18.「……ふわふわする」
風が吹くたびに砂を巻き上げ、視界を奪われる。前の町を出て訪れた地域は明らかに砂が多い場所だった。地面も土ではなく、白い砂地。草木が減り、徐々に変わっていく地形で、町へたどり着く頃には様変わりしていた。
視界は風砂によって悪く、町人は皆布で顔を隠して歩いている。砂嵐でデコボコした壁が目立つ白い町。
砂地に住んでいるからか屋根はなく、四角い家屋が建ち並んでいる。
布など持っていないアレスはフードを深く被り、幼女はローブの中にいた。とても歩きにくい姿だったが、怪我をしても治療する手段がないため仕方なく。だが、すでに町へ入った瞬間何もないところで転んでいた。不運の呪いは地味だが、まともな人間なら精神を病んでもおかしくない。それなのに、幼女はショックを受けたように放心するだけで、いつも変わった様子がなかった。
しかも、皮膚も分厚いのか自分で転んだくらいじゃ傷すらつかない……。さすが亜人種の中でも最強と謳われる竜人だと、アレスですら感心するほど。
すぐに町の服屋へ入ると、幼女をローブから押し出して被っていたフードを取った。店内に微量の砂が舞うと、奥へ引っ込んでいた店主が顔を覗かせる。
「ああ、旅人かい? 砂は外で払って欲しかったんだが仕方ないねぇ」
首へかからない程度の白髪頭に黒い目をした初老の女。当然悪びれた様子のないアレスは、涼しい顔で店内に視線を巡らせる。
壁際に置かれたいくつもの棚は、町人が使っていた首に巻けるほどの長さをした布しかない。他は、薄いローブのような服が端に立て掛けられている。子供用もいくつかあるのを見つけると、一つを手に取った。
「おい、店主。これと、布を二つくれ」
「あいよ。布の一つは子供用でいいね? 旅人なら驚いたろう。ここ一帯は、次の町までこんな感じだからねぇ」
聞いてもいない情報を教えてくれる店主の言葉で、思わず表情が崩れるアレスは動き回っている幼女へ視線を向ける。アレスの袋に隠れていた小鳥もひょこっと顔を覗かせた。
「あら、珍しい鳥だこと。良かったねぇ、優しい飼い主で」
「フェリちゃん、かわいいからねえ」
「おや……喋る鳥とは、たまげたねぇ」
驚く店主へ余計なことは言わない代わりに、人前で喋った小鳥の頭を荒々しく撫でる。それ以上、聞いてくることのない店主から品物を受け取って店を出た。
完全装備で目しか見えない服装だが、町人すべて同じ格好のため気にする者はいない。環境の悪さから長居は出来ないと判断して町を出るため出口に向かう。
町人たちは慣れたもので、環境の悪さで痩せ細った者もおらず、子供たちは外で駆け回っているほど。気温が高くなったら大変だろうと他人事に思いながら出口へたどり着いたときだった。
背後から視線を感じて振り返る。町人だろう武装した中年男が二人立っていた。
小鳥は服屋でしか姿を見せておらず、物取りかと思ったが武器を手にする様子はない。警戒している様子に気づいた中年男の一人が両手をあげる。
「ああ、すまない。服屋から出てきたところを見てね。この先で必要な物資を買ったか、お節介さ」
「俺達は町の自警団だ。出口の横にある店で雑貨が買えるから立ち寄るといい」
怪しい素振りはなく、アレスの前に立つ幼女も大人しくしていた。横を向くと砂で削れてしまったのだろう看板がカラカラ鳴っている。薄っすら見えたのは雑貨屋を記すものだった。
「……寄らせてもらう」
互いに目だけしか見えない格好だったが、軽く片手を挙げて去っていく自警団の二人は、入口の隣にある詰所へ消えていく。
助言を受けて次の町までどれだけ距離があるのか気になったアレスは、店内へ入ってすぐ「いらっしゃいませ!」と声をかけてきた店員に聞いた。
常人な大人の足で半日らしい距離は大したことないなと思っていたアレスだったが、若い女の店員は凄まじい圧で顔を近づけてくる。当然、身長差から背伸びをしてもアレスの顔には届かない。
「……お兄さん、身長高いですね。甘く見ては駄目ですよ! 前の町から此処へたどり着くよりも過酷ですから!」
店員の言う過酷とは、激しい砂嵐で視界の悪い中、猛毒を持った魔物が多く棲息していることだった。
現在は貧者な人間の形をしているアレスにとって毒は脅威である。ついでに竜人の硬い皮膚でも毒は効くのか尋ねると、大きく首を横へ振った。
最強の称号は伊達じゃないらしい。
ただ、幼女では視界の悪い中での襲撃に反応出来るか不安はある。
飲料水など必要物資を買ったアレスは、革で出来た篭手と臑当も購入した。主に狙われる部位らしく、そこを守るだけでも違うという。思いがけない報酬で得た金貨があったことで痛手にはなっていない。
準備を済ませて町から出てしばらく歩くと、店員が言っていたように視界不良はもちろん、殺気を放つ気配に気づく。しかも、複数の気配――砂嵐の中、完全に囲まれていた。
腰から瑠璃色の細剣を取り出して、幼女へ合図する。
「童。貴様は前方を焼き殺せ。オレは後ろを殺る」
アレスの言葉を合図に幼女が布越しで息を吸い込んでから、外して炎を吹き出した。顔を左右へ向けて前方で魔物の焼ける音が周囲へ響き渡ると、背後から一斉にアレスへ飛びかかってくる。
数は、三体――。
腰を低くして一瞬で切っ先を横へ振り下ろした。砂嵐すら切る細い刃で、真っ二つになった魔物が宙を舞ってから砂地へ消えていく。他の気配は感じないことから細剣を鞘へ戻して再び歩き出した。
硬い甲羅を持っているらしく、並の武器じゃ刃こぼれするらしい。アレスの持つ魔剣に似た細剣の相手ではなかった。
砂嵐が弱まってくると、境界線の終わりが近いと教わっている。先頭を歩く幼女が立ち止まって前方を指さす先に隣町が見えた。
砂嵐で視界不良の中、道に迷わなかったのは幼女の能力である。竜人は人間のような魔法ではない魔力探知が出来た。しかも広範囲であり、魔力を持つ人間が歩いた際に残した痕跡も分かるらしい。
「俗に言うチート能力だな」
いくつもの世界を破壊してきた元神アレスだからこそ知る単語だ。強靭な肉体に加えて魔力感知……。
最強の神だった頃のアレスもすべてを凌駕していた。いまは、人間より優れた身体能力に体力だけ……。神力の代わりに魔力はあるが、落とされた世界のせいで一つも魔法を使えない。
自然と握り拳を作りながら、断じて羨ましいと思っていないと自分へ言い聞かせる。そのまま町を目指して歩いていく道中、地面から微かな音が聞こえてきて足を止めた。




