらしい。
幼女も床にペタッと座って買ってもらった童話を開いている。
静かな室内で、最初のページを開いた。
『亜人種とは、人間の中で特徴的な部位を持つ者の総称である。数の多い人間は、身体的な特徴がなく、生き物としての能力も平均的だ。対して、亜人種と呼ばれる存在は、何かに秀でている。例えば、人間の頂点と呼ばれる“竜人”は口から強烈な炎や氷、精霊の魔法である属性の一つを操れた』
最初のページからして、子供向けには感じないアレスは眉を寄せる。王都の子供は賢いのかもしれない。
そして、本にも書いてあるとおり、この世界での“魔法”という存在は、精霊によって生み出されている。アレスたちのような神に等しい存在の精霊……世界を作った神は、試練を与える遊戯が好きらしい。とは言え、試練すら与えず破壊してきたアレスにとやかく言える資格もなかった。
『亜人種は、強大な力を持っていて、数の多いだけの人間たちから疎まれる存在。数の暴力とでも言うべきか、亜人種は一部の人間から奴隷として扱われることもあった。歴史の中で、ある魔法を得た人間が、奴隷にすることを思いつく。その魔法は、“封印”。精霊の悪戯か、選ばれた者は清い心の持ち主じゃない金の亡者だった――』
「……封印の魔法か。それにしても、数の暴力なんて言葉を使うとは……この著者は喧嘩を売っているな」
悪い笑みを浮かべるアレスは、そのままページをめくっていく。アレスにとって人間はすべて小さく見え、大差ない。だから、奴隷や亜人種にも興味はなかった。
『封印の魔法は、ある程度のことなら、なんにでも作用する。便利で危険な魔法だった。事の発端は、封印の魔法を使って生み出された魔法具の存在。首輪型から刻むものまで多種多様にあり、使われた者は能力を封じられる。特徴のない人間と同じになり、主の命令でのみ能力を扱えた。極めつけは、主に逆らったり、殺そうとした瞬間、肉を焼かれるような激痛が襲い死に至ること――』
「完全な外道か。確か……魔法具店は、限られた大きな街にしかなかったはず……面白そうだ」
別な知識を得たアレスは不敵な笑みを浮かべながら、懐から小さな玉を取り出す。魔族が入った未知の魔法具……。他の世界でも同様にあった、魔力が強すぎて倒しきれない魔族を封じた物だ。
神の産物とも云われる魔法具の一つ。
魔族は、神と等しく別な世界を行き来できる存在と知られていた。寧ろ、世界共通の敵としても知られているかもしれない。
『一度でも奴隷堕ちした亜人種は、劣等感を植え付けられる。例え救われても、救った者の命令に従ったり、他者を気にしながら役割を求めて自分で考えることはしない。死ぬまで奴隷と化す。加えて、最近では呪いの実験に使う者すらいた。呪いは新たな力にもなる、精霊が与える魔法と異なる能力である。強制的な呪いは、使用者によって死に直結することもある恐ろしいものだ』
「……呪いは強さにもなるのか。童は、八つの呪いを付与されているが……異なるモノらしいな」
幼女は純粋な竜人としての能力しか使っていない。しかも、本にはこう書かれている。
『呪いで新たな能力を得た者は、臍下に特徴的な“下僕の刻印”が刻まれた。形はまるで――羽根をもぎ取られた精霊のよう』
再び悪い笑みを浮かべるアレスの口からは「精霊に対する反逆の意」と、意味深な言葉が溢れた――。




