2.「……うれしい」
荒れた大地の先にあった町は意外と大きく、立派な門まであった。そして、近づいて初めて二つの人影に気づく。
一人はアレスと同じ姿をしていたが、もう一人は特徴的な耳をしていた。顔の横ではなく、頭のてっぺんに大きな獣の耳を生やした獣人である。
珍しそうな顔をしたアレスは顎に手を当てた。
「ふむ。この世界は様々な種族が混在しているらしい」
町へたどり着くと自然と幼女の手を離すアレスに、何かを言いたそうな視線を向けてくるが、再び下を向いてしまう。
竜人とはいえ、大人の男が幼女を連れている光景はどう映るのか考えもせず、無言で通り過ぎようとしたアレスに獣人の門番から待ったがかかる。
「……おい、そこの男。竜人の娘はお前の奴隷か?」
“奴隷”――。
思わぬ単語に眉をしかめるアレスは、手のひらを返すように質問で返した。
「オレは、この国に来たばかりでな? 奴隷、というのは祖国で聞いたことがない……。この形だが、町までの護衛だ」
「そうか……それにしても、護衛……。小さくても、竜人か」
それ以上疑われることはなく、町の中へ入ることが出来た。
ただ、町までの護衛という言葉でアレスの横を歩いていた幼女は小さな足を止める。
少し先まで歩いていたアレスも幼女の足音が消えて振り返った。ポツンと俯いた幼女は足をもじもじさせている。
町までの距離はそれほど遠くなく、道中安全だったため不本意ながら門までずっと手を握っていた。
徐に顔を上げる幼女からは先ほどまでの笑顔が消え、再び憂いを帯びた瞳をしている。
「おい……」
人間に一切興味のなかったアレスでも情緒が不安定なのだけは分かった。
幼い子供だからか……それとも。
門の入口で立ち止まっている二人は住人の興味を引いたのか視線が刺さる。この世界は、なんの特徴もない人間から“亜人”が共に暮らしていた。亜人とは身体的に一つ特徴的な部位のある者をまとめた総称だ。
例えるなら、頭部に獣の耳があった門番のような者たちのこと……。
「……亜人のが、優劣が低いのか? だが、門番もしていたし、住人も身分差を感じないぞ」
不意に、門番が言っていた言葉を思い出す。
一つだけ違いがあるとしたら、幼女のみすぼらしい姿だけ……。
幼子らしい上下繋がっている衣服だが、所々ほつれたり破けている。すぐそばを駆け回っている住人だろう少女とも明らかに違った。
知らない世界の地上に落とされたアレスは自分の姿すら見ていない。だから、幼女の格好が世間からはみ出していることに気づかなかった。
「……ふむ。アレが人間の普通なわけか」
天界でも、神や女神は白い布で素肌を覆い隠しているだけだったりする者も多くいた。キラキラしていて上質な布ではあったが、身なりに関しても興味のないアレスは顎に手を当てる。
「あそこに服屋がある。ついてこい」
指さす先に服のモチーフの描かれた看板があった。ちょうど町の子供が親と共に出てきたところで、幼女は顔を上げて二人の様子をじっと眺めている。
元神であるアレスでさえ親と呼べる存在がいた。呪いの子供と言っていたことから、幼女の存在を父神は知っていたのだろう。
だが、親の存在、どうして枯れた大地にいたのか、声を出せないほどの呪いについてなど聞きたいことは多い。
人類のことなど考えず世界を破滅してきたアレスにとって、小さなことすぎて思いもしなかったことだ。
ただ、幼女の視線からして大体察することは出来る。
「おい、貴様に親はいないのか」
幼女が顔を上げて一歩踏み出したと思った瞬間、何もない道で盛大に転ぶ。
足がもつれたわけでもないのに顔面強打に加え、みすぼらしい服がさらに汚れてしまった。
「――おい」
しばらく待っても動かない幼女に対して溜息を吐きながら、小動物のように首根っこを掴んで持ち上げる。
「……軽いな」
竜人とはいえ、幼い子供だからか軽く持ち上げられ、暴れることはなく店の前まで宙ぶらりん状態で連れて行った。
