22.「……わたしは、ななし?」
「貴様の主張は一部認めてやる。今回運良く解呪出来た呪いを含めて、童は八つの呪いを持っている。その内、三つが分かっていない。それを教えろ」
「え……五つでも多いと思っていたのに、八つも……いや、待って。その答えと共に僕も深く見てみるよ」
用意した椅子に座らず動き回っていた幼女を捕まえて座らせる。クラトスが一心に幼女を見つめると、同じく返して視線が重なり合った。
何かを読み取っているようで、ブツブツ呟くクラトスの声だけが部屋に響く。
しばらくしてから疲れた様子で、肩を落とすクラトスは真剣な表情でアレスへ向き直る。
「……正直言って、ここまで数の多い呪いは初めてなのと……こんなに強い呪いを見たのも初めてだ」
呪いは一般的なもの以外、自分で研究して使用するか、呪いの瞬間を見るかと言われていた。他にも知識を得る方法がある。その中には魔法もあった。
「助けられたから秘密を明かすんだけど、僕は【透視】の魔法を所有してる。透視は本当になんでも見たいものが見えてね……呪い師の僕とは相性がいいんだ」
覗きや犯罪は一切していないと豪語したあと、アレスの知りたい残り三つを語る。
一つは、痛覚を感じない呪い。これも生命にとっては大事な器官だ。ときに痛みで意識を失ったり、生死をさまようこともある。反対に痛みを感じることで生死を救う手助けにもなるからだ。
アレスには思うところが複数ある。不運の呪いによって転んだり、頭を打ったりしても放心しているだけで痛みすら感じていなかった異様さ。
それに、痛覚には精神面もある。時折、諦めた表情や悲しそうな暗い顔……。泣くことは、少なからず痛覚も影響しているんじゃないかという可能性。
クラトスなら分かるかもしれない答えだが、横目に見る幼女は知らないことで幸せなのかもしれないと……。
二つ目は、生命力を吸う呪い。急激ではないが、徐々に失われていくらしく、生活を共にしていると疲れを覚えたりするとか。アレスは一切感じなかったが、尋常じゃない体力だと理由付けられる。話を聞いていてアレスは一つ気になっていることがあった。
「……もしも、童が何年も同じ土地にいたら、大地を枯らす強大な能力になりうるか答えろ」
「……あり得ることだね。数年単位なら」
幼女と初めて遭った場所。枯れた大地に幼女一人いるのはおかしいと思っていた理由が判明した。あの大地は、幼女の呪いで失われたのだと……。
これも、盗賊にすら優しさを見せた幼女が知ったら悲しむことだった。アレスの質問する意図を分かっていない幼女は首を傾げている。小鳥として共に旅をしてきたクラトスも理解しているようで、笑って誤魔化していた。
最後の三つ目で、眉をひそめるクラトスは明らかに出し渋っている。難解なことか、呪いについてまったくの無知であるアレスは分からない。
急かすように向ける切れ長の鋭い双眸と反して、ため息がこぼれる。
「三つ目は、未知の呪い……としか言えない。情報が視えないんだ。辛うじて分かるのは天秤。多分、二つの何かを選び取るんだろうけど……」
「……天秤か。女神でも天秤で物事を決めるヤツがいたな」
「え……? 女神? おとぎ話かな」
精霊が神と同一視されているこの世界ではおとぎ話の存在でしかない。困惑するクラトスを放置して一人納得するアレスは幼女へ視線を向けた。残り三つが判明して一つが解呪されたとはいえ、まだ七つもある。先の長さにため息が漏れた。
不意に、アレスは父神の言葉を思い出す。
『呪われた子供を育てろ。全ての呪いを解き、改心したなら、再び神に戻そう』
残り七つの呪いを解呪すること。つまり、あと七人に感謝されないといけない。しかも、良くある世界を救う勇者のような気持ちで。アレスの事情を知るはずもないクラトスは陽気に提案してくる。
「ま、まぁ……なんにせよ。その子と今後も旅を共にするんだろう? なら、いい加減名前をつけてやりなよ」
不要だと思っていた名前。
人間たちは可愛がるペットなどに名前をつける。それは一重に愛着が湧く行為だ。アレスはこんなにも長く過ごすと思っていなかったため、“童”と呼んでいる。
名前がないことは遭ってから少しして知った。孤児の名無し。自分の名前について話していることはすぐ分かったようで、クラトスから横へ向く幼女はじっとアレスを凝視している。
だいぶ前からアレスの頭にも他人とは異なる感情が芽生えていることに対して、王都へ着いたらすぐに終わる旅だからと、気づかないふりをしていた。
そして、それは現在も同じこと――。
「――いまは、まだその時じゃない。童は童で良い……名がほしいのなら、ナナシだ」
「うはぁ……まじかよ。ないわー」
“ナナシ”と言う単語は以前も聞いたことがあった幼女は目を輝かせて魔法紙に書きなぐる。
両手で見せてきたのは『わたしはナナシ?』だった。クラトスですら素が隠せていないほど呆れ返っている。それでも名前のない幼女は笑顔を見せた。幼女にとって名前は特別じゃないのかもしれない。
あの大地の枯れようからして生まれた時からあそこにいたのは明白だった。少し先に町はあったが、出会ったときと同じく奴隷と間違われたのかもしれない。そもそも自分以外の人間を知らなかったとしたら……。
幼女は再び魔法紙にペンを走らせる。そして、見せてきたのは『ありがとう、アレス』だった。幼女から「ありがとう」を言われるのは二度目――。
思わず目を見開いたアレスは、幼女の頭をクシャクシャに乱す。
「礼を言われるようなことはしてねぇよ」
髪がボサボサになって乱れても、幼女は満面の笑顔を向けた。
これにて一章完結です。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
第二章からは毎日1話連載となりますが、引き続きよろしくお願いします。




