19.「……おっきなおはなさん」
アレスがこの世界へ最初に落とされたとき感じた揺れと同等――。
すぐに揺れる地面から飛び上がった瞬間。
――大地が、縦に割れた。
あのときと同じ魔物かと飛び上がったまま細剣を抜く。這うように地中から飛び出してきたのは巨大な木……ではなく、根を生やした魔物だった。
明らかに毒を持っていそうな紫色をした巨大な花弁。中心は穴があいたように暗く、花の周りを張り巡らせる鋭い牙。緑色の巨大な根には鋭い棘がついた無数の触手が蠢いている。
ローブが砂嵐で舞って、空中落下までゆっくりと感じられる時間。鋭い刃物のように飛んでくる触手をブーツで踏み締め横へ飛び退いた瞬間、幼女の口が大きく開かれた。
竜巻のような炎が無数の触手を焼いていく。幼女の炎を辛うじて免れた触手が、獲物を捕らえようと伸ばしてきた残り一本は、華麗な剣捌きで地面へ落下して大きく地響きを立てた。
「キェェェェェェ‼」
植物だが雄叫びをあげるタイプの魔物だったらしく、奇声が周辺に轟く中、地面へ足をつけたアレスは不敵な笑みを浮かべる。
「……知ってるか? 植物は、炎には勝てない――殺れ」
アレスのあとに落ちてきて着地を失敗した幼女が顔を上げた。大きく息を吸ったあと、先ほどよりも巨大な炎を吹き出して花弁は火に包まれ燃えていく。
ボトッと鈍い音がして何かが根から出てきた。黒っぽくて青みがかった石。俗に言う、魔石だった。
手のひらほどの魔石を細剣で突いて確認してから拾い上げる。確か、愛読している本にも書いてあった。
『魔物を退治出来る旅人の資金源は魔石』だと……。
「……魔石は、売れるのか?」
一応革袋に入れると、何事もなかったような足取りで町へ向かった。
すぐに宿屋を取って、衣類を手入れする専門店を紹介してもらい、昼食を済ませる。ようやく目的の王都に届きそうなところまで歩いてきた。
此処から王都までは半日らしく、宿に泊まらなくても辿り着ける距離だが、当然警備は厳しく夜間は入れないらしい。
身体能力や体力もあるアレスだが、黄昏時はかかる。万一入れず、王都の前で野宿するわけにもいかないため手前の町で泊まることにした。
昼食を済ませたあと、その足で魔石換金所へ向かう。自警団のある町なら詰所で行えて、ない場所は換金所という施設があった。
この町は王都の隣ということもあって、自警団がいないらしい。換金所の情報ももちろん愛読している本によるものだ。
譲り受けた本は初心者向けで去年のらしく、王都に最新版が売っていると聞いている。
町の換金所は他の家屋と違い、屋根はなく縦に長い施設だった。中へ入ると、小さな横長に空いた窓口があって、机の前で一人の女が座っている。ガラス張りで隔てられた不思議な場所。肩まで伸びた藍色の巻き毛をした女はアレスに気づいて、にこやかな笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ。換金所は初めてですか?」
ガラス張り以外、簡易的な椅子が置かれただけで内装も肌色と質素だった。
初めての空間というだけで目を輝かせる幼女に呆れながら、アレスは女の前へ置かれた椅子に座る。
「……ああ、初めてだ。此処は、魔石を金に換える場所と聞いた」
――愛読書に……。
「はい! 魔石鑑定士を始めて十年の私が、魔石の大きさ、純度、魔力値を計算して対価をお支払いさせて頂いています」
「……なるほどな。それじゃあ、コレを頼む」
革袋から取り出したのは採れたて新鮮の魔物の魔石だ。魔石は魔物の第二の心臓と呼ばれていて、魔力を帯びている。色んな素材として使えるため、換金出来なくても魔法具店などでは金として使えたりもした。
取り出した魔石は拳サイズのため、それだけで目の色が変わる。
「え……何これ、見たことない……」
ブツブツと呪文のように呟く女は、足下から色々な物を取り出して鑑定していった。
体感時間十分。暇を持て余していたアレスは愛読書を片手に、何回も読んだページをめくっていた。机を叩く音で前に向くと、興奮したような女の姿がある。
取り乱したことを謝罪してから、愛おしそうに魔石を撫でていた。
「こちらの魔石は大きさ、魔力値からして中級でした。ですが……純度が高い! 大抵の場合、魔石に傷をつけたりして査定額が下がってしまうんです」
「ほう……それは、魔物を倒したら勝手に中から出てきたヤツだ」
「え……そんなことってあるんですか!?」
再び興奮したことを謝罪する女は、アレスの簡単な説明を聞いて納得する。アレスの倒した魔物は、階級が中だった。加えて本体が花ではなく根っこ。地中に埋まっていた部分で、炎の威力が強すぎて根枯らしを起こしたという判定だった。
終始興奮した女に提示された金額で換金してもらうと、懐が潤う。
換金所から出た頃にはもう黄昏時だった。王都が隣ということもあって、雑貨屋や武器屋などの品揃えは並。玉に封じられた魔族の対は見つからず、宿屋へ戻った。
ベッドサイドに瑠璃色の細剣を立て掛け、枕元へ革袋を置く。なぜか懐に隠れていた小鳥も顔を覗かせると、バサバサと羽ばたいて幼女の頭へ止まった。
「フェリちゃん、おうちすぐ」
小鳥を王都の飼い主へ返すこともすっかり忘れていた幼女は、あからさまにショックを受けて放心している。アレス自身も忘れていたことを思い出した。なんだかんだで憎めない小鳥は、幼女の頭から窓際へ移動して外を見上げている。
ベッドへ腰掛けるアレスも窓の外で輝く黄昏色を見ながら呟いた。
「漸く、うるさいのから解放される」
「フェリちゃん、うるさくない。かわいいよお」
「……自分で言うな」
明日は早めに出て行くため、アレスはそのまま横になる。幼女は未だに放心したまま突っ立っていた。静かな空間で、微かに小さな声が聞こえる。
「……うまくいくかな」
明らかに片言じゃない意味深な言葉を呟く小鳥の声は、小さすぎて眠りかけているアレスの耳へ届かなかった。