他人の目すら気にしないアレスは、スカートの後ろが変に盛り上がっていることに気づく。
人間のことを知らないアレスでも、覗いたりめくったりするのが駄目なことくらい分かっていた。
心ここにあらずな幼女を引き連れて店内に入ると、店主が近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。お探しものは……」
「見て分かるだろう? この子供の服を見立ててくれ」
みすぼらしい服装の幼女に言葉を失った店主にアレスが続けた。
店主は「かしこまりましたー!」と幼女を連れて更衣室へ向かっていく。
心細そうな視線に気づくが、見て見ぬふりをしたアレスは二メートルある鏡に映る人物へ心を奪われた。
姿見に映ったのは人間にされた自分の姿である。
光に照らされると瑠璃色に輝いて見える艶のある黒髪。少しだけ伸びていた後ろ髪へ触れる。
「……邪魔だな」
鏡に映る宝石のような切れ長の黒い瞳が細くなった。見た目は変わらず、二十代の好青年だ。ただし、厳かな黒いローブにシャツとズボンという小綺麗な格好をしている。
「……なるほどな」
獣人の門番が奴隷といった、もう一つの理由が分かった。
人間の知識に偏りのあるアレスでも、幾つもの世界を滅ぼしてきただけあって、貴族や王族という位を持つ者がいることは知っている。
神や女神は目鼻立ちが整っている者が多く、アレスはその中でも際立っていた。
「あ、あの……こちらで、いかがでしょうか?」
じっくりと自分を観察していると、横から冷や汗を流す店主が話しかけてくる。
後ろから現れた幼女の姿は、可愛らしい赤と白を基調とした上下繋がったスカートで、町娘のような格好だった。
これなら奴隷と間違われることはないだろう。髪も梳かしてもらったのか、艶のないボサボサだった赤髪が子供らしくキラキラと輝いていた。
「店主、これはいくらだ? それと、この無駄な髪を切りたい」
「は、はい! 革靴も含めて――え? 髪ですか……まとめてもお似合いかと思いますので、失礼します!」
後ろ髪を見せると店主によって輪っかになった紐で結ばれた。
そして、店主が見せてきた価格は人間の稼ぎで普通な値段。
思わず顔をしかめるアレスは、店主にとって恐ろしく感じられたのか短い悲鳴をあげた。
「……人間の世界だと金が必要だったことを忘れていた」
ダメ元でローブの懐に手を入れると何かが指に当たる。おもむろに取り出してみると、小さな革袋だった。
紐を解いて中を開けると、金貨が十枚ほど入っている。
店主の話だと、銀貨三枚だった。人間の知識として覚えていたアレスは、銀貨十枚で金貨一枚分だと頭の中で考える。
「これで」
素知らぬ顔で金貨一枚を差し出した。
金貨支払いは珍しいのか、小刻みに体を震わせる店主は更に汗をかきながら「少々お待ちください!」と、奥へ引っ込んですぐに銀貨七枚を手に戻ってくる。
「あ、有り難うございました!」
父神の優しさを懐へ収めると、窓ガラスに映る自分の姿を凝視する幼女へ視線を向けた。先ほどの自分と同じことをしている。
加えて、スカートの膨らみは小さな尻尾だった。尻尾のある亜人の服を選んでくれたようで、ちょこんと小さな赤い尻尾が見える。
「……ふむ。人間を創造した神は物好きらしい」
様々な世界を渡り歩いたアレスは亜人について頭を巡らせていた。
金があることを知ったのは朗報だった。空腹はないが、これからのことを考え重要な問題が浮上する。
「……クソッ。すっかり呪いのことを忘れていた。人間の中には、呪いを判別出来る輩がいるんだったか」
独り言を聞かれても周りの目を気にすることなく、手当たり次第の人間を捕まえて、呪いに詳しい人物が隣町にいることを突き止めた。
隣町まで人間の足で半日らしい。身体能力の高さ、頑丈な肉体からして体力も問題ないと判断したアレスは幼女に向き直る。
「次の町まで護衛だ」




